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第二十九話 震える空


 一条は呪力を一気に右手に集めだす。

 集まった呪力は彼の怒りの証明だ。

 白銀色に輝く呪力が右手に集まり、周囲に波及する。


「相当な威力だな」


 スキームはややおどけた様子で感想を述べる。


「邪魔はするなよお前たち」


 スキームは一条の呪力を見て血が騒いだのか、もう一体の貴族と他の妖魔たちに傍観を指示した。

 誇り高き貴族だとでもいいたいのか、スキームは恭しく一礼して姿勢を正す。

 いままでの言動からしても、スキームは作法や貴族としての矜持に並々ならぬこだわりを持っているように思う。


「一対一か、俺の望み通りだ」

「これはある意味名家同士の正式な決闘だ。邪魔はさせんさ」


 スキームの背後から呪力が蒸気のように立ち昇り始めた。

 禍々しい紫色の呪力。

 これがスキーム本来の力なのだろう。

 私たちが次元ポケットで戦った時とはまるで別人だ。


「愛美の仇、必ずここで果たしてやる!」

「お前は本当にあの女のことになるといい反応をする。それを見るために、わざわざこうして出張ってきたようなものだからな」


 スキームはそう言って指を鳴らす。

 するとスキームの姿がぐにゃりと歪み、姿を変えてしまう。

 何に変わったかは一条の表情を見れば一目瞭然だった。


「貴様!」


 一条が叫びながら飛び出す。

 向かうは一瞬だけ愛美さんの姿に擬態したスキーム。

 死者を弄ぶ行いに、一条が叫ぶ。


「おっと危ない危ない」


 一条は馬鹿正直に正面から突っ込み、正拳を放つ。

 簡単に対処されそうだが、スキームはやや大げさなほど思いっきり躱した。

 そしてその理由はすぐにわかった。

 一条の拳が通過した半径数十センチの空間が揺れた。


「くそ!」


 一条は拳を躱されたと同時に蹴りを入れるがそれも躱される。

 その一撃一撃が空間を揺らしている。


「なるほど、呪法だけが戦い方ではないのか。おもしろい」


 一条から距離をとったスキームが呟く。

 気づけば、一条の右手に集まっていた呪力たちが四肢に広がっていた。

 彼の四肢に宿った呪力が、攻撃範囲と威力を底上げし通常のパンチや蹴りが一撃必殺のそれとなっている。

 スキームはそれを感知して距離をとったのだろう。


「それでは次はこちらの番だ!」


 スキームが両腕を大きく広げる。

 すると彼の周囲を紫の呪力が駆け巡りはじめた。


「行くぞ」


 スキームの呪力がレイピアの形状となって右手に握られた。

 前傾姿勢となって走りだす。

 一瞬で間合いを詰め、一条の腹部を狙って突きを繰り出す。

 一条は人間離れした反射神経で躱し、そのままカウンターの拳をお見舞いするがスキームはいとも簡単に躱してしまう。


「ちょこまかと!」

「君の一撃をまともに食らいたくはないのでね」


 スキームはレイピアを片手にまるで踊るように一条とやりあう。

 しかし一条の格闘術は徐々にスキームから余裕を奪っていく。


「ここだ!」


 スキームが躱せないであろうタイミングで一条は一撃を叩きこむ。

 しかしスキームの纏っている呪力が紫色に強く輝いたかと思うと、となりに別のスキームが出現していた。

 目を丸くさせながらも、一条は急激には止まれない。

 そのまま本体のはずのスキームに拳を命中させる。


「おら!」


 一条の一撃がスキームの顔面に叩き込まれる。

 拳がヒットした場所を中心に、一条の呪力がスキームの肉体を渦潮のように捻じ曲げていく。

 直視がつらくなるくらい原型をとどめていない。

 ほとんど肉塊と化したスキームのとなりに別のスキームが立っている。

 そして隙ができた一条にレイピアの先端を伸ばす。


「あぶねえ!」


 一条はギリギリのところで躱す。

 しかし流石に避けきれはせず、左腕をかすめた。

 ぽたぽたと左腕から血を流す一条と、平然とした様子で立ち尽くすスキーム。


「一瞬で同一体を作り出したというの?」


 私は唖然として呟く。

 まさか本当に一瞬で作れるとは思わなかった。

 しかもあの一瞬で同一体と本体を入れ替えたのだ。

 これでは奴を殺すことは不可能だ。


「ご名答だ。私はいつでもどれだけでも同一体を作り出すことができる。これがどういう意味か分かるかい?」


 スキームは指を鳴らす。

 するとスキームの全身が不定期に伸びたり縮んだりを繰り返す。

 足から頭が出たかと思えば、左半身から右半身。

 頭からつま先が飛び出たりと、信じられない光景が繰り広げられた。


「つまり私はどこにでも存在するし、どんな形状にもなれる。私にしか許されない奇跡の所業だ!」


 スキームは大声で言い切った。

 つまり奴との接近戦は不利だ。

 予想できない動きに加えて、単体攻撃では即座に同一体を作り出して逃げられてしまう。


「ずいぶんと余裕なんだな」


 一条はスキームを睨む。


「当たり前だ。長年生きた貴族だぞ? 貴様らのような小童相手に取り乱すわけがない!」


 スキームからすれば自分たちは赤子も同然。

 それは仕方がない。

 私たちはたかだか十数年しか生きていないのだから。

 でも強さは生きた年月で決まるわけじゃない。

 想いの強さが力となるのだ。


「そうかよ! じゃあいまから取り乱せ!」


 一条の怒りのボルテージが上がっていくのを感じた。

 彼の力の源は”怒り”だ。

 彼の霊装は溢れ出るその怒りの呪力を操作する霊装。


「呪法、崩神!」


 一条の拳が虚空を叩く。

 次の瞬間にはスキームの真上から圧倒的な質量が降ってきた。

 特大の崩神。

 普段の崩神はせいぜいが車一台分程度の大きさの拳だが、今回はまったくもって規模が違った。

 直径十メートルほどの一撃。

 点ではなく面の一撃だ。


「やった!」


 私はつい声が出た。

 さすがにこれは殺せたはずだ。

 スキームがどれだけの速度で同一体を作り出そうとも、その同一体ごと一撃で仕留めればいい。

 単純だがスキームのような特性の妖魔にはこれしかない。

 逃がさないのではない。

 逃げた先ごと潰すのだ。


 振り下ろされた白銀の拳は空を震えさせた。

 スキームには逃げる一瞬の隙すら与えなかった。

 完璧な一撃。

 少なくとも私が今まで見た崩神の中でもっとも速く、もっとも効果範囲が広かった。


「一条、無事?」

「こんなのかすり傷だ」


 一条は肩で息をしながらレイピアが掠めた血を拭う。

 私は他の妖魔たちに視線を送る。

 スキームはいま散った。

 次の貴族が挑んでくるか、他の妖魔たちが雑多に押し寄せるかを警戒していたのだが、怖いほどに静かだった。

 まるでまだ戦いは終わっていないかのように……。


「やれやれ、あんなのでこの私を殺せるとでも?」


 妖魔たちの集団の中から声がしたかと思うと、四足の犬のような姿の妖魔から紫色の呪力が漏れ出しスキームが出現する。


「私は同一体も作り出せるし、姿形も自由に変えられる。私に死角はない」


 スキームはまるで私たちをバカにするように、再び深々と一礼をした。

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