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第九章憧れの上司はワーカーホリックでした

第39話

――タイミングを見て、龍志に告白する。


そう、決めたはずだった。


「わるい、七星。

今日、何時に帰れるかわからない。

適当に作って冷蔵庫に入れてあるから、勝手に食べてくれ。

……あ、すみません……」


私の顔を見た途端、通話を中断してそれだけ言い、龍志は再び携帯で話しながらどこかへ行ってしまった。


「……はぁーっ」


私の口から知らず知らずため息が漏れる。

新商品の発表会が近づいていた。

私も忙しいが課長の龍志はもっと忙しい。

昨日も帰ってきたのは日付を超えてからだった。


私も残業をこなし、九時過ぎに会社を出た。

私が帰るとき、龍志は別チームの打ち合わせに入っていたが、今日は何時に帰ってくるんだろうか。


マンションに帰り着き、自分の部屋の洗濯機から乾燥まで終わっていたシーツを回収する。

今朝、家を出る前にセットしておいたのだ。

シーツを抱えて隣の部屋へ行き、寝室へ入る。


「おじゃましまーす……」


主のいない寝室に入るのはいけないことをしている気持ちになるのはなんでだろう?

勝手に入ってなんなら寝ていてもいいと言われているが、それでも〝そういう行為〟の片付け忘れとかあったら悪いなーとか、思うわけで。

まあ、今まで一度も遭遇していないけれど。


シーツを抱えて寝室なんて、やることはひとつしかないわけで。

てきぱきと交換してしまう。


「よしっ!」


しわひとつなくかけられたシーツを見てにんまりと笑う。

夜遅くまで仕事をして疲れている龍志に、少しでも休んでもらいたい。

しかし私が食事の用意をすれば反対に彼の手を煩わせる結果になるだけなので、睡眠サポートをしようと決めた。

毎日シーツを取り替え、気持ちよく眠ってもらう。

さらに柔軟剤は睡眠改善効果があるという話のものを使っている。

あと、会社に出入りしている乳酸飲料会社の販売員のおばちゃんから、これまた睡眠改善に効果があるというドリンクを仕入れて冷蔵庫に入れておいた。


ベッドから剥いだシーツは部屋に帰るときに持って帰るとして、とりあえずごはんを食べる。

冷蔵庫の中には密封容器がたくさん入れてあった。


「増えてるし……」


選んだハンバーグとご飯を温める。

このあいだの土日、龍志は休日出勤していたが、平日よりは早く帰ってこられて時間があるからとこれらを作っていたのは知っている。

早いといっても帰ってきたのは八時で、そんな無理をしなくてもしばらくはコンビニかスーパーでお弁当を買うから大丈夫だと言ったものの。


『ダメだ。

七星の口に入るものは極力俺が作りたい』


とか謎理論で断られた。

そして今日、冷蔵庫を開けたら容器が増えている。

昨日、あの時間に帰ってきて作ったようだ。

いくら今、一時的なものだとはいえ彼の身体が心配になる。


「私がまともに料理、できたらいいんだけどな……」


さらに冷蔵庫の中にポテトサラダを見つけて取り出す。

これは昨日、なかったはずだ。

お味噌汁も温め、晩ごはんを食べながらため息が出た。

ちなみにお味噌汁は朝ごはんの残りだ。


「……そだ」


思いついたことがあり、顔が上がる。

私が龍志に料理を習えばいいのだ。

それでできるようになれば、いい。

そうなれば今のこの状況はどうにもできないが、次の繁忙期にはもう少し龍志に楽をさせられる。


「うん、そうしよう」


まあ、その前にきちんと自分の気持ちを伝えないといけないけれど。


食べた食器を洗いながら目の前に置かれたものに目が行く。


「……また増えてる」


並べられているエナジードリンクの空き缶が昨日よりも多い。

また飲んだということだ。

こういうものは寿命の前借りだから飲んでほしくないのだが、そうしないと仕事を回せないのもわかっている。


「早く終わればいいのに……」


知らず知らず、重いため息が漏れた。

季節ごとにある新作発表会はとにかく忙しい。

もう何度も経験してきたし、わかっているはずなのに今回はこんなにも龍志の身体が心配になるのはそれだけ、私が彼を好きになっているからなんだろうか。


一旦、自分の部屋に帰ってシャワーを浴び、再び龍志の部屋に行く。

持ち帰った、家でもできる仕事をしながら龍志を待った。

この頃はいつも、そう。

帰ってきたら私になにかできることがないかと彼の部屋で待っている。


「うー、遅いな……」


パソコンで作業をしながらタスクバーで確認した時間はもうすぐ、一時になろうとしていた。


「今日も遅いのかな……」


パソコンを閉じ、立ち上がる。

そのままキッチンへ行ってお米を研いだ。

これくらいなら私にもできる。

研いだお米をお釜に入れて炊飯器にセットし、明日の朝にあわせてタイマー予約した。


「よしっ、と」


キッチンが綺麗になっているのを確認し、パソコンを抱えて自分の部屋へ戻る。


「少しでも龍志が早く帰ってこられますように……」


ベッドに入ってそう祈りながら、目を閉じた。




『もうすぐ朝メシができるぞー』


「はっ!」


スマートスピーカーから龍志の声が聞こえてきて目が覚めた。


「うそっ!」


携帯で時間を確認すると起きようと思った時間をとっくに過ぎている。

アラームを止めてしっかり二度寝をしていたようだ。


「すみません、今、起きました!」


『わかった。

慌てなくていいが少し急ぎめに準備してこい』


焦って返事をしたらすぐにスピーカーの向こうから龍志の声が返ってきた。

ううっ、早く起きて私が朝食を作るつもりだったのに、起こされるとは情けない。

速やかに、かつなるだけ急いで身支度を調えて隣の部屋へ行く。


「おはようございます」


「おはよう」


すでにリビングのテーブルには朝食が並べられ、龍志はタブレットでなにやら見ていた。


「お待たせしてすみません」


「いや、いい。

七星も疲れてんだろ。

ほら、早く食うぞ」


タブレットを置き、なんでもないように彼が言う。

私が寝たあとに帰ってきたはずなのに、私よりも早く起きて朝食を作っているなんて彼の身体がかなり心配になる。

まあ、彼に朝食を作らせている私が、言えた義理ではないが。


「はい。

いただきます」


私もテーブルに着き、箸を取った。


「朝、無理して作らなくていいですよ。

私は卵かけご飯だけでも全然かまわないので」


今日も食卓には白ご飯に具だくさんのお味噌汁、それにごぼうのきんぴらとカボチャの煮物が並んでいる。


「んー、味噌汁は切って冷凍ストックしてある野菜と顆粒だし入れて味噌溶くだけだし、あとは作り置きだしな」


龍志は問題ないといった感じだが、言う内容が意識高い系女子みたいでなんか私の家事が苦手なコンプレックスを刺激した。


「……普通は切って冷凍ストックしてある野菜とかお惣菜の作り置きとかないんですよ」


言ってすぐに少し嫌みっぽかったなと気づいて慌てた。


「まあ、俺にとって料理は趣味とストレス発散も兼ねているからな」


しかし気にしていない様子で彼は大きな口を開けてご飯を頬張った。


「ストレス発散、ですか……?」


それはちょっと、理解できない。

私なんて料理はストレスなのに。


「そう。

腹立つなーって怒りにまかせて材料刻みまくってフライパン振ってたら、そのうちすっきりする。

一昨日も小山田部長がいきなり、思いつきで今からそんなの無理だしだいたいコンセプトにあわないだろってことを言ってきたから、帰ってきたのは遅かったがこのままでは眠れないって、料理してた」


あの、増えていたポテトサラダはそういう理由だったのか。

わざわざ私のために作り置きを増やさなくていいと思っていたが、彼のストレス発散になっているのならいい……のか?


「うん……まあ……ほどほどに」


「ああ」


頷いて彼が味噌汁を啜る。

もうこの件についてはなにも言わないでおこうと決めた。

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