夜中に、目が覚めた。
帰ってくる俺に丘の上の家で待っていた七星と小さな子供たちが手を振って迎えてくれる夢を見ていたので、惜しい。
七星に自分と結婚する気はないのかと聞かれたときはどきっとした。
俺だって七星と結婚したいし、彼女との子供だって欲しい。
しかし、俺の立場がそうさせてくれない。
七星とはこのまま、上司以上恋人未満の関係がその日が来るまで続けばいいと思っていた。
深入りして苦しむのは俺だけでいい、七星は俺になど本気にならず、俺がいなくなったあとは世話好きな変な上司がいたなとたまに思い出してくれればいい。
そう思っていた。
彼女がいつの間にか、俺に本気になっているなど知らずに。
『じゃあ。
私とは明日を限りに、ただの上司と部下の関係に戻りますか』
泣き笑いの顔でそう言われたとき、頭を殴られたかのような衝撃を感じた。
七星は俺を好きになってくれている。
そのうえで俺を思い、こんな提案をしてくれている。
うんと頷けば俺も彼女もこれ以上、つらい思いをしないでいいのはわかっていた。
けれど彼女の気持ちを知ってしまったらもう、手放せない。
俺の話せない事情を汲んだうえで、七星は俺を受け入れてくれた。
そんな彼女が堪らなく愛おしい。
けれど俺は彼女を一生、幸せにしてはやれない。
彼女の傍にはあと少しの期間しかいられないのだ。
大学を卒業し、父親の会社に入れというのを無視して今の会社に入った。
それからも散々、帰ってこいと言われはしたが、それ以上はなにもなかったのはきっと兄のおかげだろう。
しかし、もう帰らないとは突っぱねられなくなった。
そうしたのは自分だし、後悔はしていない。
七星につきまとっていたストーカーの市崎は捕まったが、アイツは七星を強く恨んでいた。
刑務所に入ったところで数年で出てくるし、出てきたらまた彼女につきまとい今度こそ取り返しのつかない事態になるかもしれない。
彼女の、身の安全を確保するために俺は、父親の会社を通じて市崎の父親へと圧力をかけた。
もし息子がなにかすれば、経営している会社との取り引きを中止する。
最大手の取引先からそう言われれば父親はなんとしてでも止めるしかない。
父に頭を下げて彼女を守るために頼んだ。
代わりに、戻ってきて会社を、家を継げと命じられたら、断れない。
それでも身の回りの整理を理由に三十までの自由を得た。
好きな仕事を辞めるのも、七星の傍にいられなくなるのも、愛する女を守るためだと思えば後悔はない。
後悔があるとすれば、彼女を抱けないことくらいだ。
抱くとすれば避妊はするが、100%ではない。
それでも、もしできれば一緒に子育てはできないが金銭面で十分に彼女をサポートする意思はある。
しかし子供が新たな火種となり、彼女をトラブルに巻き込むとなれば申し訳ないでは済まされない。
だから絶対に、子供ができるなどあってはならないので、七星を抱かないと決めた。
それで不能だから抱けないと言い訳はしたが、いつまで通じるか。
それに実際のところ、俺は七星を抱きたくて抱きたくて仕方なかった。
どこまで我慢できるのか壮絶な戦いが彼女と別れるその日まで続くのだが、耐えるしかない。
それもこれも七星を守るためだ。
……ああ、そうだ。
後悔といえば七星の花嫁姿を見られないのもつらい。
疑似結婚式を提案したら、彼女は承知してくれるだろうか。
結婚指環の代わりも承知してくれたし、俺が押せばうんと言いがちな彼女ならいけるかもしれない。
しかし、重いよなー。
もう十分、自分が重い彼氏になっている自覚はある。
けれどこの先、愛情を注げない分、今注いでおかなければならない。
その分、重くなってしまうのは理解してもらおう。
「龍志、おかえりー……」
不意に七星が小さく寝言を言い、寝返りを打つ。
幸せそうに眠る、その顔を思わず見ていた。
もしかして俺がさっきまで見ていたのと同じ夢を見ているんだろうか。
なら、嬉しいな。
「ただいま、七星」
軽く唇を重ね、彼女を抱きしめて再び目を閉じる。
せめて夢の中でくらいは、彼女と幸せな家庭生活を送りたい。
丘の上の小さな家、庭には白いブランコ。
子供は男の子と女の子のふたりで、七星に似てとても可愛い。
俺は七星と子供たちのために今の会社で引き続き働いていて、七星は……そうだな。
子育てしているあいだは在宅で仕事をしているとか。
毎日、食事を作って待っているのだが、焦げていたりしてちょっと失敗しているのがかえって愛おしい。
特別大きな出来事もなく、穏やかに流れる日々。
そんな、ささやかな幸せすら、俺は叶えられない。