* * * * *
「おい、起きろって」
頭が揺れるほど身体を揺さぶられ、はっと目を醒ました。
目の前にミズキの白い顔があった。
「あ、」
新幹線の車内だ。東北新幹線に乗り、一路山形を目指していた。車窓の硬い
「……今、どこ?」
「さっき、米沢って駅を通った」
「そうか。あと一時間くらいか」
シートに深く座り直し、首を左右に倒して揉みほぐした。変な体勢で眠り込んでいたため、首筋が凝って曲げるとかすかに痛んだ。
「物凄い
ミズキが怪訝な顔でこちらを覗き込んでくる。
「
夢の内容を思い出そうとしたが、考えた途端に内容が霧散した。夢の断片を探ろうとすると、同局の磁石が近付いたように、強引に意識を逸らされる。
「……なんかすごい夢を見てた気がするんだけど、うまく思い出せない」
内容が思い出せない。とにかく
これから盃の呪いを解きに行く緊張感で、悪夢を見てしまったのだろうか。
「新幹線の中で寝言いうほど爆睡するなよ、恥ずかしいな」
居住まいを正し、さりげなく周囲を見渡す。平日の昼過ぎとはいえ、車両の半分以上の席は埋まっていた。多くはビジネスカジュアルを着た男女で、パソコンを開いて何か作業をしている。静かな車内に寝言が響き渡ってしまっただろうかと、シートの中に縮こまった。
「……悪い。そんなにうるさかった?」
「うるさいってほどじゃないけど。結構はっきり寝言いってた」
寝言をいう癖なんてあっただろうか?
過去付き合っていた女性たちには「うるさかった」と文句を言われたことはないが。
「なんて言ってた?」
「『どうして助けてくれないの』とか、なんとか」
「……」
誰かに助けを求めていたのだろうか。誰と一緒にいたのだろう。やはり何かしらのピンチに陥っていたようだ。最後はどうなったんだ……。
「目をかっぴらいて言ってたぞ。……一瞬、お前の顔じゃなく見えた」
ミズキがぐい、と顔を近づけて覗き込んでくる。本物かどうか確かめるように、頬や鼻をぺたぺたと触ってくる。
「誰かが乗り移ったのかと思った」
「――怖いこと言うなよ」
別人に見えるほど必死の表情で訴えていた? それとも、本当に誰かが橘の身体を借りて助けを求めてきた?
もう一度夢の内容を思い出そうとするが、考えれば考えるほど頭の中に霞がかかり、記憶が散り散りに消えてゆく。
ミズキがしたり顏で諭してくる。
「寝ている時は無防備になる。特に祐仁は、今乗り移られやすくなっているから気をつけろよ。あんまり寝ないほうがいい」
「無茶なこと言うな」
たしかに乗り移られやすい自覚はあるが、寝ないのは無理だ。
「もし寝ている時に変なこと言っていたら、殴ってでも起こしてくれ」
ミズキが嬉しそうな顔で「わかった」と頷く。今までに聞いたことがないくらいの、気持ちのよい返事だ。
「任せておけ」
おそらく遠慮なしのグーで殴ってくるだろう。「起こせと言ったから」と得意げに言ってくるのが容易に予想できる。
橘は胸の巾着を握り、窓の景色に目をやった。
山形へ帰る緊張感で変な夢を見てしまったようだ。呪いの盃を胸に、車窓に頭を預けて見る夢なんて、碌な内容じゃないだろう。