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第10話 呪いはどこから

 二日目。

 昨日の景子おばの話からわかったことが二つある。


 一つは、呪いの発生が橘の曾祖父・貴一きいちの代からであること。

 二つめは、呪いの発生と同じ時期に手代てだいが一人、行方不明になっていたこと。


 橘葬儀社の長い歴史の中、怪我や事故はあっただろうが、行方知れずとなった従業員はその手代一人だけのようだ。呪いの発生時期ともかぶることから、何か関係がある気がしてならない。


 当時の出来事を探るには、実家の蔵を調べるか、会社の建物を調べるしかない。実家の敷居は跨げないから、まずは会社を訪ねることにした。

 橘葬儀社の本社は山形市内にあるが、そこには十数人の社員しか勤務していない。

 本社は三階建ての小さなビルで、主に総務・経理といった事務に係る社員が勤務している。

 最上階の三階フロアには小さな社長室と、たまに訪ねてくる取引先や来客を迎えるための応接室がある。二階には事務部隊の執務室、一階はエントランスと橘葬儀社の業務内容が掲示された、こちらもまた応接セットがある。

 二か所も応接セットを設けているが、実際に橘葬儀社を利用するお客様が訪ねてくるのは、山形県内各所にある「会館」だ。

 会館は、通夜から葬儀までを通しで対応できる施設だ。火葬設備を備えているため、市街地から離れた場所にある。


 橘は山形駅前でレンタカーを借り、現在地から一番近い東根ひがしね会館へと向かった。

 運転しながら、胸元の巾着に気を配る。鬼太郎の妖怪アンテナのように、呪いに関する場所に近付いたら、震えるなり動くなりして何か合図をくれないだろうかなどと都合のよいことを考えていた。


「盃が動かないかな? とか考えているんだろう」


 助手席からミズキに図星をさされ、返事が数秒遅れる。


「……動くかもしれないだろ」

「そう都合よく盃が動くわけないだろうが。自分が破壊されるかもしれないってのに」

「それは……」


 呪物だって、自ら死んだり消えたりするのを望むわけがないだろう。「まあそうだな」


「お前って、へんに夢見がちなところあるよな」


 ミズキに指摘され、馬鹿にするなよと睨み返す。


「そんなわけあるか。ある程度慎重に行動してきたからここまでやってこれたんだ」


 そうじゃないよ、とミズキが溜息を吐く。


「お前はお人好し過ぎるところがある」


 この前、須田にも『貴方のバカがつくくらいお人好しなところ、好きだったんだけどな』と言われたばかりだ。お人好し。自覚がないので、そう言われてもピンとこない。


「この前のミニカーの呪物、あれも結局壊せなかっただろう? いいか、憶えておけよ。いくらお前が誠意を尽くして接しても、呪物や怨霊は平気で裏切ってくる。生きている人間とは違うんだ。もう恨みや悲しみや悔しさという本能だけで存在しているんだよ。お前のコレクションしている呪物たちが大人しいのはたまたまだ。何かちょっとしたことで呪物はお前に牙を剥いてくる」

「わかってる」

「盃だってそうだ」

「――わかってるよ」


 わかっている。呪物に良心がないことくらい。

 ただ、恨みや悲しみだけを抱えていると思うと、どうしても気の毒な存在に思えてならない。解消できるなら解消してやりたいし、うちに置くことで呪いが収まるのならいくらでも、などと考えてしまう。……こういう所が「お前はお人好しだ」と言われる所以ゆえんなのだろう。


「わかってるならもっと強い気持ちで呪物を拒否しろ。その盃はお前の味方をしないし、運命は都合よく動かない。最悪な時に最悪なことが起こるし、期待していたものは永遠にやってこないし、信じていたものはくつがえされる」


 そう思っておけば、何も怖くないとミズキは語る。


 最悪は想定しているつもりだ。

 盃の呪いは解けず、もう間もなく、自分も死ぬ。頭が原因の死だ。

 交通事故で頭を潰す。

 脳腫瘍が見つかる。

 背後から誰かに頭を強打される。

 高い所から落ち、頭を強打する――長年覚悟して生きてきたので、もうこれ以上考えうるパターンがないくらいだ。


「死ぬのは覚悟しているよ。今回の旅で解決できなかったとしても仕方がないとは思っている」

「お前の『最悪』は自分が死ぬことだろう? 違うよ。本当の最悪は、祐仁が死んだ後、盃は祐仁の兄貴も殺す。それでは飽き足らず、兄貴の子供も殺す。子供はすぐには殺さないな。大きくなるのを待って、家庭を持つのを待って、そのあとに殺す。また代々橘の一族を呪い殺してゆくんだ」


 元の通りさ、とミズキが鼻で笑う。


「それは……」


 ミズキの言う通りだ。自分が死ぬだけでは終わるなら、むしろ万々歳なのだ。幸一家族にまで影響が及び、これまでと変わらず呪いが連綿と受け継がれていくこと。それこそが『最悪』だ。


「――今までと何も変わらないな」

「呪いをといてやろう、解決してやろうとなんて考えるな。壊すんだよ、消すんだ。こっちが殺される前に呪物を殺すんだよ。そう思っていないと危ない」


 そう凄まれ、ミズキの逞しさを感じるのと共に、再び須田の言葉が蘇った。


『あなた今、いろんなものが混じっていますよ。もともとは性根がよい人だったんでしょうが、ミズキ君の純粋な残酷さや呪物に纏わる怨霊の容赦のなさが入り混じっている』


 凛としたミズキの横顔に目を奪われる。

 冷酷な言葉を吐いているのに、一片の曇りもなく美しい。

 屍人のミズキは、どちらかと言うと怨霊側の存在に近いのかもしれない。生存本能が強く、自らに危険が迫るとなれば容赦がない。単純に、優先順位がはっきりとしているとも言える。その性格のおかげで、これまで何度も助けられた。

 人間社会に生きる自分たちとは、少し考え方が違う。いや、だいぶ違う。それがどうしようもなく寂しい。


 考えていたことが表情かおに出ていたのだろうか。

「ほら、お前はお人好しだろう」

 と、ミズキがにやりと笑った。


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