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第二十二話 カウントダウン


「葵様、北小路様からお手紙が来ております」


 次元ポケットでの戦いから五日が経過した朝、美月さんから手紙を受け取った。

 手紙の主は北小路雨音さん。

 妖魔の拠点を探し出した彼女からの手紙に、私は背筋を正す。

 何かしらの情報だろうが、わざわざ紙の手紙を送ってくるあたり、重要な事柄に違いない。


 恐る恐る手紙を広げると、意外なことにたった一行しか書かれていなかった。

 書かれていたのはこんな一文。


 ”妖刻は十二月二十四日に訪れる。警戒されたし”


 明確な日付が記されていた。

 今日は十二月十七日。

 ちょうど一週間後に迫った妖刻。

 準備らしい準備はほとんど終わっていない。

 急がなければならない。


「美月さん、ちょっと敷地内に仕掛けを作ってきます」

「行ってらっしゃいませ」


 私はダウンジャケットを羽織り、玄関から庭を通過して広大な敷地に躍り出る。

 幸い雪は降っていないが、凍えるような寒さは健在だ。


 「仕掛けを作るにしても広すぎるな~」


 私はあらためて薬師寺家の保有する敷地の広さに眩暈がした。

 なにせ見渡す限り全てが敷地なのだ。

 あの遠くに見える小高い丘だって範囲内。

 これらすべてに仕掛けを作るなんてとんでもない話だ。

 そんなことをしていたら一年とかかかってしまう。


「母上たちはどこまで罠を仕掛けたんだろう?」


 私は途方にくれながらもいいことを思いついた。

 そうだ、最近話していなかったし彼に聞いてみよう。

 もしかしたら十年前の戦いのことも知れるかも……。




「それで、俺の元にわざわざ戻ってきたわけか?」


 私の目の前にはあきれ顔の妖狐がいつも通り縛られている。

 寒さのほどはさっきまでよりはだいぶマシだが、それでもまだまだ全身を震えさすにはじゅうぶんだった。

 これは決して妖狐の冷たい視線が原因ではないはず。


「いいじゃない! 最近会ってなかったし」

「会ってただろう!?」


 妖狐が信じられないものを見るような目で私を見る。

 あれ? 会ってたっけ?


「お前の夢の中で」


 続いて発せられた妖狐の言葉に、私は驚くしかなかった。

 だって夢の中で会ってたなんて言われても、なんの実感もない。


「どういう意味でしょう?」


 私はついつい敬語になる。

 さすがに夢の中で会ってたは意味が分からない。


「だからお前が大怪我していたことも知っているし、式神の影薪がいまだに完全復活ではないことも知っている。とにかく無事でよかった」


 妖狐は一人で勝手にホッとしていた。

 でも、本当に私と夢の中で会っていなければ、私と影薪の状態など分かるはずがないのだ。

 私はもう完治しているし、影薪がまだ本調子じゃないのは事実だ。

 そしてここには私以外入れないはずだ。

 誰かが妖狐に言いに来ることもできない。

 この地下室の結界は、侵入者の呪力を根こそぎ奪ってしまう。


「どうやら本当みたいね」

「だから最初からそう言っているだろう? 同一体を作り出す妖魔は妖界に逃げたみたいだが覚悟しといた方が良い」

「どういうこと?」

「次の妖刻、きっとそいつも攻めてくるってことだ。貴族階級の妖魔ならほぼ確実にやってくる。しかも妖刻で来るのだから、本来のポテンシャルを一〇〇%発揮してくる」


 言われてみればその通りで、しかもアイツにはこちらの手の内がある程度バレてしまっている。それに引き換え、幸か不幸かこちらはアイツの能力が分かっていない。同一体を作り出すは恐ろしい能力だが、実戦向きの別の能力は何かしらあるはずだ。


「ねえ、もしかして妖狐って誰の夢にも行けるの?」


 私はなんとなく聞いてみる。

 この気持ちはちょっとした嫉妬心かもしれない。

 妖狐はここに閉じ込められていながらも、いろんな人の夢の中におでかけしていると思うと心の内がざわつくのだ。


「いや、お前が初めてだ。夢の中に意識を持って向かうというのは、お互いを信頼しきっていないとできない芸当だ」


 妖狐の説明に私は胸をなでおろす。

 こんな地下牢に閉じ込められている彼が話をするのは私だけ。

 他の人間と信頼関係なんて築けるわけがない。

 彼がここにいるうちは私だけのもの……。

 いけない感情が心を満たしていくのを感じる。

 ダメダメ、私がここに来たのは別の理由。


「ねえ妖狐ってさ、一〇年前の妖刻についてどのくらい知っているの?」

「どのくらいとは?」

「次の妖刻の日が判明したの。十二月二十四日のクリスマスイブに、あいつらはやって来る」

「すぐだな。それで慌てて準備に取り掛かったと?」


 妖狐はやや呆れた口調で指摘する。

 私はなにか言い返そうとも思ったが、なにも言葉が浮かばない。

 事実、私は妖刻の日時がはっきりするまで後回しにしていたのかもしれない。

 目の前のことに忙殺されていたのは事実だった。


「恥ずかしながら……」

「でも仕方がないんじゃないか? 十八の歳頃なら、本当はもっと遊んでいたいものだろう? お前はよくやっていると思う」


 妖狐が突然フォローし始める。

 私の顔色を窺って対応を変えるあたり、妖魔だとしてもやはり年長者という感じがする。


「ありがとう。それで、どうなの?」

「十年前の妖刻か? 悪いが知っての通り、俺はここに幽閉されている身だ。お前の母親から聞いたことしか知らないし、それも大したことは聞いていない。何度も言うが、お前以外とはあまり話したことがないんだ」


 妖狐の答えにややがっかりしつつも、内心ちょっと嬉しい。

 私以外とほとんど話したことがないという彼の言葉は、常に私の汚い独占欲を満たしてくれる。


「そっか……。母上はどうせ教えてくれないし」

「聞いてみたらいいんじゃないか? いくら厳しいとは言っても、流石に命に関わることだぞ?」


 確かに彼の言う通りかもしれない。

 いくら厳しくても、母親は母親なのだ。

 娘が命がけの戦いをするというのに、一切情報をくれないなんてことはないはずだ。


「そうね……。うん、そうしてみる」

「お前は母親が苦手そうだな」


 妖狐は見透かしたような目で私を見る。

 その視線にゾクりとしつつ、私は平静を保つよう努める。


「うん。苦手だよ? だって私の人間らしい生き方を全て奪った人だもん」


 私は精一杯の作り笑いを浮かべる。

 ああきっとこの笑顔は歪なのだろうな。

 作った表情と言葉があべこべなのだから当然だ。

 こんなの妖狐に通じるわけがない。


「奪った人……。まあそうだな。俺もアイツは苦手だった。不愛想で何を考えているか分からなかったからな。だが一つだけ感謝もあるんだ」

「なに?」


 妖狐が母上に感謝?

 理由はさっぱり思いつかない。


「お前を産んで育ててくれたことだ。お前が当主にならなければ、俺は一生お前と話すことはなかっただろう」


 妖狐のまさかの回答に私は言葉を失う。

 だってそうじゃない?

 私も考えたことがなかった。

 感謝か……。私も妖狐と同じ気持ちかもしれない。

 当主にならなければ、きっと私は妖狐と出会えなかっただろう。


「じゃあ私も感謝しなきゃね」

「そうだ。親子とは本来そうあるべきだ」


 妖狐は遠い目をして呟いた。


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