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第26話 臨時講師③

「大丈夫ですか?」


 私は尚も苦しそうに喘いでいるコダタに近寄り、しゃがみ込みながら聞いた。


「ええ……ありがとう、ございます。あなたも、魔法使い……なんですね」


「はい。その……もう少し早く助けてあげられればよかったんですが」


「そんな、とんでもない。助けていただいただけで、とてもありがたい事です。それに相手があの魔王では、怯んでも致し方の無い事……」


 コダタはそこで一息ついて、また喋り出した。


「あなたは、あの魔王と共にいましたが……奴が魔王だという事はご存じだったんですか? 何故魔王の側に? あなたも操られていたんですか?」


 一度に質問を幾つもされても困るのだが、私は簡単にこれまでの事を説明した。私が魔法使いで、探偵業を営んでいる事。そこにディサエルが依頼人としてやってきて、妹を探してほしいと頼んできた事。美香が学校に謎の臨時教師が来たから、その正体を突き止めてほしいと依頼してきた事、等々。美香とは従姉妹でも何でもない事も話した。


「確かに僕達は魔王をおびき寄せる為にも、この地域の学校に潜入しましたが……まさか生徒を怖がらせていたとは思いもしませんでした。僕としては、ただ純粋にカタ神話の事を知ってもらい、カルバス様を信仰する人が一人でも増えてくれれば、と思って皆さんにお話ししていましたから」


 しょんぼりした顔でコダタは言った。この人的には悪意も何も無く、純粋な気持ちで布教活動をしていたのか。だが何故他の教師陣に己の存在を隠したのだろう。ついでだから聞いてみた。


「それは、僕がやったのではありません。他の者が、不自然さがあった方が、魔王の耳にも届きやすくなり、すぐ我々の前に現れるだろう。それに、子供の方が純粋無垢だから……と。だから教師の方々には、僕の存在を隠すように魔法が掛けられました。その結果、思惑通りに魔王が現れた訳ですが……まさか僕の所に来るだなんて、思ってもいませんでした。僕はまだ戦闘経験が浅いのに……」


 悲壮な顔をして言うコダタ。何だかこの人の事が可哀想に思えてきた。


「あなたは、奴が魔王だと知っていた……と言うより、魔王自身の口からそう聞かされたそうですが、よくあんな恐ろしい魔王と一緒にいられましたね。それに、その魔王から僕を救ってくれた。英雄と称えられて然るべきですよ」


 苦しそうにしながらも、なんとか笑顔を作ってコダタは喋ろうとする。私は寧ろその頑張りを称えたい。


「いえ、そんな。魔王だとは聞かされていましたが、家にいた時は魔力が足りないからと、魔法を全然使ってなくって、自分の手で掃除したり、ご飯作ったりしていましたし、あんな酷い事をする人だとも、凄い魔力を持っているとも知らなかったので……さっきは本当に驚きました」


「そうなんですか……。魔王は人を騙し、操るのが非常に得意な奴です。きっとあなたに対しても、本来の力をひた隠し、良い神であると印象付けさせ、騙していたのでしょう……ゴホッゴホッ」


 コダタが苦しそうにせき込み始めた。


「大丈夫ですか⁉ 何か、回復魔法を……」


 咄嗟に思いついた呪文を幾つか唱えてみたが、それでもコダタの苦しみは癒えなかった。その時不意に気がついた。ディサエルに掴まれた首の周りに、影と見紛う程薄く、黒い靄が首輪のように巻き付いている事に。これは間違いなくディサエルの魔力だ。これが取りついている限り、苦しみから解放される事は無いだろう。何て酷い事を……。


「ディサエルの……魔王の魔法が掛かっています。私には、どうしようも……」


 悔しいが、本来の力を取り戻したディサエルに私の力では太刀打ちできない。それは決して私が弱いという訳ではなく、ディサエルが強すぎるのだ。これが人間と魔王の差……。


「魔王の、ですか……。それでは、一旦イェントックに戻った方がいいでしょう」


「イェン……何ですか?」


 すっかり忘れていたが、この人も別の世界から来ているのだった。つまり、ディサエルと同様に、会話の中で聞いた事の無い単語が出てくる場合がある、という事だ。


「ああ、カルバス様直属の騎士団が、遠征先で一時的な拠点としている場所を、イェントックと呼ぶんですよ」


 また一つ、使いどころの分からない知識が増えた。


「イェントックに戻れば、呪いを解くのが得意な者がいます。魔王の呪いも解けるかは分かりませんが、やってみる価値はあるでしょう」


 そう言ってコダタは立ち上がろうとしたが、またすぐに膝をついてしまったので私は慌てて肩を貸した。自分よりも背が高く体重もある人を支えるのは骨が折れる事だが、物理的に折れてしまう前に魔法で体を支えた。


「こんな状態で一人で行くのは無茶ですよ! そのイェン……トックまで、一緒に行きます」


「紫野原さん……あなたはとても優しい方ですね。神よ、彼女にも加護を与えたまえ」


 と言ってコダタは拳を胸に当て、その手を開きながら掌を天に向け、腕を降ろしながらまた拳を作ってそれを胸に当てた。祈りのポーズか何かだろう。知らない神の加護を与えられても……とは思ったが、彼はただ純粋な気持ちでやっているのだろうし、何も言わずにいるのは失礼だ。私は丁寧に礼を述べた。


「それでは、イェントックまで案内していただけますか?」


「ああ、行き方は簡単ですよ。これを起動させるだけです」


 コダタは懐から小さなメダルを取り出した。男の人の横顔が描かれた、海外の通貨にありそうな丸い金色のメダルだ。


「これはカルバス様直属の騎士団、ディカニスに選ばれた者だけが所持できるメダルです。これがあれば、いつでもどこからでもイェントックに戻る事ができます」


 コダタは誇らしそうにそう言った。きっとこのメダルを所持しているというのは、とても名誉な事なのだろう。


「それは便利ですね。では、早く行きましょう」


 コダタが掌にそのメダルを乗せて何事か言うと(何て言っているのか全然聞き取れなかった。たぶんカタ語だ)メダルは眩い光を放ち、私達を包み込んだ。その眩しさに思わず目を閉じ、収まった頃に再び目を開くと――目の前の光景は、自習室のそれとは全く異なっていた。


 周りは木々に囲まれ、遠くからは鳥の鳴き声が聞こえてくる。その中にポツンと、それでいて堂々と佇む荘厳な教会。この街にこんな教会があるとは知らなかったが、辺り一帯が魔法の障壁で囲まれている事から察するに、一般人の知る由もない場所なのだ。いや、だからと言って魔法使いならだれでも知っていると言う訳でもないのだが……兎にも角にも、私の知らない場所だ。そしてここが……。


「ここが、イェントックです」

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