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第30話 大祖国戦争

 墨子が会議をリードしていく。公的な肩書は『司法長官』、本来はその職責に似合わない立場であるが、彼女は『大統領』の実の弟『ロバート・ケネディ』である。民主主義国家においても肉親の権力というのは無視できない。

 そんな墨子を尻目に『大統領特別補佐官』の知恵はせっせと、奈穂に情報を提供する。

 片目を閉じ、網膜から情報を吸収する奈穂。閉じている方の目には発光式情報展開コンタクトが装着され、通常の視覚情報よりもより早く、正確に情報を入手することができた。

「ナポちゃん。はい。どんどん、どんどん!」

 様々な情報を究極的まで圧縮して、浴びせかける知恵。もうへたな高校教育の三科目くらいの履修はしたレベルの情報量を詰め込まれる。

「あのねぇ……わんこそばじゃないんだから……」

 修学旅行の時に見た、わんこそばのお替り。知恵もこの状況を楽しんでいるように見えた。

「ナポちゃん、天才だから。嬉しくて」

(……時間稼ぎはそろそろ大丈夫か?……)

 ダイレクトに墨子からコンタクトレンズに連絡が入る。大丈夫。もう次の手は決まった。

 ここは『海上封鎖』の一手。

 史実と同じであるが、その必要性のエビデンスを十分にそろえることができた。このAI程度なら十分、説得できるはずだ。まして墨子や知恵の応援も得ることができれば。

 発言をするために、右手の親指を上げようとしたその瞬間——赤色のフィジカルウィンドウがけたたましい警告音とともに立ち上がる。

 悪い情報だからこそ、警告音が鳴るのだが、それを上回る悪い予感が奈穂を支配する。なにしろこの会議にバイパスで着信できるのは、よっぽどのことに違いないのだ。

『NATO中央作戦部情報担当及び、西ベルリン駐在武官より緊急連絡。西ベルリンが危機的な状況に直面しつつあり』

 西ベルリン。それはソ連の影響下にある、東ドイツ及び東ベルリンにすっぽり包囲された資本主義の『最前線』。キューバ危機の前年にいわゆる『ベルリンの壁』が建設され、完全に西ベルリンは社会主義の海に浮かぶ『孤島』と化していた。

「何があったの?状況を報告しなさいよ!」

 いらだつ知恵。その言葉に反応するように、地図が表示される。

 西ベルリンが地図の中央に記される。そして、それまで西ベルリンにつながっていた道路が次から次へと消滅して×のマークがつく。

 そして幾何学的な模様が西ベルリンを包囲しいていった。

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