まだまだ回る所はありますから。と言って美香は別の校舎に私達を案内した。その校舎は美術室や音楽室、化学室に調理室といった特別教室を集めた校舎で、今この時間は部活動を行う生徒達が利用している。
「美香さんは何か部活に入ってるんですか?」
ディサエルが聞いた。
「うん。私は文芸部に入ってるよ。ディースくんは……元々どこの国に住んでたんだっけ? そこの国って部活あるの?」
「ボクはメキシコ出身です。ボクが通ってた学校には部活はありませんでした。日本のアニメを見て部活に憧れていたので、美香さんが羨ましいです」
何かテキトーな事言い出したぞこの神。
「へぇ、ディースくん日本のアニメ見るの? 何が好き?」
「魔法少女ウヅキが好きです」
「……⁉」
今、何て……?
「そのアニメって確か私が生まれる前だったか、生まれて間もないくらいに放送してたアニメだよ。よく知ってるね」
「そうなんですか。海外では割と有名ですよ」
美香とディサエルはアニメ談義に花を咲かせ始めた。ディサエルはこの世界に来るのは初めてと言っていたくせに何を物知り顔で語っているんだ、というツッコミをしたいが美香のいる前でそれはできない。
それよりも、だ。
魔法少女ウヅキは私が幼少期の頃に放送していた女児向けアニメだ。主人公のウヅキが他の十人の少女たちと共にシワス先生から魔法を教わりながら、時に仲間と共に街を守り、時に喧嘩をし、時に大きな壁にぶつかり、そして仲間と共にそれを乗り越えていく……そんなアニメだ。最近放送開始から二十周年を迎え、記念グッズが発売されたり、イベントが開催されたりもした。ディサエルの言う通り海外でも人気のあるアニメだが、何故その名前を出したのだ? 他にもアニメはごまんとあるのに。
「それで、翠さんの部屋にサツキのフィギュアが置いてあって感動しました」
自分のせいだった……‼
「へぇ~、凄~い! 翠さんウヅキ見てたんですね。もしかしてリアタイ世代ですか?」
「ああ……うん。リアタイ世代だよ」
私の部屋に置いてある、ディサエルが昨日何で盗難防止魔法が掛かっているのかと聞いてきたフィギュア。それこそ魔法少女ウヅキに登場するキャラクターの一人、魔法少女サツキのフィギュアだったのだ。二十周年記念に作られたフィギュアで、それなりの値段がしたのだが、サツキは私の大好きなキャラクターであり心の支えでもあったのだ。そんな彼女の最終回での変身シーンを立体化させたあのフィギュアはどうしても欲しくて……って、この話を長々と説明する必要は無いな。話が逸れすぎた。あの後どうやって魔法少女ウヅキの知識を得たのかは二人きりになった時にでも問いただすとしよう。
「それより美香ちゃん、今の時間って部活中だよね。部活行かなくって大丈夫だった?」
「全然大丈夫ですよ。うちの部活の活動日は月、水、金の週に三日なので。今日は元々休みなんです」
「あ、そうなんだ」
「それに部活中もだいたい皆で駄弁ってるだけなので、行っても行かなくてもそんなに問題ないんです」
「ガッツリ活動してる部活だけじゃないんですね」
「うん。あ~あ、ディースくんが昨日か明日来ていれば、文芸部も紹介できたのにね。うちの部員アニメ好き多いから、きっと歓迎するよ」
タイミグが悪かったですね。と言ってディサエルは笑った。
部活とアニメの話に区切りがつき特別教室を巡った後、漸く今日ここへ来た本当の目的、謎の臨時講師に会う時が来た。
臨時講師は自習室とやらで待っているらしく、その部屋は私たちが今いる校舎ではなく、最初に来た職員室や普通の教室のある校舎の五階にずらりと並んでいるそうだ。
案内します。と言った美香を先頭に、ディサエルがすぐ後に続き、最後に私、という並びで廊下を歩き始めた、その時だった。ディサエルが鞄に手を突っ込み、何かを取り出してそれを音も無く手放した。
「今何したの」
誰にも見られていない事を確認し、さっと聞き耳防止魔法を掛けて前を歩くディサエルに聞いた。こうしておけば、美香や他の生徒に私たちの会話が聞こえる心配は無い。
「やっと気づいたのか」
意外そうな顔をしてディサエルが言った。”やっと”だと?
「学校に着いた時から仕掛けてたのに、全然気づいてなかったのか」
「何? 何の事?」
これだ。と言ってディサエルは鞄からその何かを出して私に見せた。それは握れば隠れてしまうくらい、小さくて真っ黒な、カラスのような何かだ。
「……何これ」
見せられても何も分からず、私は素直に聞いた。
「校内に何か魔法が掛けられていないか調べるために作ったんだ。魔法が掛けられていれば、解析して、どんな魔法なのか教えてくれる」
「神ならそのくらい簡単に分かるんじゃないの?」
「魔力が十分にあればな」
「ああ……」
失礼な事を言ってしまったような罪悪感を少し覚えた。何だか申し訳ない。
「えーっと、それで、どうやって使うの?」
「放ってやれば勝手に動く。んで、暫くしたら勝手に戻ってくる」
そう言ってディサエルは手に持ったカラスを放る。するとカラスはその小さな翼を羽ばたかせ、窓の隙間を縫って何処かの教室内へと入っていった。と思うと別の一羽が飛んできてディサエルの耳元に留まり、何か囁いて鞄の中へ入っていった。
「下の階には何の魔法の仕掛けも無いってさ」
なるほど。これならいちいち一部屋ずつ見回る手間が省ける。
「便利だね」
「だろ?」
このカラスは勿論魔法で動いているから魔力が込められているが、込められているのはディサエルの魔力だし、その魔力量はとても少ない。だからよく注意していないと飛んでいるカラスの魔力は見えないし、そもそもディサエルが近くにいるのもあって、カラスが飛んでいる事にこの私でも今の今まで気がつかなかったのか。
(まだまだ修行が足りないな)
魔力が見える、と言ってもそれに気がつかなければ見えないも同然だ。これから件の臨時講師に会うにあたり、もっと注意しなければならないだろう。