ロクドトは前髪の奥から疑いの眼差しを向けてきた。まさかこんな事を聞かれるとは思っておらず、私は言葉を詰まらせた。
「キミは魔王に攻撃されたコダタを助け、そしてここ、イェントックに来た。それは魔王に見限られたか見限ったかして、こちら側についたとも考えられる。だがこれは計画された事ではないと何故言える? コダタの前でキミと魔王が袂を別ったように見せ、その実魔王がキミをここに送り込ませるという作戦の可能性だってある。ディカニスには基本馬鹿しかいないから、キミを魔王に操られた可哀想な子としか見られないと魔王は考えたのだろう」
「でも……私、ディサエルからは、そんな事、何も……」
「ふむ……」
言い淀む私を見て、ロクドトは少し考えてからまた口を開いた。
「ならばワタシは敵を欺くと同時に味方も騙したと考えるね。きっとその方がキミも自然な演技ができると考えたのだろう。いかにも魔王といったやり口だな。つまり魔王はキミには何も言わずに計画を立てた。キミが取るであろう行動を予期した上で」
面白そうだからこいつはこのままにしておこう。と言ってロクドトはコダタに掛けられた魔法を解くのを辞めた。探知魔法だから放っておいても害は無いのだが、魔王の行動を面白がり患者を蔑ろにするような奴に医者を任せているこの組織の事が些か不安になってきた。
「スティルに会うかね?」
スティルは一応この人が属している組織のトップ(しかも神)の妻(こっちも神)という事になっていたはずだし、コダタも様付けで呼んでいたのだが、彼にとってはそんな事お構いなしのようだ。友人を紹介するような気軽さで言ってきた。
「そんな簡単に会えるんですか? と言うか、私と会わせても大丈夫なんですか?」
「スティルはこの教会の地下室に幽閉されている。見張りがいるからキミ一人では無理だが、ワタシと一緒なら大丈夫だ。スティルだって毎日男の顔ばかり見ていて飽きているだろうから、キミが行けば喜ぶだろうよ」
地下室に幽閉とは剣呑だ。もとより神であるのだからもっと良い待遇を受けて然るべきだろうに、何故そのような扱いを受けているのだろうか。
「スティルが一人で過ごせるような場所は地下室しかなかったのだ。野蛮人共と雑魚寝は色々とマズい。それに……キミにとっては気持ちのいい話ではないが、野蛮人共も、カルバスも、女性を下に見ている節がある。一応貴賓扱いであはあるが、本質的な扱いはよくない」
「ああ……」
女性を下に見ている、というのはこの部屋へと歩いていく途中で耳にした騎士たちの声からしてもそうであろう。そういうお前はどうなんだとロクドトに聞きたくもあるが、この人はたぶん相手が誰であろうが同じ態度だ。カルバスに対しても「キミは馬鹿か?」と平気で言う気がする。
「そんな訳だからキミをスティルと会わせてやる……と言うよりも、スティルと会ってくれないか。ワタシもよく会いに行くのだが、まともな話し相手が欲しいと不満を漏らしているのだよ。彼女曰く、ワタシはまともじゃないそうだからな」
人を思いやる気持ちも持っていたのかと感心したが、最後の一言を不満げに言ったせいで台無しだ。だが会わせてくれるのであれば、その言葉に甘えさせていただくとしよう。ディサエルの妹がどんな人なのか、ずっと興味があったのだ。
「善は急げだ。早速キミをスティルの所に案内しよう。カルバスが帰ってきてからでは面倒だ」
「どこかへ出掛けてるんですか?」
「ああ。大方魔王を仕留める為の罠でも張っているのだろう。今度こそは確実に息の根を止めてやる、と息巻いているからな」
仕留めるだなんて、そんな獣みたいに言わなくてもいい気がするが……彼らにとってはそれほどの脅威なのだろう。魔王ディサエルは。だがたった数日であれ共に過ごした身としては、ディサエルの事を悪く言われるのは何だかモヤモヤする。