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第44話

新作発表会が終わってすぐの週末、龍志とひさしぶりに買い出しへ行った。


「忙しくなるのを見越して多めには買い込んでいたが、さすがにもう冷蔵庫が空だからな」


カートを押しながらいろいろ選んでいる彼について歩く。

前回の買い出しのときは大量に買った食材が龍志のうちの冷蔵庫には入りきらず、うちの冷蔵庫も占領していた。

まあね、いつもの倍以上でしかも二人分となれば、ひとり暮らし用にしては少々大きめの冷蔵庫を置いている龍志のところでも全部は入らない。


「お礼にうまいもの、食わせてやるって約束だったからな。

なにが食いたい?」


キャベツの値段を見ながら龍志が唸っているので私も確認したら、税抜きで一玉四百八十円とか書いてあった。

キャベツがこんなに高いとなると、私が食べたいあれは言い出しにくくなる。


「えっと。

煮込みハンバーグが食べたいです」


曖昧な笑顔で彼に答える。

結局、代替え案で妥協した。

それにキャベツがあるかなしかの差しかない。


「はいはい。

トマトソースで煮込んだロールキャベツ、さらにチーズのせて焼いたヤツ、ね」


しかし龍志は私が言ったのとは別のメニューを口にし、迷わずお高いキャベツをカゴに入れた。


「えっ、でも、キャベツ高いし!」


「いいの、いいの。

焼き肉とか鉄板焼きとか連れていったと思えば安い」


私にかまわず彼は店の中を進んでいく。

そう言われればそうなので、それ以上はなにも言えなくなった。


お魚コーナーにさしかかり、龍志は塩鯖とか塩鮭とか見ている。

高確率で朝食にはそれらが並んでいた。

私はその少し先、お魚屋さんが出しているお寿司のコーナーをチェックする。

ほぼ私が食べられるものはないのだが、たまにあれがあるのだ。

そして今日は、その日だった。


「龍志。

サーモンのお寿司がありました」


手にしたパックを得意げに彼に見せる。

その中身はオールサーモンのお寿司だ。


「よかったな」


入れろと促すように彼が、少しカートを私のほうへと押す。


「はい」


遠慮なくその中へお寿司のパックを追加した。

サーモン以外は俺が食べてやるから寿司が食べたいなら買えばいいと龍志は言ってくれるのだが、ほとんど龍志に食べてもらわなければならないそれを買うのは申し訳なく、たまに出るサーモンだけのお寿司を狙っていた。


「今日はラッキーでした」


「そうだな。

珍しく半額のミンチが残ってる」


お肉のコーナーで彼が手にしたパックには燦然と輝く半額シールが貼ってある。


「あれですかね、お仕事頑張ったご褒美ですかね」


「そうかもなー」


その後もお菓子やインスタント食品、冷凍食品をチェックし、会計を済ませる。

お金はいつも龍志が払ってくれるので、そのあいだに私は袋詰めだ。

言っておくが食費はちゃんと、毎月入れている。


「いつもわるいな」


「いえいえ。

作ってもらうんですから、これくらい」


ぱんぱんになったエコバッグをふたつとも、迷うことなく龍志が持つ。


「えっ、ひとつ持ちますよ」


「別にいい」


さっさと歩き出した彼を追う。

こういう男前なことをして私をますます惚れさせてくるから、たちが悪い。


帰ってすぐ、少し遅いお昼ごはんだった。

今日はサーモンのお寿司があるからか、かき揚げうどんだ。

にんじんとタマネギがメインだが、一緒に入っている桜エビがアクセントになっていて美味しい。


「ほんと七星は、美味しそうな顔して食べるなー」


眩しそうに眼鏡の向こうで目を細めて龍志から見られ、頬が熱くなった。


「龍志もお寿司、食べてくださいよ。

ひとりじゃ食べきれませんし」


「おう、もらうわ」


すぐに彼のお箸がパックに伸びる。


「ここの寿司、うまいよな」


「はい。

もう他のスーパーのパック寿司には戻れそうにありません」


ここのスーパーの、サーモンのお寿司は脂がのっていて霜降りなのだ。

これを知ってもう、ペタッとオレンジ色のあのサーモンなど味気なくなってしまった。


「今度、うまい寿司を食べに連れていってやりたいが、七星は食べられるものが限られてるもんな……」


悩ましげに龍志がため息をつく。


「白身は大丈夫ですよ。

回るお寿司のエンガワは好きですし、限定で出るノドグロとかキンメ鯛も美味しくいただいてます」


「だったら大丈夫かな。

今度、なじみの寿司屋に連れていってやるわ」


にぱっと彼が人なつっこく笑う。

その笑顔はとても眩しくて、つい目を細めていた。


お昼ごはんの片付けをしたあとは、龍志は早めに夕ごはんの仕込みをするというので一旦、自分の部屋に帰ろうとしたものの。


「帰ってなにするんだ?」


「えっと……。

部屋の掃除?」


特別することがあるわけでもないので、曖昧な返事になってしまう。


「別にすることないならこのままいればいいだろ」


なぜだか龍志は不満げだけれど。


「でも、龍志が料理している横で、私はだらだらしているとか申し訳ないというか……あ、そうだ」


そこまで言って思いついたことがあり、彼の顔を見た。


「私に料理、教えてくれませんか」


そうだ、龍志に料理を習って少しでも彼の負担を軽くしようと決めたのだった。


「えー」


なぜか彼が嫌そうな顔になり、反対なのかと気持ちがみるみる萎んでいく。

しかし。


「……いい」


続けて聞こえた返事が信じられなくて、ぱっと顔を上げる。

目のあった彼は抑えきれない感情で唇がむにむにと動いていた。


「七星と一緒に料理するとか最高だな」


彼がキッチンに立つので、私もその隣に並ぶ。


「初心者にロールキャベツはちょっとハードルが高い気もするが、まあいいか」


こうして龍志のお料理教室が始まった。

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