「これでよし!」
私は自分と妖狐の分の服を購入し、その場で着替えて店を出る。
こうしてみるとモデルみたいなスタイルだ。
やっぱり妖狐は何を着てもよく似合う。
「これ、変じゃないか? 妙に周りから見られている気がするんだが……」
「似合いすぎてるだけだから大丈夫よ」
私はそう言いながらも見惚れてしまっていた。
普段の和服姿も相当に好きなのだが、こうしてシンプルな服装にしてしまうとより素材の良さが際立っている。
元々金髪で長身の妖狐に私がチョイスした格好は、白いTシャツに黒めのデニムパンツというシンプルな装い。
その上から黒いハイネックセーター。
さらにさらに漆黒のチェスターコートをあわせれば、どこぞのモデルのような仕上がりとなってしまった。
一方の私は彼とお揃いな黒めのデニムパンツに白いダウンジャケット。
そこにまたもや白いマフラーを巻いている。
対照的な私たちの色合いに、影薪も影ながら拍手を送ってくれていた。
「いや~本当にお似合いの二人だね」
周囲の視線を釘付けにしている私たちを、影薪がニヤニヤ嬉しそうに眺めている。
絶対楽しんでるだろこの子……。
「私は関係ないでしょ?」
「何言っちゃってんの? 葵はもう少し自分の容姿に自信を持った方が良いよ? 嫌味に聞こえるよ?」
影薪はここぞとばかりに私の容姿を褒め始めた。
いやいや、褒められるほどの見た目じゃないってば!
「そうだぞ葵。葵は可愛いんだから堂々としてればいいんだ」
妖狐まで影薪に便乗する。
しかも恐ろしいほどに真っすぐで本気の視線で言うのだから始末におえない。
きっと本気で言っている。
熱いまなざしがそれを私に伝えてくるのだ。
「ああもう! 分かったから行きましょう! 時間がもったいない」
私は恥ずかしくなったのもあり、周囲の視線を無視して歩き出す。
なんとなく私が影薪の手を取り、影薪が妖狐と手を繋ぐ形になっていた。
私と妖狐のあいだに影薪がいる。
「なんかおかしくない?」
信号待ちのタイミングで私はフォーメーションの違和感について声を上げる。
まるで私と妖狐が親で、影薪が娘みたいなポジションじゃない?
「でも他にどうするのさ。二人が手を繋いで、あたしが後ろを一人歩いていたら見えかた悪くない?」
言われてみればそうかもしれない。
幼い見た目の、下手したら幼稚園児ぐらいの影薪を後ろには置いておけない。
訳アリの家族だと思われる。
「影薪」
「なによ」
私は黙って自分の影を指さした。
簡単な話だ。
影の中にいてもらえれば変な感じにならないのだ。
「うわ、露骨にあたしを邪魔者扱いしだした」
影薪はショックを受けたような顔で私を見る。
しかし私は知っている。
この子の目が笑っていることを。
「自分でデートをけしかけたんだから、フォーメーションのまずさぐらいはなんとかしてよ!」
私が必死に見えたのか、影薪はひとしきり笑った後、ちょうどひとけのないタイミングで私の影の中に入り込んだ。
「デートというのはこうして二人でするものなのか?」
「そうよ。じゃなかったらただの家族団欒じゃない」
「そういうもんか」
「本来は好き合っている男女がやることなんだから」
私は自分で言っておいて照れくさくなってきた。
照れ隠しに妖狐の手を取って近くの喫茶店に立ち寄る。
とっさに寄ることになった喫茶店、大通りから一本内側に店を構えていることもあって中はあまり人がいなかった。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしかったですか?」
「はい二人です」
「あちらの席へどうぞ」
感じの良い若い女性の店員さんに案内されたのは二人掛けのソファーだった。
てっきり向かい合わせかと思っていたのに、これでは距離が近すぎる。
「座るわよ」
「ああ。なんでそんなに緊張してるんだ?」
「気にしないで」
妖狐だけがあっけらかんとしているものだから、慌てふためく私が目立ってしまう。
実際、店員さんに生温かいものを見るような目で見られていることは承知している。
「コーヒー二つとサンドイッチを二つ」
私が適当に注文を終えると、妖狐と視線があった。
「なに?」
「いや、こうして近い距離で座っているとなんだか変な気分だ」
「同感ね」
ここまで密着して座ることはなかった。
しかもこのソファー、カップル用なのか微妙に狭い。
まるで密着しろといわれているみたいだ。
「あれ、葵?」
そんなこんなで馴染んできたあたりで、聞き馴染みのある声がした。
「あれ一条? それに……明美!?」
思わぬ組み合わせに私は声を大きくしてしまった。
二人は私たちのテーブルの三つとなりのテーブル席に座っていた。
どうやら私たちがあとから来た感じらしく、二人のお皿はすでに空になっていた。
「なに、もしかして二人ってそういう関係だったの!?」
真っ先に出た言葉がそれだった。
だって二人がそんな、お洒落な喫茶店でご飯を食べるような間柄だなんて知らなかった。
意外過ぎる組み合わせ。
ライバル視はしていないまでも、これまでの明美の私への態度を考えればとても仲良くする風には思えなかった。
明美とほぼ同世代で当主の座にいち早くついていた私と一条は、きっと彼女からしたら嫉妬の対象だったのだろうから。
「違うぞ葵。これは明美の相談に乗ってたんだ」
「相談? こんなカップルご用達の店で?」
私は攻撃の手を緩めなかった。
ああ、これは少し楽しいかもしれない。
ちょっとだけ影薪の気持ちが分かった気がする。
「そういうそっちこそデートか?」
一条は反撃とばかりに私たちを指さし、対照的に明美は恥ずかしさから両手で顔を覆っていた。
どっからどう見ても、見つかると思っていなかった二人の反応そのもの。
「え、そうだけど?」
私はあえて堂々と認めてみる。
まあ実際そうだし、あっちが慌てふためくものだから逆に冷静になれた。
「マジ?」
「マジよ」
「マジなわけ?」
ずっと黙っていた明美まで参加する程度には、私と妖狐の横並びが信じられない状況らしい。
考え方で言えば妖魔と人間のカップル。
しかも退魔の家系の当主と、元妖魔の王。
肩書まで込みで考えれば二人の反応はむしろ当然なのかもしれない。
「本当よ。それで、こっちはいいからそっちは本当に何をしていたの?」
私はおちょくるのをやめて、真剣に二人に理由をたずねた。
だって名家の当主二人が喫茶店で話をしているのだ。
何かあると思うのが当たり前というものだ。
「実は……」
「いいや、これは葵たちには関係ない。いまはデート中なんだろ? だったらそれを謳歌するべきだ」
言い出そうとしていた明美を遮り、一条が口をつぐむ。
なんだか怪しいと思った矢先、突然明美が立ちあがった。