「貴様……呼び捨てとは失礼な!」
「うっ……」
私を抑える力が一層強くなった。骨が折れそうな程痛い。
「助けてだと⁉ スティル様を襲った分際で何を……っ!」
「……?」
突然身体が軽くなった。私を押さえつけていた重みが無くなったのだ。
「そうだよ、翠。お願い事する時はもっと詳しく言ってくれないと、どうやって助けたらいいのか分かんないでしょ」
振り返ると、スティルがニコニコとした笑顔を崩さぬまま、騎士を片手でひょいと持ち上げていた。襟元を掴まれているのか、騎士は両手で首元を掻きながら、床に着きそうで着かない足をバタバタさせている。
「ねぇ、翠。あなたはこの子を……」
「スティル様! どうかその騎士をお放しください!」
「また操られているのですか、スティル様! ロクドトめ、スティル様に何を飲ませたんだ!」
「ワタシは何も飲ませていないぞ。その紅茶はスティルが用意し」
「今わたしが喋ってるんだけど」
スティルはつまらなさそうに目を細め、手に持った騎士を軽々と振り回して周りの騎士達(とロクドト)にぶつけた。その行動に流石の騎士達も動揺し、誰も口を開こうとしなかった。
「これだからあなた達が嫌いなの。わたしの意思はまるで無視。何かあればすぐ魔王の洗脳。最も美しい女性であり、カルバスの妻である太陽の神スティルが、野蛮な事をするはずが無いって思ってるんだもんね。だってあなた達は本当の事を知らないし、知ろうともしない。ロクドトは賢いから自分で調べて知ってたけど、あなた達はカルバスが絶対だから、あの子が言う事を信じて疑わない。わたしに失礼の無いように、とか言うけど、一体誰が一番失礼なんだか」
スティルはしゃがみ、手を私の頬に伸ばした。目と目が合う。
「翠。あなたはわたしが何の神か知ってるよね? あの子達が魔王と呼ぶ神から教えてもらったんだもん。あなたはわたしを、わたし達を、正しく信仰してくれるよね。ほら、ここにいる皆に教えてあげて。わたし達が何の神様なのか」
スティルと直接触れ合い、目が合っているが、今度のこれは催眠術ではない。彼女も、私の事を信じようとしてくれている。だから私はそれに応えた。
「この人達が魔王と呼んでいるのは、創造と太陽を司る神ディサエル。そしてあなたは、破壊と月を司る神スティル」
「そう。正解。まぁ、この子達は認めようとはしないでしょうけどね。ところで、そのディサエルは今どこにいるの? ううん。今、この瞬間。どこにいてくれたら嬉しい?」
息を吸い、明確にその姿を思い描きながら私は答えた。
「ここ」
私の声に答えるように、黒い影がスティルの背後に立った。
「あー、何人か倒れてるけど、これ殺してないよな?」
「殺しちゃったら、この子が悲しむでしょ?」
「それもそうだな」
黒い影がこちらを振り向き、私はその人物に一言声を掛けた。
「遅いよ」
「それはすまねぇな。だがお前が無事で良かった」
いつものように真っ黒なスーツ姿のディサエルは、いつものようにニヤリと鼻につく笑顔を見せた。