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第24話 臨時講師①

「ここが自習室ゾーンです。何人かで使える部屋もあれば、完全に個室になっている部屋もあるんですよ。例の先生が待っているのは何人かで使える方のここ……第三自習室です」


 校内をあっちへこっちへ歩き回り、遂に臨時講師の待つ教室の前まで来た。禍々しい魔力でも漂っていたらどうしようかと思っていたが、廊下にいる限りでは特に何も問題ない。どこからか吹奏楽部の合奏する音が聞こえてくる。放課後の学校そのものの空気しか感じられない。だが油断は禁物だ。


「あの、私も一緒にいた方がいいですか? できれば、その……同席したくは……」


 美香が言いにくそうに言葉を尻すぼみにさせた。一昨日も不安そうにしていたし、無理もない。


「大丈夫ですよ」


 ディサエルは美香を安心させるように、彼女の手を握った。


「ここまで案内してくださり、ありがとうございます。美香さんはもう帰っても大丈夫です」


 ディサエルが美香の目を見据えながらそう言うと、美香はぼうっとした顔で頷いた。まるで催眠術にでも掛けられたように。


(今から会う人物よりも、目の前にいる人物の方が怖いんですけど……)


「相手からしてみれば、オレは魔王だからな。好きなだけ畏怖の念を抱いていいぞ」


 美香はぼうっとした表情のまま何も聞こえないかのように、階段の方へと歩いていった。実際、何も聞こえていないのだろう。だからディサエルが”ディースくん”の演技をしていない。映画の悪役のような笑みを浮かべている。


「何で美香ちゃんにこんな事したの」


 ディサエルが神であれ魔王であれ、心を操る類いの魔法を掛けるのは許しがたい。心を操る魔法は禁忌だと、大体の作品でそう相場が決まっている。魔法少女ウヅキでもそうだった。魔法界でだって服従の呪文は許されざる呪文の一つだ。現実でだって、桃先生や聡先生からも駄目だと言われている。勿論駄目だと言われなくてもやる気はない。


「一緒に来たくはなさそうだったし、どうせこれからの話し合いにこいつは不要だろ?」


 何の悪気も無さそうにディサエルは言い放った。当たり前の事をしただけだとでも言いそうな顔がムカつく。


「だからって操る必要性はないでしょ。ただここで待っているように言うだけじゃ駄目なの?」


「こうしておけば話を聞かれずにすむからいいだろ。お前は何をそんなに怒ってるんだ? ほら、さっさと中に入るぞ。オレが相手よりも強いと信じる事を忘れるなよ」


 そう言ってディサエルは自習室の扉を開けた。もっと何か言い返してやりたかったが、どうにもディサエルに勝てる気はしない。人間の倫理観を理解していないような奴に言った所で無駄骨を折るだけだ。ああ、こんな言い訳しかできない自分にも腹が立つ。仕方ないが釈然としないまま一緒に中に入った。


 第三自習室の中には仕切りのついた長机が四セット。最大で十六人がこの中で勉強できる造りになっている。壁面に取り付けられた本棚には、参考書や問題集といった類いの本がずらりと並んでいる。部屋の奥で男性が一人椅子に座り、こちらに背を向けている。この人物が件の臨時講師か。彼の周囲には少なからず魔力が漂っている。色は水色。昨日の人物とは別人だ。


 物音に気づいた男性は椅子から立ち上がり、くるりと体を回しこちらを向いて「こんにちは」と挨拶してきた。太陽の光を浴びて光る白い肌。すらりと背が高く、明るい茶髪に青色の瞳。その辺のサラリーマンよりも華麗にスーツを着こなし優しそうな笑みを浮かべるその姿は、確かに多くの女子高生がきゃあきゃあ騒ぐであろう事は想像できる。美香はそれが理解できなかったようだが、私もその気持ちは理解できなくもない。私は好きなキャラクターを演じた俳優、もしくは声優が目の前にいる。なんてシチュエーションでもない限りはきゃあきゃあ騒ぐタイプではないのだ。


 ディサエルは入口で立ち止まったまま、動こうとも喋ろうともしない。こちらも挨拶くらいはせねばと思い、私は口を開いた。


「こんにちは。羽山美香の従姉妹の紫野原です。あなたがコダタ先生ですか?」


 美香から聞いた臨時講師の名前はコダタ・モノノだ。どこの国の名前なのかさっぱり分からないが、カルバスの手下か何かであれば、カタ王国の名前……なのだろう。


「ええ、僕がコダタです。紫野原さん……と、お隣の方がディースさんですね。お話は羽山さんから聞いています。カタ神話の事を詳しく知りた」


「オレの妹は何処だ」


「「は?」」


 私とコダタの声が被った。話の途中でディサエルが急に割り込んだのだから、無理もない。というか当初の作戦はどうした。何故いきなり妹の話をする。人の話を聞く事ができないのかこいつ。


「妹……とは、一体何の事でしょうか」


 コダタは困惑した表情で問う。


「お前たちは何と呼んでいたか……ああ、そうだ。この世で一番美しい女性。太陽の神。……カルバスの妻」


 ディサエルは淡々と、だが最後の部分だけは吐き捨てるように言った。


「おや。スティル様の事をご存じなのですね。ですが何故妹など、と……」


 そこで言葉を切ったコダタはディサエルの姿をまじまじと見つめ、初めは愕然とした表情を浮かべ、それから怒りでか恐怖でかは分からないが唇をわなわなと震わせた。


「お……おま、お前……ま、魔王……‼」


「正解だ」

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