「でも、キスしたいのは本当だ」
飲み終わった缶をテーブルの上に置いた私を彼が真剣な目で見てくる。
「今、キス、したばかりじゃないですか……?」
「それじゃなくて」
ちょいちょいと彼が手招きするので顔を近づける。
「……昨日した、濃いヤツ」
「ぴぎゃっ!」
耳もとで囁かれ、さらにふっと息を吹きかけられて飛び上がっていた。
さっきだって同じようにされたというのになにも考えずに龍志に近づくなんて、まったくもって私には学習能力がない。
「なあ。
……キス、していいか?」
私の顎に手をかけ、うっとりと彼が親指で唇を撫でる。
それだけでごくりと喉が音を立てた。
「ダメって言っても、するんだけどな……」
ゆっくりと彼の顔が傾きながら近づいてきて、私もねだるように少し顔を上げて目を閉じた。
彼の唇が私の唇に触れたが、すぐに離れていく。
目を開けていいのかわからなくて悩んでいたら、また唇が重なる。
そのまま啄むように何度も唇が重なった。
「七星」
声をかけられて目を開ける。
すぐ近くに上気した龍志の顔があった。
「口、開け」
促すように顎にかかる手の親指で軽く押され、自然と口を開く。
それで満足そうに目を細めて笑い、彼がまた顔を近づけてくるので目を閉じた。
再び交わった唇は先ほどまでよりもずっと深い。
すぐに彼が私の中に侵入してきて、私を探り当てる。
彼に求められながら私も夢中になって求めた。
頭がじんじんと甘く痺れ、なにも考えられなくなる。
どんどんと身体に熱が溜まっていき、奥が切なくなっていった。
「はぁーっ……」
唇が離れ、どちらのものともわからない甘い吐息が落ちる。
「そんな顔、するな」
困ったような、苦しそうな顔をして龍志が私の顔を撫でる。
彼を困らせたくはないけれど、自分がどんな顔をしているのかわからない。
「こんなキスされて、その先がないなんてつらいよな」
詫びるように彼が、ちゅっと軽く唇を重ねてくる。
それでようやく、自分の身体が激しく彼を求めているのだと気づいた。
「えっ、あっ、その」
そんな、そういう行為をしたそうな顔をしているなんて恥ずかしすぎる。
それにできないという彼に無意識でも求めているのが申し訳なかった。
「少し楽に……」
「大丈夫、なので」
私の身体に触れる彼をそっと押しとどめた。
その気持ちは嬉しいけれど、結局のところ私が一番欲しいものはもらえないので虚しくなるだけな気がした。
だったら、このまま知らないほうがいい。
「ごめんな」
ぎゅっと私を抱きしめた彼の声は泣き出しそうで、私の胸も苦しくなる。
「俺だって、俺が七星に女の喜びを教えて、俺が七星の最初の男になりたかった」
「大丈夫ですよ。
気にしてないんで」
手を伸ばし、龍志を抱きしめ返す。
「ありがとう、七星」
身体を離した彼の目は少し、濡れて光っていた。
「なあ。
もう一回、キス、していいか」
「えっ、あっ、……はい」
聞かれて戸惑いながらも少し顔を上げて目を閉じ、もう学習したので唇を開く。
「愛してる……」
すぐに彼の唇が重なり、求められる。
身体を重ねられない分、こうやってそのときが車で何度も、唇で交わるんだろうなと思った。
散々キスしたあと、ようやくふたりでベッドに入る。
「おやすみ、七星」
「おやすみなさい」
顔を見あわせ、なんかおかしくてふたりともふふっと笑っていた。
すぐにスマートスピーカーに龍志が指示を出し、明かりが落とされる。
もそもそと動いた気配がしたかと思ったら、彼に指を絡めて手を握られた。
「ダメ、か?」
少し自信なさそうに彼が聞いてくる。
「いいですよ」
答えながら薄明かりの中、自分から軽く彼に唇を重ねた。
我ながら大胆な行動だと思う。
おかげでこれでもかっ!ってくらい顔が熱いが、見えていないからいい。
「なんか今日はいい夢が見られそうな気がする」
「私もです」
満ち足りた気分で目を閉じる。
その夜、丘の上の小さな家で男の子と女の子、小さな子供ふたりと一緒に帰ってくる龍志に手を振っている夢を見た。