目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第三十話 貴族位の妖魔スキーム


 流石に私も一条も言葉を失った。

 まったく関係ないと思っていた他の妖魔の中にスキームが混じっていたのだ。

 こうなってしまっては、下手したらここら一帯すべての妖魔がスキームの可能性まで考慮しなくちゃいけなくなる。


「なんでもありだな」


 一条はゆっくりとこちらに歩いてくるスキームに言い放つ。


「私は全てで全てが私だ。ここにいる妖魔たちの一部は私の同一体。卑怯とは言わせないよ。これも含めて私の実力だ」


 スキームは妖魔の群れの中から悠々と現れる。

 妖魔たちは退いて道を開ける。

 明確な上下関係がそこにはあった。


「さっきまでの貴族の戦いとやらの矜持はどこにいったのかしら?」

「この能力も含めて私だと言ったはずだが、人間の小娘にはわかるまい」


 スキームは私をバカにしたような表情で見る。

 妖魔の考え方などわかりたくもない。

 だけどちょっと腹が立つ。

 こんなクズみたいなやつが矜持だなんだと語っている現状に納得がいかない。


「葵、大丈夫だ。俺がこのまま殺すから手を出さないでくれ」

「でも……」

「いいから、対策もある」


 一条は自信満々に言いきった。


「このまま殺す? 私の崇高な能力に対して何ができる? お前の能力はシンプルな力技だけだろう?」


 スキームはさっきまで一条と対峙していた場所まで戻って来る。

 服についた汚れを払い、再びレイピアの切っ先を一条に向けた。


「俺の能力はシンプルな力技。確かにお前の言う通りだ。だがお前は逆に力が足りないな」

「どういう意味だ?」

「だってそうだろう? お前の能力は厄介なものばかりだが、いまのところ攻撃手段がレイピアのみ。圧倒的な火力を見たことがない」


 一条の指摘に一瞬だけスキームの表情が曇った気がした。


「言うに事欠いてそんなことか。お前ごときに圧倒的火力は必要なかったというだけだ。不服なら見せてやる」


 スキームは被っていたハットを取って宙に放り投げた。

 するとハットが巨大化し、中から無数のレイピアが降り注ぎ地面に突き刺さった。


「私は貴族位の妖魔スキーム。火力不足という難癖、その無礼を後悔しながら死ね!」


 スキームが指を鳴らすと突き刺さったレイピアたちが震えだし、次から次へと地面から離れてスキームの周囲を巡回する。


「おいおい、ずいぶんとお洒落な全力だな」


 一条はこれから降り注ぐであろう脅威に対応するために呪力を貯め始めた。


「木っ端微塵に砕け散れ!」


 スキームの号令とともに旋回していたレイピアたちが切っ先を一斉に一条に向けた。


「呪法、崩神! 十六連撃!」


 一条の崩神とレイピアが同時に動き出す。

 無数のレイピアを、まるで弾丸のように浴びせかけるスキームの攻撃に対応するために、一条は大出力の十六連撃を放つ。

 一撃一撃の崩神がレイピアを次から次へと叩き落としていく。

 十二、十三、十四、十五……。

 そして最後の崩神がレイピアを破壊し終えたその時、一条の運命が確定した。

 レイピアの数は崩神の数を上回っており、技同士の衝突をくぐり抜けた三本のレイピアが一条を襲撃した。

 砂埃が舞立ち、一条の苦悶の声が耳に届く。


「一条!」


 砂埃が晴れていき、私の視界がひらけた。

 一条はかろうじて立っていた。

 二本のレイピアはギリギリで躱したらしく、地面に刺さっていた。

 そして一本は一条の肉体に深々とめり込んでいた。


 一条の中心部分。

 腹の中心をレイピアが貫通していた。

 霊装が真っ赤に染まっていく。

 致命傷だった。

 誰がどう見ても致命傷。

 私は変な汗が背中を流れるのを感じた。


 もしかして死んでしまうのではないかという恐怖。

 一条が死んでしまう。

 私はその事実を突きつけられた気がした。

 これは妖刻だ。

 妖魔と人間の戦争。

 わかっていたはずだった。

 わかっていたはずだったのに、私は血の気が引いていくのをゆっくりとした時間の中で感じてしまった。


 これは命のやり取りだとわかっていたのに、心の何処かで知り合いが死ぬことはないと信じきっていた。

 それが音を立てて崩れ去るような感覚だった。


「い、一条?」


 私は恐る恐る声を掛ける。

 ほんの一言でもいい。

 なんでもいいから反応が欲しかった。

 少しでも安心したい自分がいた。


「はぁはぁ……」


 一条の息遣いだけが耳に届く。

 よかった……彼はまだ生きている。

 彼はまだ死んじゃいない。


「思ったよりしつこいなお前は。まあでもそうか、昔の女を殺された程度のことをずっと根に持つようなやつだ。しつこいのは当たり前か」


 スキームは嘲笑うようにレイピアを一本だけ手に持って歩き出した。

 行き先は当然、虫の息である一条本人。

 最後の一撃を加えるつもりだ。

 思いっきり油断した表情だった。

 勝ちを確信した者のみがみせる表情。


「……もう、勝ったつもりか?」

「そういう無駄な強がりはよせ。人間は腹にレイピアが突き刺されば致命傷だろう? 立っているのも限界のはずだ」


 そう言いながらもスキームは足取りを止めない。

 着実に一条に残された時間は減っていく。

 スキームの一歩一歩が、一条の命の猶予。

 私はそんな彼をただ見ているつもりはない。


 私が動き出そうとしたとき、ぶらりと力が入っていない一条の右手がサインを発した。

 動くなという意思表示だった。

 私は信じられない思いで一条を見る。


「ハハハ! 強情な男だな、一条勝則! ここで助けすら拒むとは」


 スキームはケタケタ笑いながら足取りを変えることはなかった。

 スタスタと、一条の目の前で足を止める。

 虫の息の一条と、余裕たっぷりのスキーム。

 対象的な二人が私の視界に収まる。


 スキームのレイピアが天高く掲げられる。

 まるで他の妖魔たちに示すように、勝ちを確信したスキームは一条にトドメの一撃を繰り出す。


「さようならだ、今代の一条家当主」


 勝利の笑みを浮かべたスキームがレイピアを振り下ろそうとした瞬間、天から白銀の拳が降り注ぎスキームを押しつぶした。

 一瞬だった。

 白銀の拳は間違いなく一条の崩神だ。

 だがいつ使った?

 そんなそぶりも余裕もなかったはずなのに……。


 押しつぶされたスキームは一瞬で肉塊となり、一条の足元にこびりつく結果となった。

 血の海が一条の足を染め上げる。

 鼻がもがれるような強烈な血の臭い。


「呪法、崩神」


 一条は静かに呟いた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?