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第38話 騒動①

 その時、廊下が俄かに騒がしくなっている事に気がついた。複数人の足音が聴こえる。次いで扉をガンガン叩く音。


「スティル様! スティル様! ご無事ですか? 何があったのですか?」


 扉の外側から焦るような声が聞こえてきた。先程の壁が崩れ落ちる音を聞いて騎士達がやってきたのだろう。


「あ~あ。あの子達が来ちゃった。どうする?」


 扉を叩きがなる騎士達を無視して、スティルはニコニコと楽しそうな笑みを浮かべながらながら私とロクドトを見やる。


(まさか、ここまで計算して……?)


 ドン、ガン、と叩く……と言うよりも、硬いものをぶつけるような音が扉の向こう側から聴こえてくる。


「キミは……っ、どうして……! ワタシだけでは足りないと言うのか……!」


 怨嗟を込めた怒りの声を、ロクドトはスティルにぶつけた。


「うん。だって、あなたは他人を信じないでしょ。あなたはわたしと契約をしたから信仰心を捧げてくれてはいるけど、そこに純粋な信じる心は無い。ただ事務的に力を与えているだけ。それだとね、足りないの。外にいる子たちは今扉を開けようと頑張ってるけど、破られたら……どうするの? 今のわたしにはあの子達全員を倒すだけの力は無い。あなたの道具を使う選択肢もあるけど、それってあなた以外にはすぐ効いちゃうんでしょ? わたしとこの子に薬が効かないように、助けながら突破できる? ねぇ、どうなの?」


 表情を崩さず、ニコニコと、楽しそうに。スティルはロクドトから目を離してもいなければ、直接的に話題にも出してはいないが……私が彼女に信仰心を捧げるように仕向けている。


 スティルはゆっくりと、視線をロクドトから私に移した。


「そう、翠。わたしはあなたの信仰心が欲しい。素直なあなたの信仰心が。あなたが力を与えてくれれば、扉を破ってこちらにやってくるあの子達を蹴散らす事ができる。あなたが信じてくれさえすれば、あの子達を傷つけることなくそれができる。でも、あなたが信じてくれなかったら、みんな死なない程度に壊されちゃうかもね!」


 何で……何でそんな事を笑顔で言えるんだ。


「ねぇ、ほら、どうするの? 早くしないとみんなこっちに来ちゃうよ? あなた達は忘れてるかもしれないけど、扉の前にはロクドトの薬で眠らされた見張りが二人倒れてるんだよね。あの子達は、あなた達二人がこの部屋に来た事を知ってるよね? だったら、ロクドトが見張りを眠らせた事くらいすぐに分かっちゃうよね。それにさっきの大きな音。ああ! 我らが神、カルバス様の奥方の身に何かあったに違いない! そう思ってここまで来たあの子達が、あなた達を捕まえないわけがないよね。嫌われ者ロクドトと、何処の誰かも分からない部外者の女の子を。わたしは保護されるだろうから大丈夫だけど、あなた達は何をされちゃうんだろうね!」


 スティルが言い終わるや否や、一際大きい音がした。扉が遂に破られたのだ。


「突破したぞ!」


「スティル様はいるか!」


「いたぞ! あそこだ!」


「あの二人を捕まえろ!」


 どかどかと足音を立てて騎士達が何人も入ってくる。部屋は大して広くない。私とロクドトは抵抗する間もなく騎士達に取り押さえられた。


「貴様、やはりよからぬ事を企てていたのだな⁉」


「アリスか。やっとワタシを捕まえる事ができてさぞ嬉しかろう」


 興奮ぎみのアリスに、ロクドトは冷静に答えた。その冷静さに頼もしさを覚えなくもないが、せめてアリスの言った内容を否定してほしい。


「君もこいつとグルだったとはな。君も魔王に洗脳されていたものだと思ったが、本当は魔王の差し金だったのか?」


(ヤバい……!)


 私はゾクリと身を震わせた。これはヤバい。最悪……殺される。誰か……。


(誰か……助けて……!)


 できれば自分で魔法を使いどうにかしたいが、複数人を相手にできる程私は強くない。この状況で助けになってくれそうなのは一人……いや、一柱だけだ。その姿を探すが、頭を抑えられていて、視界の範囲内では見つかりそうにない。見つからないなら助けてと叫べばいいだけだろうが、ただそれだけで助けてくれるような神とは思えない。もっとダイレクトに、願いを、魔力を、届けなければ、きっと動かない。動いてくれない。さっきロクドトにああ言われたばかりであるが、それでも今助けを求めなければ、力を与えなければ、私の命も、ロクドトの命も危ない。


「彼女は関係ない。ワタシが単独行動派な事くらい、キミも知っているだろう」


「うるさい! ごちゃごちゃ抜かすな!」


 ロクドトとアリスの言い争いが邪魔だが、目を閉じて、感覚を研ぎ澄まし、姿ではなく魔力を追う。室内にいる誰も彼もが魔力を帯びているから、障害が多い。


(大丈夫。私にはできる。私はできるんだ)


 彼女の美しくも恐ろしい魔力に比べたら、他の魔力なんて雑音だらけの下手くそな演奏みたいなものだ。その中から一際輝くソリストを探せばいい。そのくらい簡単だろう!


(……いた!)


 彼女の魔力を捕らえた。数人の騎士に取り囲まれて、部屋を後にしようとしている。ぐずぐずしていたら間に合わない。私は大きく息を吸い、ありったけの願いを込めて彼女がいる方向へ叫んだ。


「スティル! 助けて!」


 神が微笑んだような気がした。

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