「橘! こっち」
改札横のコンビニの前で、太一が手を振っている。黒いTシャツにデニム、靴は気の利いたデザインのスニーカーを履いており、喋らなければ原宿あたりのショップ店員のようにも見える。
「ごめんね、急に呼び出して。ミズキちゃんもごめん」
太一が申し訳なさそうに顔の前で手を合わせる。ミズキは、構わないというように首を横に振った。
「いいけど、どうした?」
太一は質問には答えず、ミズキの両肩を掴んで目線を合わせた。どこか落ち着きがない。
「ねえミズキちゃん。目、いい?」
訊きながらも、落ち着きなく左右を見回している。
「もし近くに須田さんがいたらすぐに教えてね」
怯えたように、橘もお願いね、と見上げてくる。
「須田? なに、なんの話だ?」
歩きながら話そうと言われ、三人で並んで歩く。太一は心底怯えているようで、橘とミズキとの間にぐいぐいと
午前中の街は人通りが少なく、ぽつりぽつりと高齢者が散歩をしているだけだ。相変わらず周囲に視線を送りながら、太一が話し始めた。
「あたし、巻き込まれたせいもあって、あのホスト殺しの事件について調べていたの。あ、まだ犯人は捕まっていないわよ」
「そういうことは警察に任せておけよ。変な動きしてたら、また疑われるぞ」
「でも気になるじゃない。うちの
それは個人的な興味ではなくて? とは言わないでおいた。
「死んだ子は思った通り、お店のナンバーワンだった。誰かに恨みを買っていてもおかしくない立場よね。でも、同僚も後輩たちも彼が死んだことを本当に悲しがっていて、内部でのトラブルではなさそうだったの。それに、何て言うかみんなすごく現実的な子たちで、とても拝み屋に殺しを依頼するようなタイプには見えなかった。頼むとしたら、半グレかヤクザに頼むわよ」
怯えているわりに、太一自身もだいぶ物騒なことを言う。
「そうなると、スタッフ以外でのトラブル?」
「うん、私もそう思った」
三人になって安心したのか、太一がようやく落ち着きを取り戻し始めた。
「一人、ホストクラブのお客さんで怪しい
「ストーカー化したか」
「そう。あまりにもしつこく付き纏って、店も出禁になっていたらしいの。で、その娘が店でも噂になるくらいスピリチュアル系だったんだって。いつもゴスロリのファッションに身を包んで」
「ファッションは個人の自由だけど。……拝み屋にホスト殺しを依頼したのはその娘かな。可愛さ余って憎さ百倍か」
あり得ない話ではない。思い通りにならないのならば、殺してしまおうと考えたか。
応答がなくなったので隣を見ると、太一が拳を口元に当て、青褪めていた。
「……でね、その娘。あの事件以来、行方不明になってたの」
「死んでんな」
ミズキの辛辣な一言に、太一が悲鳴じみた声を上げる。「どうしてわかるの、ミズキちゃん!」
「……本当に死んでたのか?」
橘が尋ねると、太一が小さく頷いた。
「――死んでた。一人暮らしのタワマンの部屋で。ホスト殺しの事件の三日後に、小っちゃく記事になってた。自殺って形になっているけど、やっぱり身体中に獣の噛み痕のような傷があったんですって」
――死人が増えてゆく。
須田の弟子は、呪殺を請け負い、ホスト一人を殺すに留まらなかったのか。なぜ依頼主まで殺してしまったのだろう。
「顧客の個人情報を他人に明かすのは本当はいけないのよ? でもどうしても気になって、うちの顧客の
「『何でも屋』? どういう意味?」
「――ヤバい仕事でも何でも請け負うってこと。法を犯すことでも、殺しでも」
かなりきな臭い話になってきた。
呪殺も請け負うとは言っていたが、そうそうないと言っていたのに……。業界の何でも屋なんて呼ばれるくらいだから、殺し以外にも危険な仕事を受けていそうだ。
いつもは他人の話そっちのけで勝手な行動をとるミズキも、じっと耳を澄まして聞いている。ミズキははじめから、須田を敵対視していなかった。むしろ、犬好きの同士として好意的すらあった。
「……じゃあ、その女の子の殺しも、例の須田の弟子が、」
「違うのよ!」と太一が悲鳴のような声を上げた。
「私もはじめはそう思って、須田さんに同情的だったの。弟子が勝手な真似をして須田さんに迷惑をかけているんだって。荒っぽい弟子たちのせいで『業界の何でも屋』なんて呼ばれているんだって。でもいくら須田さんの周辺を探ってみても、弟子もいなければ、所属している団体もない。そもそも、誰とも会っている気配がないの」
どういうことだ……?
弟子がいない?
「――須田は一匹狼だってことか?」
太一が、がくがくと何度も首を縦にふる。
曲がり角の手前で足を止め、「見て」と太一が数メートル先を指さす。
駅から二十分は歩いただろうか。駅前の住宅街を抜け、空き家が目立つ区域に来ていた。荒川が近く、河原付近にホームレスの段ボールハウスが並んでいるのが見える。その外れに、古びた一軒家がぽつんとたっている。
「あれが須田さんの家」
まるで廃墟だ。壁には
「ここ、人が住めるのか」
「昔、一家心中があった家みたい。格安で買ったのか、借りたのか」
それにしても人が住んでいる気配がない。庭には不法投棄のゴミが散乱している。今は不在なのだろう、中も外も真っ暗だ。
「わかるでしょう? こんな所に住んで、界隈では『何でも屋』なんて言わて……。須田さんは普段から誰ともかかわっていないのよ! あのホスト殺しも、依頼主の女の子殺しも、全部須田さんがやったのよ!」
ここ数日見ていた須田のイメージが、ぐにゃりと歪む。
呪殺は滅多にないと言っていた。あったとしても、自分自身の身体で返りを受け止める大変な仕事だと思っていた。
胡散臭い奴だが、動物を愛する男。お互いに代々続く呪いの連鎖に繋がれた、不遇な男だと……。それが、何人も立て続けに殺す「何でも屋」。しかも「弟子がやった」と平気で嘘を吐く――……。
怖い、と太一が腕に縋りついてくる。
身長がほぼ同じなので、太一の短髪が頬に刺さって地味に痛い。
「お前、一人でここまで調べたのか?」
坊主頭を押しやりながら訊くと、太一がぐすりと鼻を啜った。
「ううん。探偵雇った。一週間ほど須田さんの尾行をさせて、『誰とも接触していない』って報告を受けたの」
「太一、もうしばらく秋陽堂はオンライン販売だけにして、店は閉めておけ。誰も入れるな。お前が周辺を探っているなんてバレたら、須田は何をするかわからない」
うん、と太一が歯切れの悪い返事をする。
「何? ほかに何か気になることある?」
「引き続き探偵に須田さんを調べさせていたんだけど、その人、急に連絡が取れなくなっちゃったの。料金の支払いも済んでいないのに……」
「死んでんな」
ミズキの容赦のない一言に、太一がまた悲鳴を上げる。
「ねえ、やっぱりそうかな⁉ 怖い! どうしよう!」
再び太一が縋りついてくる。二の腕の血流が止まりそうだ。
「家まで送るから、しばらく店は閉めとけ。できるだけ一人行動は避けて家でじっとしとけ」
「でも屋内にいても、式神が殺しにくるんでしょう? どうしよう~」
そうなのだ。たとえ施錠した室内にいたとしても、安全ではない。ホストも、依頼主の女も、施錠された室内で殺されていた。
「たしか秋陽堂の商品に、東北地方の
「本当に? 効果ある?」
ミズキと顔を見合わせる。確証はない。
「わからん」
ちょっと~! と太一がまた泣き声を上げる。怖がってはいるが、まだ元気はありそうだ。
それに、須田の本当の狙いは太一や秋陽堂ではないと思う。
おそらく、初めから、橘たちを狙っていたのだ。