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第45話

「まずはタマネギをみじん切りなー」


「……みじん切り」


タマネギを前にしてごくりと喉が鳴る。

いきなりみじん切りってハードル高くない?

私はせいぜい、スライスしかしない。


「できないなら俺がやるが?」


にやりと意地悪く、右頬を歪めて龍志が笑い、かっと頬に熱が走った。


「できますよ、みじん切りくらい!」


売り言葉に買い言葉で包丁を握る。

しかし手は情けないくらいにぶるぶる震えていた。


「怪我しないように気をつけてやれよー」


まるで子供にするように注意し、彼はお湯の沸いたお鍋にキャベツをまるごと突っ込んでいて、ここ最近の忙しさのせいでとうとうおかしくなったのかと疑った。


「えっ、龍志、なにやってるんですか?」


「ん?

こうやって少し茹でて、柔らかくなったところを剥がすの。

硬いまんまだと上手く剥がれずに破れたりするからな」


「へー」


ロールキャベツの下準備にキャベツをまるごと茹でるなんてあるのを初めて知った。

これって意外と、手がかかるのでは?

食べたいなんて気軽にリクエストしたのを少し、後悔した。


「いいから早く、タマネギを切れ」


「あう」


急かすように軽く足を蹴られ、変な声が出る。

改めてタマネギと対峙した。

一応、知識としてはみじん切りの仕方は知っているが、上手くいくのか?


こわごわ、タマネギに包丁を入れていく。

トン、トンと断続的に音を響かせてタマネギを切る私を龍志は黙って見守っていた。


「で、できました」


ふーっと出てもない額の汗を拭い、彼に見せる。


「……デカいな」


しかし彼の指摘でびくりと身体が固まった。

しかもさっき、得意満面だっただろうだけに、いたたまれない。


「……すみません」


申し訳なくて身体を小さく縮ませた。


「いや、いいけどさ。

たぶんみじん切り、七星はこっちのほうがやりやすいと思う」


龍志が身体を寄せてくるのでまな板の前をあける。

半個残っていたタマネギをさらに半分にして芯などを取り、彼はスライスし始めた……のはいいが、滅茶苦茶早い。


「こうやってスライスしたのを、さらに切る」


量を半分くらいにし、断面を横にしてさらに彼が刻む。

それは私が切ったものなどとは比べものにならないほど均一な大きさで細かかった。


「これならバラバラになるとか心配しなくていいし、どうだ?」


どうだ、って私の料理スキルの低さを実感させただけでしたが?

いや、でも、確かに龍志のやり方なら私でも少しはマシになりそうだ。


「次からそうします」


「うん」


みじん切りなんてバラバラにならないように切れ目を入れて切っていくしかないと思っていただけに、驚きだった。


切ったタマネギや調味料なんかをミンチに混ぜ込んでいくのはさすがの私でも上手くできたけれど。


「そ、袖が……!」


上げ方が緩かったのか、ずるずると落ちてくる。

しかし両手は汚れていて上げられない。


「はいはい」


いい加減な返事をしたかと思ったら、龍志が私の後ろにぴったりとくっついて立つ。


「えっ、は?」


戸惑う私を無視して彼は、そのままくるくると私の袖を上げてきた。


「どうかしたのか?」


首を回して私の顔をのぞき込み、彼がいたずらっぽくにやりと笑う。


「いや、別に後ろからじゃなくてもいいんじゃないかなーって」


どきどきと心臓の音がうるさい。

龍志に気づかれるんじゃないかと心配になってきて、早く離れてくれと願った。


「んー?」


しかし彼は、そのまま私を抱きしめてきた。


「ちょっ、なにしてるんですか!?」


半ばパニックになりボールから手が上がる。

けれど彼の手を掴もうにも私の手は汚れていてできない。


「俺がメシ食わせるようになって、少しは太ったかなーって」


「太ったって失礼な!」


事実を指摘され、振り払おうとジタバタするが彼は離れない。

ええ、前は緩いくらいだったスカートやパンツが、最近はちょうどよくなっていた。

これ以上太ると入らなくなる可能性が出てくるので、そろそろダイエットなど考え始めていたくらいだ。


「前は少し、痩せ過ぎだったからな。

心配してたんだ」


そんなふうに彼が思っていたなんて知らなかった。

もしかしてこれからは作って食べさせてやるなんて申し出てくれたのは、私の健康が心配だったからなのか?


「これくらいのほうがいいよ。

抱き心地もいいし」


確認するように彼が、ぎゅっと腕に力を入れてくる。


「だからって今、抱きしめる必要はないですよね?」


私の声は怒りでビブラートがかかっていたが、仕方ない。


「まあ、ないな」


「だったら離してもらえませんか?」


「えーっ。

俺はいつでも七星を抱きしめたい」


「龍志!」


とうとう我慢の限界が来て、彼を振り返る。


「おう、わるい」


しかし彼が降参だとホールドアップし、気が抜けた。


キャベツでタネを巻く作業はふたりでやる。


「難しい……」


手慣れた様子でやっている龍志の隣で、不器用に巻いている私のロールキャベツは、具が隙間から見えていた。


「ほんと不器用だな、七星は」


おかしそうに笑われ、ムカついてくる。


「悪かったですね、不器用で!」


「わるい、許せ」


ぷーっと頬を膨らませたら、尖った唇に首を傾げてすかさず彼は口づけを落としてきた。

おかげでなにも言えなくなって、黙って残りのキャベツを巻いた。

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