伊勢街道が桃配山に分け入ろうとするその麓で、奈穂の馬が歩みを止める。
あたりはまだ暗い。ひんやりとした、頬の感覚。湿度が高いらしい。
遠くから響く、蹄の足音。実写モードとテキストモードの両方の風景が、目の前のフィジカルウィンドウに表示される。伝令からの連絡。
『松尾山に、小早川勢が陣を構えたとの連絡。伊藤盛正はその場より撤退。離反の兆しあり』
その情報は、大谷刑部吉継よりもたらされたもの。ほぼ史実と同じ情報である。多分遅かれ早かれ、小早川勢が西軍に牙をむくのは、明らかであった。
空中のインビジブルコンソールに指で情報を入力する。指を動かすたびにフィジカルウィンドウに陣立てが完成されていく。そして三角形の形がだんだんあらわとなっていった。
現れたのはいわゆる魚鱗の陣。それに呼応して宇喜多、小西、石田の隊が配置されていく。
『宇喜多隊、下知の通り』
『小西隊も了承』
ふっと、奈穂のそばに人影が浮かび上がる。石田勢先頭にて指揮を執っていた、島左近——墨子である。
「これは——賭けだな。正直正攻法でも、数が少ない小早川には勝てると思うが——」
「ここで、勝つだけじゃだめだしね」
墨子の方を向き直り、そうつぶやく奈穂。
「圧倒的な力でねじ伏せないと、裏切りの連鎖は続くと思うんだ。そして東軍本隊に勝つためにもこの戦法を実戦で使ってみないと——大丈夫、信じて」
おう、と声を残し墨子の画像が消える。
そして、ゆっくりと歩みをすすめる奈穂とその部隊。目の前に、草原が広がる。夜は明けたがあまりにも深い霧のため状況が見えない。
はるか左手には、松尾山があるはずだ。はるか遠くに聞こえる、大きな音。銃声のようなそれは、合戦の開始を告げていた。
奈穂はそっと右手を上げる。それに応じて、部隊が移動を開始する。
時間の経過とともに、少しずつ霧が晴れ始める。方向は音のする方向に。
墨子の馬がぐるっと輪を描く。後方に下がり、そして手の槍を高々と掲げる。その瞬間——虚空に向かい大音響で、前陣の鉄砲隊の射撃。それに呼応して、その背後の弓隊の一斉射が天に向かって流れ込む。少しの沈黙のちに響き渡る声。
奈穂は、その様子を見ながらギュッと右手を握りしめる。
確かな手応え。
大谷隊は関ヶ原北方に布陣との、連絡があった。南から、自分が攻め込んでいる。そうすると最初に会敵するのは——中学の数学の公式を使うまでもないような、簡単な答えが導き出される。
更に霧が晴れる。晴れた先に見え始めたのは——不意打ちを食らって右往左往する人の群れ。その旗はバツのように見える——『丸に違い鎌』それは、小早川中納言秀秋の軍勢である。
霧の中部隊の背後を、西軍主力は捉えたのだ。数は小早川一万五千対西軍二万。圧倒的優勢の中、この世界の『関ヶ原の戦い』は幕を開けた——