翌日の夜、会社で龍志とふたり、時間になるのを今か今かと携帯の前で待ちかまえていた。
『今日のCOCOKAチャンネル、はっじめるよー』
「始まった!」
「しっ!」
龍志に注意され、慌てて口を噤む。
『まずはお詫びと訂正。
このあいだの配信で、効果がないって言ったこれ』
COCOKAさんがテーブルの上に、件の化粧品を置く。
『私、酷い乾燥肌で、なに使ってもそこまで高い効果を感じないの。
それこそ……って、また具体的に商品名を出すと問題になっちゃうから、内緒ね』
彼女がいたずらっぽく人差し指を唇に当てる。
もう学習してくれたみたいで、嬉しい。
『とにかく、コスメレビューとかで高評価のデパコス使っても、あんまり満足できなくて。
なのでこれも、それなりの効果はあったけど、私にはお肌がぷるんぷるんに潤うってほどじゃなくてあんなことを言いました。
これを愛用している皆さん、KAGETSUDOUさん、ごめんなさい』
流れてくるコメントにはKAGETSUDOUに脅されたのかとかも混ざっているが、想定の範囲内なので流しておく。
『で、ですよ。
そんな私のお肌の悩みを知ったKAGETSUDOUさんが美容レッスンに招待してくれました!
じゃーん!』
彼女がタブレットの画面をカメラにどアップで向ける。
『見えるかな、これ?
COCOKAのお肌の診断だよーん。
キメとか、お肌の水分量とか、すっごい細かく診断してくれるの』
私の提案。
それはCOCOKAさんに美容レッスンを受けてもらい、肌が変わっていく様子を配信してもらうことだった。
これなら彼女が本当に肌状態に悩んでいるのもわかるし、我が社の懐の深さも商品やサービスも知ってもらえる。
一石で何鳥も美味しい。
半ばごり押しだったが、専務は許可してくれた。
ただし、失敗すれば私はきっと会社にはいられなくなるだろう。
なんで彼女にそこまでするのかと言われそうだが、このあいだの罪滅ぼしもあるし、そうやって彼女を切るのは簡単だがそれ以上の効果を上げてみせたかった。
龍志はそんな私の案に乗ってくれ、一緒に専務を説得してくれた。
失敗したら彼の華々しい経歴に汚点を残すことになるのに。
『私ね、きめが整ってなくて、こう、ぱっかーんと開いてるから、ここから水分出ていき放題で全然潤わないんだって』
COCOKAさんが手を開き、自分のキメの状態を再現してみせる。
『だからいくら保湿効果が高い化粧品を使っても意味ないって言われて、納得だよ。
で、まずはキメを整えていきましょうっていうので、これ』
また新しい化粧品を彼女はテーブルの上にのせた。
『KAGETSUDOUさんのステマかよって言われそうだけど。
KAGETSUDOUさんの美容レッスンだったんだから仕方ない』
笑う彼女に釣られて私も笑っていた。
『しばらくはこれを使っていくから、また使用感とかレビューするね。
あ、KAGETSUDOUさんからはビシバシ、ダメ出ししてくれてかまわないって言われてるから、やらせはなしだよ』
COCOKAさんが使った商品を批判しても問題にしないと、専務に約束を取り付けた。
これもだし、新商品のプロモーションもやらせだと思われないためだ。
その代わり、このあいだみたいに他社と比較しない、どこがどうダメなのか理由と、どうしてほしいかの改善点を一緒にと条件をつけられたけれど。
化粧品の使い方や、美容レッスンがどうだったとかの話のあとは別の話題に移っていき、龍志とふたりでほっと息をついた。
「これならいけそう、ですかね?」
「いいんじゃないか。
よくあんな短時間でこんな案、思いついたな」
嬉しそうに笑った彼が、私の頭を乱雑に撫でてくる。
「ちょっ、やめてください!」
嫌がるフリをしながらも、いつの間にか前の気楽な関係に戻っているのが嬉しい。
トラブルはごめんだが、それでも様々だ。
「どっかで食事して帰るぞ。
なにが食べたい?」
帰り支度をしに部署へと戻る彼のあとを追う。
「うどんが食べたいです、うどんが!
福岡で二十四時間営業しているチェーンがこちらにお店を出してですね。
どうですか」
「いいぞ。
七星お気に入りの肉ごぼうとかしわおにぎりだったか?」
にやりと右の口端を持ち上げ、得意げに龍志が笑う。
「ですです。
よく覚えてましたね」
「七星のことはどんな小さなことも覚えてる」
それだけ彼に想われているのだと嬉しくなった。
早く、私の気持ちを伝えたい。
そのとき龍志は、どんな反応をするのだろう?
喜んでくれるのかな。
想像してわくわくしていたのだけれど――。