秋陽堂を訪れて数日後。太一からラインがきた。
曰く、警察に事情聴取を受けているから、一週間ほど店を閉めるという。
「事情聴取って? 何かあったのか?」
いても立ってもいられず「今、通話できるか?」と追加で送った。
ものの二秒とたたないうちに、太一のほうから電話がかかってきた。
「もう! 参っちゃうわよ」と、太一の憤慨した声がしてひとまず安心した。いつも通りの元気そうな声だ。
「事情聴取ってなに。どうしたんだよ」
ふんっ、と荒い鼻息を吐いた後、太一が話し始める。
「先日、新宿のホテルでホストが殺されていた事件、知ってる?」
「いや、知らない」
「ちゃんとニュース見なさいよ。歌舞伎町の近くのホテルでホストが殺されたのよ。死因は失血死。まだ犯人は見つかっていないんだけど、そのご遺体のそばに秋陽堂の
「話の腰折って悪いけど、ホウショシって何?」
「ああ、ごめんごめん。神社の
「え、じゃあ……」
「秋陽堂で買った紙を、誰かが遺体のそばに置いたってこと。で、困ったことにそれには私の指紋しかついてなかったのよ。私の指紋は、まあ当然よ。うちの商品なんだから」
通話しながら、太一の言う新宿の殺人事件を検索する。――あった。昨夜未明に、ホテルの一室で歌舞伎町勤務のホストが刺殺されていた。
「遺体のそばに置いたっていうか……。それ完全に、秋陽堂の客の誰かが犯人だってことだよな?」
「……それは、まだわからないわよ。うちで買った商品を、誰かにあげたり分けたりしてるだけかもしれないし」
顧客が殺人犯だと思いたくない太一は、歯切れが悪い。
「考えにくいな」
「……しかもその奉書紙、
「それは完全に秋陽堂の客だろ!」
人形に切られた紙など、呪術で使ったとしか考えられない。太一には申し訳ないが、どう考えても客の誰かが犯人の可能性が高い。
「とんだ災難だな」
人のことは言えないが、太一もなかなかに巻き込まれ型だと思う。
謂れもない疑いをかけられるのも辛いが、数日とは言え店を閉めなければならないのも辛いだろう。秋陽堂は、太一の大切な生業だ。
「でも、もちろんお前が疑われているわけではないんだろう?」
「それは、うん。奉書紙の購入者を訊かれたり、怪しい客はいなかったか訊かれたり。どうも事件が不可解すぎて、警察も捜査が行き詰っているみたい」
「不可解って?」
ホテルの一室でホストが死んでいた。
悲しいが、ありがちな事件だ。安直だが、まず真っ先に思い浮かぶのは男女間の揉め事か。入れ揚げた客とのトラブルかもしれない。
死因も判明しているし、人形の紙を残していったくらいだから、他にも証拠が残っていそうだ。それに、民家でなく都心のホテルともなれば防犯カメラがいくつもあるだろう。
「何が不可解なんだ? 死因も刺殺ってわかっているし」
「刺殺って書いてあった? 正確には失血死よ」
「そうなの?」
「遺体には複数の刺し傷があって、一部は肺にまで達するくらい深いものだった。でも、刃物やアイスピックで刺したようなきれいな切り口でなく、まるで獣に噛まれたようなぎざぎざした傷口だったの。凶器はまだ見つかっていない」
「獣……」
――嫌な予感がする。
けれど迂闊に「犯人が判った」なんて言えない。いくら太一相手とは言え、この前の拝み屋の仕業では? とは訊けない。
「……まあ、しばらくはごたごたするだろうけど、大人しく警察に協力しとけよ」
「そうね」
通話を切るのと同時に、店先からミズキの弾んだ声が聞こえてきた。
ミズキが喜んで迎える客などいない。もちろん、仲の良い友人もいない。何事かと急いで店に入ると、ミズキがカウンターから外に首を伸ばしていた。橘に気付き、笑顔で振り返る。
「ほら、この前の!」
ミズキが指さす先には、まさに今思い描いていた人物が立っていた。