「一つ目は今、お伝えしました【所有物や人間関係の見直し】でした。自分にとってマイナスにしかならない不必要な物や人からは離れることが大事ということです」
ベリーが手で誘導し、信者たちに再度スクリーンを見るように促した。二つ目の言葉だ。
【余計なことは考えない】
「ベリーの演説と重なるところがありますが、どうして哺乳類脳だけで生きている人たちは、あのようなデタラメな生活を送っていながら悩まずにいられるのか。ここに重要なヒントが隠されています。彼らは自分が取っている行動なのにも関わらず、それが正しいことなのか、間違っていることなのか、驚くことに何も考えてはいないのです。答えが出ましたね。そうです。『何も考えないから、悩みが生じない』のです。これを見て下さい」
スクリーンにグラフが表示された。
「これは直感に関するグラフです。多くの顔写真を被験者に見せて、その人が信用できる人なのか、そうでないのかを言い当てるテストを行いました。結果は時間を掛けて考えた人たちより、直感で判断した人たちの方が断トツに的中率が高かった。研究結果からも明らかなように、考えてはいけないのです」
スクリーンの表示が変わった。これが最後だ。
【成功者に倣う】
「これは重要です。先ほど貧乏生活をしている人たちの話をしましたが、その人たちは決して怠け者とは限りません。長時間働くなど努力はきっちりとしています。それでは何故、一向に生活が向上しないのでしょうか。それは努力と言っても、貧乏人になる為の努力をしているからです。成功したければ、成功者に倣って成功に結び付く為の努力をする。お金持ちになりたければ、お金持ちのようにお金を使えば良いのです。お金は使えば使うほど、自分に返って来るものですからね。お金持ちはそのことを良く理解しています」
会場にいる全員の瞳孔が開いている。もう男の発言を疑う者はいない。
「私は皆さんに人生を楽しんでもらいたいと思っています。辛い修行が無意味だというのは、遥か昔に実証されていますからね。それを証明したのは、なんと、あのお釈迦様なのです。釈迦は厳しい修行の末に導き出した答えが、『これ意味ないわ』ですよ」
男が笑い、聴衆もつられて笑った。
「人生は有限です。やりたくないことはやらなくても良いのです。もっと皆さんは人生を楽しまなければいけません。辛いことなんてもっての外です。皆さんは欲望を抑えすぎている。つまらない常識に捉われて周りの目を気にしているから、やりたいことがあっても行動に移すことができないのです。赤の他人が作ったルールなんて守る必要はありません。苦しみから逃れたければ、自分の欲望を解放すれば良いのです。私は芸術に触れることを、特に皆様にお勧めします。美しいものを身の回りに置くようにして下さい。そうすることで心が浄化され、望むもの全てを引き寄せることができるようになるでしょう。長くなりましたが、私の方からは以上になります。皆さん、大いに人生を楽しんで下さい」
会場から一斉に拍手が沸き起こった。先程のようなパラパラといった拍手ではない。本心から賛辞を贈る拍手だ。
男は聴衆に会釈をして教壇を降りた。ベリーと短く会話を交わした後、ベリーが再び登壇した。
「どうでしたか? 皆様。素晴らしい言葉の数々、感銘を受けたことと思います。彼は主に欧米諸国で活動されている方です。講演の依頼をしようにも、まずコンタクトを取ることができません。彼は私たちの活動に感銘を受けて、急遽参加して下さったのです。日頃から一人一人に真摯に向き合ってきたからこそ、この幸運を引き寄せたのだと自負しております。本日、会場にお越しになられた皆様は非常に幸運だったのです」
ベリーは腕を上げ、聴衆の視線を集めた。
「皆さん、大切な人を守りたいと思いませんか? 大切な人を守る為には豊かな暮らしを手に入れるしかありません」
ベリーは上げた腕をそのままスクリーンへと向けた。聴衆はベリーに意のままに操られる。
ベリーはスクリーンに映し出された三つ目の言葉を再び口にした。
「『成功者に倣う』この言葉を肝に命じて下さい。成功してもいない人の意見は雑音だと思って聞き流しましょう。もっとも、その人物のようになりたければ話は別ですが。私どもは多くの人たちを成功に導いてきました。『成功者に倣う』この言葉は真実なのです。今から成功を収めた人たちの真実の声を聞いてもらいたいと思います。教会が作成したメソッドの実践者たちの声です」
悩み一つないと思える信者たちが次々とスクリーンに映し出されていく。
「教会の教えを実行したことで、辛い人生から抜け出すことができました。教会を信じて本当に良かった」
「信じられない素晴らしいスピリチュアル体験を経験した」
「お金を惜しみなく使って、お金が入ってくる循環システムを作れたので、お金に苦労することがなくなりました」
「理屈など要らない。これが真実なのだと知った」
信者の体験談の合間に、時折、アインシュタインやピカソ、ダヴィンチといった歴史上の人物の画像と、彼らが後世に残した言葉が映し出された。真実味が増していく。
スクリーンに投影された映像が消えて画面が暗くなると、聴衆はスクリーンから教壇にいるベリーへと視線を移した。
ベリーはトーンを下げて聴衆に語り掛けた。
「誰かに愛されたいと願うなら、誰かを愛さなければいけません。お金に愛されたいなら、お金を愛さなければいけないのです。お金は使われる為に存在します。お金を愛するということは、お金を使うことなのです。私は皆様に、これ以上苦しんで欲しくはありません。今日で損ばかりをしている人生に終止符を打ちましょう。お金を使うこと。ただこれだけが幸せになる為の最善かつ、最短の道なのです。僅かなお金しか使わない人は、それだけ自分のことを過小評価していることになります。自分で自分のことを、それだけの価値しかない矮小な人間だと思っているからです。しかしここにいる人たちは違います。傲慢だと思われるかもしれませんが、社会の欺瞞に気づいた私たちは選ばれし者と言っても差し支えがありません。さあ手を取り合って世界を変えていこうではありませんか。私たちが出会ったことには大きな意味があります。お互いの波長が合ったからこその素晴らしい出会いなのです。私たちは、これから多くの人たちを救っていかなければなりません。一人でも多くの人に、この教会の素晴らしき思想を広めて行かなければならないのです。きっと皆様ならできるはずです。自分だけが幸せになろうとしてはいけない。WIN-WINの関係を築くことが大切です。それが理想の世界への第一歩に繋がります。私たちの理念に敗北者は存在しません。歴史上の人物たちも例外なく常識を打ち破ってきました。これを機に皆様も常識を打ち破ることのできる人間になろうではありませんか。共に世間の常識を壊していきましょう」
講演が始まる前までは半信半疑の顔を浮かべていた聴衆が、まるで憑き物が取れたかのように清々しい顔付きへと変貌を遂げている。
「今回だけ、『幸せになれる絵画』を会場に来て下さった方々のみ、特別価格で販売したいと思います」
モニター画面が切り替わり、会場の一角に殺到する人々の姿が映し出された。向かう先には幾つもの絵画が展示されており、聴衆が競い合うように絵画を購入している。一人で同じ絵画を複数購入する者さえいるほどだ。
咲良は食い入るように画面を見つめた。