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第42話

「本当にすみませんでした!」


ふたりきりになった途端、COCOKAさんは私に向かって勢いよく頭を下げた。


「なんかマネージャーさんに控え室がショボいだの、スタッフの気が利かないだの、アイツが文句言っているのが聞こえて、我慢できませんでした……」


さっきまでの勢いはどこへやら、彼女はすっかり意気消沈している。

それだけ自分の行動を後悔しているのだろう。


「うん。

COCOKAさんが私たちを庇ってくださったのは正直言って、嬉しかったです。

でも、もうちょっと場所を考えていただけるとよかったかな、と」


「本当にすみません……」


申し訳なさそうな彼女を見ていると責める気もなくなってくる。

それに私たちのために怒ってくれての行動だ。

怒るに怒れなかった。


「これからは気をつけてもらえますか」


「はい、もちろんです!」


勢いよく彼女の顔が上がる。

それはようやく許しをもらえたわんこのようで、憎めなかった。


「メイクさん、呼んでもいいですか?

もう時間がないので、早く準備をしないと」


「はい、お願いします」


インカムで由姫ちゃんを呼び出し、メイクさんに来てもらうようにお願いする。

さらに龍志から連絡が入り、他の仕事はいいのでCOCOKAさんについているように命じられた。

要するにまたルナさんと鉢合わせして騒ぎを起こさないように見張っておけということだ。

迷惑をかけて申し訳ない。


すぐにメイクさんが来て、COCOKAさんのメイクを始める。


「アイツ、宇佐神課長はもうすぐ自分と結婚するからこんな会社は辞めるとか言ってたんですよ」


メイクをしてもらいながらCOCOKAさんが話しかけてくる。

そういえばさっき、そういう話をしていたような。


「宇佐神課長と結婚するのは七星お姉さまだってゆーの」


彼女はかなりご不満そうだが、COCOKAさんだって龍志を狙っていたのでは?


「私、宇佐神課長にフラれたんです」


私が困惑しているのに気づいたのか、苦笑いで彼女に告白されて驚いた。


「好きな人がいるからって断られたんです。

それが七星お姉さまだってわかって敵わないなーって。

だって七星お姉さまは、こんなに素敵な人なんですもん」


龍志が彼女より自分を取った理由がわからない。

いや、そうやって想っていてくれるのは嬉しいが、COCOKAさんのほうが私より若くて可愛い。

以前の彼女ならあれだが、最近は素直になって横柄なところもなくなった。

そんな彼女と私なら、私が男ならばCOCOKAさんを選ぶ。


「えっと……。

COCOKA、さん?

でも宇佐神課長とCOCOKAさんって……」


一緒に食事をした日、滅茶苦茶親しそうだった。

だから私は龍志が彼女に乗り換えたんじゃないかとか疑ったのだ。

そしてその疑惑はまだ、晴れないままでいる。


「もしかしてなにか、誤解しています?」


誤解って、なにを?

彼女がなにを言いたいのかわからなくて完全に困惑した。


「私と宇佐神課長、七星お姉さま推し仲間なんです」


「推し仲間……?」


ますますわけがわからなくて首が斜めに倒れる。


「いかに七星お姉さまが素敵な人間かっていうので盛り上がっちゃって。

あの日、その話をするのに一緒に食事をしようってなったんです。

どうせなら七星お姉さまも呼ぼうって、宇佐神課長が」


いやいや、やっぱり彼女がなにを言っているのかわからない。

素敵な人間って、誰が?

私が?

しかも、そんなに話が盛り上がるほど?


「宇佐神課長、同担拒否だったらどうしようって思ったんですけど、誰にも譲る気はないが七星お姉さまがいかに素敵かわかってくれる人間は大歓迎だ、って。

確かに私は宇佐神課長っていいなって思ってましたけど、それよりも七星お姉さまの幸せのほうが大事ですから!」


なんか彼女の鼻息が荒くて若干、引いた。

それになにを話しているのかさっぱり理解できなくて、ぽかんと鏡越しに彼女の顔を見ていた。

そんな私に気づいたのか、COCOKAさんが苦笑いを浮かべる。


「お姉さま、宇佐神課長が自分を選ぶなんてありえない、とか思ってます?」


それには無言で、首がもげるほどうんうんと頷いた。


「七星お姉さまはとても素敵な人ですよ。

事務所の人間ですら手に余っていた私を、見捨てずにきちんと叱ってくれた。

恋敵だってわかってるのに、私が失敗しても嘲笑うどころかどうやったら挽回できるか真剣に考えてくれました。

こんな素敵な人だから、宇佐神課長が七星お姉さまを好きなのも納得です」


そこまで褒められるとなんかこそばゆい。

そうか、龍志はちゃんと私を見てくれているのか。


「だから自信、持ってください」


鏡越しに彼女が微笑む。


「……うん。

ありがとう」


年下に応援されるなんてどういうことだとは思うが、それでも少し自信がついた。


「でも、その〝七星お姉さま〟っていうのは……」


「えっ、七星お姉さまは七星お姉さまですよ!」


メイクの終わった彼女が勢いよく振り返り、私の両手を取る。


「あっ、……うん。

そう」


興奮気味なその勢いになにも言えなくなり、微妙な笑顔で頷いた。


その後は特段、大きなトラブルもなく新作発表イベントは進んでいった。


「はいっ、私は現在、KAGETSUDOUさんの新作発表会会場に来ています!」


ステージから少し離れた指定の場所で中継配信を始めたCOCOKAさんを見守る。

カメラマンもいてなかなか本格的だ。


「もうね、すっごい会場、お洒落なの!

少しでもみんなに雰囲気が伝わるといいなー」


彼女の視線にあわせてカメラも会場内を映す。

今回のテーマが水晶のような透明肌とだけあって、そこかしこに水晶をイメージしたキラキラとした装飾を施してあった。

そのまま何事も問題なく、配信は続く。


「あっ、キーモデルの登場だよ!

ルナだって、ルナ!」


壇上に上がるルナさんに視線を送りながら、COCOKAさんが大興奮している……演技をしていて、つい苦笑いしていた。

彼女がとにかく嫌いなのは理解したし、それでもこうやって普通に配信ができるなんてさすが、プロだ。

終わったらここは大いに褒めよう。


その後もイベントも配信も続いていき、閉幕となる。


「今回、発表されたコスメの使用感とか、私もレポートしていくから見てねー」


これで配信も終わりだと思ったものの。


「最後に」


「えっ?」


COCOKAさんの腕が伸びてきて、私を引っ張る。


「私の担当の井ノ上さんだよ」


挨拶しろとCOCOKAさんが肘で私をつつく。


「あっ、KAGETSUDOUの井ノ上です」


慌てて営業スマイルでカメラに向かって挨拶した私の肩を、ぐいっと彼女は抱き寄せた。


「ここ最近、私がまともになってきたと気づいてる人も多いと思うけど、全部、井ノ上さんのおかげなんだ。

井ノ上さんにはもう、感謝してもしきれない。

だからみんな、KAGETSUDOUさんの新商品、買ってねー」


手を振れと背中をつつかれ、引き攣った笑顔で彼女にあわせて手を振ったところで配信は終わった。


「COCOKAさん!」


「もしかして顔出し、NGでした……?」


私が抗議の声を上げ、みるみる彼女が萎れていって悪いことをした気になる。


「七星お姉さま、私にとってとても大事な人なので、みんなに紹介したくて……」


うっすらと彼女が目に涙を浮かべ、つい諦めたようにため息をついていた。


「今度からひと言、相談してからにしてくださいね」


「はいっ!」


顔を上げた彼女は満面の笑みになっていて、不覚にも可愛いなとか思ってしまった。


片付けを済ませて後処理をし、家に帰ったのは前日と同じく最終電車……ではなく、龍志が一緒のタクシーに乗せてくれた。


「これで明日も仕事なんて信じられません……」


「耐えろ。

あと二日したら休みだ」


「あと二日もある……」


龍志としては励ましてくれたんだろうが逆効果で、私の口からドブ色のため息が落ちていく。


「そういえばルナさんと龍志って、知り合いなんですか」


「前に他の仕事で少し、な」


それにはなんか、誤魔化された気がした。

ふたりはもっと親しい雰囲気があったし、それに。


「……仕事を辞めてルナさんと結婚、とかも言ってましたが」


車内の薄暗い中でも彼の身体がびくりと反応したのがわかった。


「俺に今の仕事を辞める気なんてないし」


そこまで聞いて安心したものの。


「それに俺は誰とも結婚する気はない」


続く言葉がナイフとなってドスッと胸に刺さった気がした。


「……誰とも結婚、しないんですか」


私が尋ねた途端、龍志はあきらかにしまったといった顔をした。

おそるおそるといった感じで眼鏡の奥から彼の視線が私へ向かう。


「わるい、忘れてくれ」


それだけ言って彼はふいっと視線を逸らし、ドアに頬杖をついて流れていく窓の外を見た。

龍志は私のことが好きなんだと思っていた。

恋愛の先には結婚があるというのは理想でしかないのはわかっている。

それでも、私と深い関係になるのを拒否されたように感じた。


沈黙に耐えられなくて、私もすぐに過ぎ去っていく景色を眺める。

龍志にとって私は、いったいなんなんだろう……。

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