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第三章

第1話 夢で重なる

 夢は、よく見るほうだ。

 幼い頃から、よくリアルな夢を見た。


幸一こういち、昨日探検に行った裏の廃墟神社に行こう! あそこに秘密基地を作って、漫画とお菓子を持ち込むんだ。あとは」


 幸一はきょとんとした顔で、首を傾げた。


「裏の廃墟神社ってなんだよ。それに昨日は俺、れんの家に行ったからお前とは遊んでないよ?」

「あれ……? 昨日じゃなかったっけ? 一昨日?」

「一昨日も行ってない。そもそも、裏山に廃墟なんてないじゃないか」


 幸一に言われ、よくよく裏山を思い出してみる。一度カブトムシを捕まえに奥深くまで入ってみたのだが、木が少ない岩山で足の裏が痛くなっただけだった。

 わずかに見える緑のほうへ進んでみると、ハゼノキが皮膚を撫でてすねがひどくかぶれた。それが嫌であまり足を向けない山だった。見通しのよい山で、建物なんか建っていないのが一目瞭然だった。


「また夢の中の話じゃないの? 祐仁ゆうじお前よく寝ぼけるよな」

「……」


 まさに幸一の言う通りで、返す言葉もなかった。

 特に小学生の頃までは、現実と見紛うリアルな夢を見て、まるで二つの世界を行き来しているようだった。よく夢での出来事を現実で起きた事のように話し、友人たちにも「また祐仁が寝ぼけてる」と呆れられた。


 やがて内容を忘れてしまうようになったが、大人になっても相変わらず夢はよく見た。

 あまり口数が多くないぶん、頭の中でごちゃごちゃと考える癖があるからかもしれない。起きている時に思考したあれこれが、眠りに落ちると一斉に吹き出てくるのだ。これが自分なりの分析だ。


 最近見る夢は、眠る直前に観た映画だったり、動画だったり、読んでいた小説の世界がみごとに投影されている。心地のよい内容だったらいいのだが、大抵は殺人鬼に追われていたり、戦争の最前線にいたり、真っ暗なトンネルを探検していたりする。

 ある夜の夢は、ちょっとでも動けば機関銃で打ち抜かれるという命がけの「だるまさんが転んだ」に参加しており、冷や汗びっしょりで飛び起きた。この時ばかりは、寝る前に刺激の強いエンタメを見るのはよそうと思った。エンタメのせいで睡眠の質が下がっては、元も子もない。


 明晰夢めいせきむもよく見る。

 明晰夢めいせきむとは、夢を見ている最中に「ああ、これは夢だ」と自覚できる夢のことだ。

 眠っている時も意識があるなんて、気が休まらないだろうと思われそうだが、悪夢であればいつか醒めると安心できるし、楽しい夢であれば存分に架空の世界を満喫できる、便利な夢でもある。

 明晰夢を見る者の中には、夢の内容をコントロールできる者もいるようだが、橘の場合はただの傍観者になるだけだ。夢で起こる出来事を、時には木陰から、時には空から、時には空気の粒子になって見ているだけ。夢の中の登場人物は、誰も橘を意識せず、時々橘の身体を擦り抜けていったりする。


 ああ、久しぶりの明晰夢だと思った。

 どこか知らない場所に立っている。


 古い日本家屋の中……いや家屋と言えるほどきれいじゃない、小屋のような所にいる。

 窓がなく、小屋の中は薄暗い。小屋といっても内部は広く、二十畳はあるだろうか。四隅よすみは灯りが届かず暗がりになっている。中央にアセチレン灯がともっており、それを囲むようにして数人の男たちがたむろしていた。中には寝転がっている男もいた。酔いつぶれて寝ているのだろうか。


 この暗さは、宵か、夕闇か、丑三つ時か。

 皆で酒盛り中に、一人が寝入ってしまったのだろうか。


 橘はためしに数歩歩き回ってみた。うろうろしてみたが、誰かがこちらに気付く様子もない。今夜も空気になっているようだ。

 男たちの身なりは、どこか時代を感じさせる。みな揃いの半纏はんてんを着ており、中に和服を着ている者もいれば洋服の者もいる。首に手ぬぐいを巻いたり、頭にねじり鉢巻きをしたりと着こなしは様々だが、一つだけ共通している点があった。鼻から下を、布で覆い隠している。――では、酒盛りではないのだろうか。


 男たちの顔に見覚えはない。起きている時に無意識に目にした、テレビドラマや時代劇の出演者だろうか。

 男たちは顔を寄せ合い、ぼそぼそと喋っている。何を言っているのか聞こうと一歩踏み出した。


「――誰かがこないうちに――」

「見つかったら――面倒なことに――」


 小屋の中央は小上がりになっており、寝転がった男を中心にして男たちが胡坐あぐらをかいたり立ち上がっていたりしている。

 橘も小上がりににじり寄った。男たちの輪まであと三メートルのところまで迫る。足音を忍ばせてもいないのに、誰もこちらに気付く様子はない。


「――頭を――押さえて」

「本当に――やるのか? ――俺たち――」

「今更怖気おじけづいた ――今やらないと――」


 男たちは口元を覆っているので喋る声がくぐもっている。さらに雰囲気は重重しく、声には緊張感が滲んでいた。

 中央に寝転がる男は、まだ起きる様子がない。


(寝ているんじゃないのか……?)


 橘はもう一歩踏み出した。小上がりに膝を載せ、男たちの輪まであと二メートルの所まで迫った。

 一人の男が、傍らから棒状の物を取り出した。

 ――なただ。


 その瞬間、すべてを悟った。

 これは、ご遺体から脳漿のうしょうを取り出そうとしているところだ。

 男たちの脚の隙間から見える、寝転がったままの男はご遺体だ。これから彼の頭に鉈を振り下ろし、脳漿を取り出そうとしているのだ。


(これが、呪いの根源の……)


 よく見ると、男たちの半纏はんてんには橘家の家紋、橘の実が染め抜かれている。彼らは橘葬儀社の従業員だ。


 止めたほうがいいのか、すべてを見届けたほうがいいのか……。

 ――これは夢だ。

 夢の中で阻止したところで、現実が変わるわけがない。


 橘はすべてを見届けようと覚悟した。すべてが事実とは限らないが、何があったか知れる二度とない機会だ。


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