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第二十八話 同一体の妖魔


 空から降ってきた四体の上級妖魔。

 貴族と呼ばれていたところをみるに、その力は相当なものだろう。

 さっきまでの有象無象とはわけが違う。


「ここからが本番ね」

「葵、もう大丈夫なのか?」


 一条がゆっくりと立ち上がった私を心配する。


「ええ、もう大丈夫。それに敵の本丸が出てきたんだからここでやらなきゃね」


 私は一度体を伸ばす。

 うん、大丈夫。

 体も問題ないし、呪力の感じも問題ない。

 私は戦える。


「貴族も気になるけど、あの船の周囲を旋回している妖魔たちも気になるね。あんな姿の妖魔は見たことがない」

「確かにな。あれはどっちかっていうと天使に近いぜ?」


 一条の指摘はもっともだと思った。

 あれを妖魔と天使どっちだ? と聞かれた大半の人は天使だというのではないだろうか?

 まるで天界の使徒そのものの姿だ。


「とはいえまずはこっちに来る貴族たちね」


 四体の妖魔はそれぞれの当主の直線状に降り立った。

 和美さんの前方にも、雨音さんの前方にも一体ずつ存在する。

 つまりいま一緒にいる私と一条の前には、二体の妖魔が立っていた。


「片方は見覚えがないわね」

「ああ、まったく見たことがない。だがもう一体は違うな」


 一体はよく見知った妖魔だ。

 なにせここ最近何度もやりあっているのだから。

 何度も見た姿とは若干異なっていた。

 これが正装のつもりなのか、派手な白いセットアップを着込み、肩には金と赤の下品な色合いのマントを羽織っている。

 ハットもセットアップに合わせて純白のハット。

 これで中身が人間であれば、どこかの王子かと思えるほどだ。


「お前が本体か? 分裂する妖魔」


 一条が指をさす。

 彼の呪力があらぶっているのが分かる。

 怒りの力が彼の呪力を荒立たせる。


「分裂する妖魔? ずいぶんと味気ない言われかたをされたものだ。この私に向かって」


 妖魔の声は今まででもっとも聞き取りやすかった。

 ほとんど人間の声と変わらない。

 前は爬虫類のような声をしていたが、これが完全体の声色。

 まるで若い男性のような声だ。


「この私に向かって? じゃあお前の名前は何なの?」


 私は同一体を生み出す妖魔の名を問う。


「私の名はスキーム。誇り高い貴族位の妖魔。お前たちとは何度もやりあったが、真の私はここにいる」


 妖魔はスキームと名乗った。

 因縁の相手。

 特に一条にとっては。


「葵、アイツは俺にやらせろ」

「やっぱりそうだよね。いいよ分かった。私はもう一体の相手をしとくね」


 私はそう言って歩き出そうとした時、スキームがまるで待てと言わんばかりに右手をかざした。


「いやいや、妖刻の姫君よ。それはあまりに味気ない。貴族の戦いに観客がいないというのは許されない。私とその男の戦いを見届けてから戦いたまえ」

「妖刻の姫君? 私のこと?」

「もちろんだとも今代の薬師寺家当主よ。貴様の先刻の罠か呪法かは知らないが、約一〇〇〇体もの我が同胞を一瞬で消し飛ばした手腕、姫君の名を冠するにふさわしい!」


 スキームはやや興奮気味に私を指さして叫ぶ。

 妖刻の姫君なんて初めて言われたし、二度と言われたくもない。

 妖刻などという不穏な空間に姫など必要ない。


「間違えるなよスキーム。お前の相手は俺だ」

「ああ、分かっているとも男よ」


 スキームは一条を挑発する。

 本当に性格が悪い。

 まあ、今までの振る舞いで分かっていたことではあるが。


「俺の名前は一条勝則だ。憶えとけクソ野郎」


 一条はドスの利いた声で一歩前に出る。

 歩くたびに周囲の空気が変わる。

 呪力が溢れ出ている証拠だ。

 呪力の操作を補助する霊装が意味をなさないほど、彼の発する怒りはすさまじい。


「知っているとも今代の一条家当主よ。しかし随分と若いのだなお前たちは。今までの妖刻でここまで若い当主が揃っていることはなかったのに」

「どういう意味? まるで何度も参加したことがあるみたいな口ぶりじゃない?」


 これまで人間側が敗北したことは一度もない。

 当然のこと。

 仮に敗北していたら、いまのこの平和な世界は存在しないのだ。

 だとしたらコイツは何を言っている?

 人間側が勝っているのだから、普通に考えたら貴族位ほどの誇り高き妖魔であれば戦場で死ぬまで戦うはずだ。

 だからこそ、何度も戦いに参加しているというのは考えにくい。


 もちろん、人間側の勝利条件に時間もある。

 妖刻をしのぎ切ればいいのだから、夜明けまで耐えきれば別に妖魔たちを皆殺しにしなくても勝ちは勝ち。

 仮にそうだとしても、今の口ぶりではまるで何度も参加しているみたいな……。


「口ぶりも何も私が妖刻に参戦するのはこれで六回目だ、妖刻の姫君よ」

「六回? それじゃあ今までの妖刻では仲間の後ろにコソコソ隠れていたのか?」


 一条が仕返しとばかりに挑発する。

 彼の言う通り、六回目ということは過去の五回の妖刻ではまともに戦っていないことになる。


「半分正解で半分間違いだ。私は今までも誇り高く戦っていたさ、同一体がな!」


 スキームは堂々と言い切った。

 いままでも戦って散っていたのだ。

 同一体を妖刻に送り込み、本体は妖界で悠長に過ごしていたということだ。

 どこまでもふざけた奴。


「じゃあどうして今回は本体で参戦してるの? というより、お前が本体であるという確証はないのだけれど」


 私たちには見定めようがない。

 ああ言っていてアイツも同一体である可能性だってある。

 いや、むしろ普通に考えたらそっちの可能性の方が高い。

 わざわざ危険を背負ってまで出張る必要なんてないのだから。


「いやいや今回は流石にこの目で見たいと思ったのだ」

「なぜ?」

「先日の戦いの際、お前たちの力を見た。それにその男の女を殺したりお前と何度もやりあったり、ここまで因縁が重なれば出張らなければつまらないだろう?」


 スキームは妖刻をつまるつまらないで判断しているらしい。

 きっと他の妖魔は妖狐を取り戻そうと必死なのに、コイツだけは目的が違うのだ。

 なぜだろう?

 敵であるはずの他の妖魔たちが少し不憫に思えた。


「そうかよ! じゃあ出張ってきただけの対価を払ってもらおうか!」


 一条が叫び、呪力を爆発させる。

 それだけで彼の上空の雲が吹き飛び、雪が一時的に止んだ。


「お喋りはここまでだ、スキームとやら。のこのこやって来たことを後悔させてやる!」


 一条が放つ怒りの呪力が、私たちの周囲を覆いつくした。




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