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第11話 呪いはどこから

 人家から離れた場所に、広い駐車場を備えた低層の建物が見えてくる。

 和風のおもむきのある建物は一見すると旅館のようだが、橘葬儀社の「会館」だ。

 通夜、火葬、葬儀を一挙に行える施設で、橘葬儀社の客は、山形市内の本社ではなくこちらを訪れることが多い。


 辺りは暗くなり始めている。人がいては調査ができないと思い、あえて遅い時間にレンタカーを借りた。時刻は二十時を回っている。

 社員用の駐車場は、端に二台の車が停まっているだけで、すでにほとんどの従業員が退社しているようだった。一般用の駐車場には車は停まっておらず、今夜は通夜は入っていないようだ。


 すっかり暗くなった建物の周囲を探り、どこかから中へ入れないかとミズキと探る。建物の裏手にある社員通用口のノブに手をかけると、施錠されていなく、ドアはなんなく開いた。

 ミズキを振り返り、立てた人差し指を口元に当てた。わかっている、という風に、ミズキがこくりと頷く。


 暗い廊下を進み、フロアの中央あたりにくると、広い食堂のような場所に出た。

テーブルとイスのセットがずらりと並んでいる。火葬の間、親族が待機する待合室だろう。


「しっ、隠れて」


 ミズキの頭を押さえ、床に低い姿勢でうずくまった。


 橘たちのいる入り口から一番遠いテーブルに、男性二人が残っていた。

 男性らの年齢は五十代くらいだろうか。ワイシャツの襟元を寛げ、隣り合ったイスにだらしなく腰掛けている。テーブルの上には、パーティー開きにしたナッツと、缶コーヒーとペットボトルのお茶が置かれている。


「家に帰らないでなにやってんだよ」

「……」


 夜勤だろうか。それとも、帰る前に小腹でも空いたのだろうか。

 二人の表情は楽しそうとは言い難く、憂さ晴らしに愚痴を吐き合っているのだろうとすぐにわかった。二人のぼやくような会話が漏れ聞こえてくる。


「仕事量はどんどん増えているってのに、全然スタッフを増やしてくれない。会社はいったい何を考えているんですかね?」


 小太りの男のほうが、襟足の髪を掻きむしりながら愚痴る。


「チーム内で二人も辞めて、俺、先月からほとんど休みなしですよ? しかも、来月有給を取りたいって言ったら渋られました」


 相方の白髪頭も、腕組みをして顔をしかめる。


「上は採用の面接をしてるって言っているけどな。いい人材がなかなか見つからないらしい」

「本当に面接してるんですか? いるんですか、葬儀屋で働きたいなんて言う奴」


 どうだろうな、と白髪頭が苦笑する。


「こんなに休みなしで働いているのに、給料が上がらないってどういうわけなんですか? 売上は上がってますよね?」

「ほら、火葬場の排煙設備にCO2排除だかなんだかの装置を取り付けただろう? 三つの会館それぞれに。その分に充てられたんだろう」

「なんですかそれ。設備投資よりも社員に分配してほしいですよ」

「まったくだ」


 どうやら上がらない給料を嘆いているようだ。

 呪物蒐集家という職業柄、同業者やライバルはいても、同期や仲間はいない。もし自分が一般企業に勤めていたら、こうして同期と愚痴を言いながら居酒屋で酒を酌み交わしていたのだろうか。羨ましいような気もしたが、話している内容が内容なだけに、微妙な気持ちになった。正直、こうならなくてよかった、とも思ってしまう。


「社長の家、またリフォームしたそうじゃないですか」


 小太りのほうが口をへの字に曲げて吐き捨てた。

 幸一のことだと思い、自分事でもないのにどっと冷や汗が出た。


「数年前にも家を改築してませんでした? 親が高齢になったから、とか、子供が小学校に上がったから、とかなんとか言って。そんなに家を建て増しするくらいなら少しでも社員のボーナスを上げろって話ですよ」

「まあ、な」


 身内の陰口を言われ、なんとも居たたまれない気持ちになる。

 幸一の性格上、会社の利益を不当に独り占めしたり、懐に入れたりはしないだろう。だが親のため、子供のためと惜しみなく金を使う姿が想像できる。……それをつい社員に喋ってしまう、わきの甘さも想像できてしまう。


「生まれた時から市街地の一等地に住んで、俺たちの苦労なんかわかりゃしないんだ」

「創業家だからな。比べたって仕方がないさ」


 二人はまるでぬる燗でも飲むような雰囲気で缶コーヒーを啜った。


 社員に慕われるリーダー。そうとは思っていなかったが、幸一がここまで嫌われているとは。幸一に限らず、会社の代表者がここまで疎まれているとは思わなかった。

 社員たちの、幸一に対する何とも言えない感情を目の当たりにして、胸がざわざわと騒いだ。

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