「ほんっと――に、お世話になりました!」
久々に雲の切れ間から日が差し降りている。淡いながらもその光は周囲を明るく照らし、自然とリーゼロッテの気持ちも明るくさせた。
天候悪化から数日が経ち、ようやく出立できそうな日が訪れた。そうは言っても雨季が終わったわけでなく、いつ天気が崩れるかはわからない。そのため、次の街――直近の――まではサギリが馬車で送ってくれることになった。
店の前で荷台へと乗り込んだリーゼロッテに、ヴィヴィアンは優しく微笑った。
「気をつけて行くんだよ」
「はい、ヴィヴィアンも気をつけて。箒のことも、シェリーのことも、泊めてくれたことも……本当にありがとうございました!」
「いいんだよ、これもお互いさまってやつだから。あんな間近で魔法を見られるなんて、そうそうないことだしさ」
飛行魔法もさることながら、料理に魔法を使ったり――結果シチューを爆発させたり。それによって魔法は万能ではないと改めて知れたし、店では魔法道具も一部扱っているだけに、防水魔法なんかの効果も興味深かった、とヴィヴィアンはいたずらっぽく片目を閉じて見せた。
ヴィヴィアンには風の精霊の血が入っているらしく、だからこそ天候のこともよく気にしてくれていたようだった。特に風が不安定な日は空を飛ぶことを強く窘められたりしたものだ。
種族の話はあまり詳しくは聞かなかったが、この街にはさまざまな精霊の血を引く者がいるらしい。ルイーズも水の精霊の血を引いているとのことだったから、なるほど、そういう地域なのかとリーゼロッテも素直に納得がいった。
「じゃあ、最後にこれね」
「え……?」
本当に、なにからなにまでと頭を下げるリーゼロッテに、ヴィヴィアンはさらに真っ白い封筒を一部差し出してくる。端には四つ葉のクローバーが手書きで書いてあった。幸せを祈るという意味だ。
促されるまま受け取ったリーゼロッテは、ひと言断ってからそれを開けた。中には紙幣が入っていた。
「え、え……?」
「いままで手伝ってくれた分のお給金。箒の修理代は引かせてもらったから、あんまり多くはないけど……」
「そ、そんな、受け取れないです……!」
「いいから持って行きな。手持ちが心許ないのはわかってるし、それはそれでリズの働きに対する正当な対価だから」
差し戻そうとするリーゼロッテに、ヴィヴィアンは両手を上げて一歩下がる。それだけですでに荷台に上がっているリーゼロッテからは手が届かない距離になる。それはもうリーゼロッテのものだから、とヴィヴィアンの顔に書いてあった。
「ヴィヴィアン……」
「ふふ、そこは素直にありがとうって言えばいいんだよ。ほら、夜からはまた風が出てくるだろうから、それまでに次の街に着かないと。出発、出発!」
「ヴィヴィアン、本当にありがとう……! いつかちゃんと、何かお返しするから……! 大好き!」
涙ぐむリーゼロッテを大げさだなぁと言いたげに笑って、ヴィヴィアンは御者台に座るサギリに目を遣った。
「頼んだよ、サギリ」
「ああ」
帰りはいつになるかは天候次第にはなるが……。静かに告げるサギリに、わかっていたようにヴィヴィアンは頷く。
「気をつけて」
頬に口付けられない代わりのように、ヴィヴィアンは自然にその骨張ったサギリの指に唇を寄せる。サギリの眼差しが柔らかく細められた。
そんな二人のやりとりは御者台の背もたれやサギリの広い背中で見えなかったけれど、なんとなく流れる空気にリーゼロッテのささやかな胸も小さく高鳴るのだった。