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第六話 男ヤモメに花が咲いちゃう?(二)

「しかしよぉ、こんなことってあるもんなんだなぁ」


 昼休みになり、俺とエルミヤさんは会社の近所へ昼飯に来ていた。だいたい、彼女が食いたいと言うものを食いに行くのが通例(飯代はどうせ俺が払うのだ)なのだが、ええっとそうですね、今日はなんでもいいですよということなので、徒歩圏内にあるなじみの町中華「昇竜軒」でお互いラーメンを注文した。


 エルミヤさんはいつもの麺大盛りに肉野菜マシマシではなく、ただの普通盛りなのだがこれは普通ではない。注文時に、店員がびっくりして聞き直したくらいだ。やはり、体調でも悪いのか?


「なんか、若い女の子三人に立て続けに誘われちまってよ。これって、いわゆるデートってやつかな?」


「それはそれは」

 エルミヤさんは運ばれてきた普通盛りラーメンをすすりながら、気のない相槌を返してきた。その湯気で、彼女のトレードマークである丸メガネが白く曇っている。


ゆたかちゃんは有名ホテルの高級ディナーだろ? チマキが東京ドームで野球観戦。まあ、あいつは阪神好きトラキチだからな。さらにさらに、なんとあのオガタから新作映画の試写会のお誘いときたもんだぜ」


「それはそれは」


「まあ、このトシになるとよ、若いたちから慕われるってのは、正直そんなに悪い気はしねえわな」


「それはそれは」


 なぜか「それはそれは」しか言わなくなってしまったエルミヤさん。つーかなんだよコイツ、怒ってんのか?


「だがよ、残念だが全部断るしかねえよな。だって、無理だろ。俺たちの間にこの『隷属の鎖』がある限りはな」


「それは――――」

 と言ったまま、エルミヤさんの動きがピタッと止まった。俺は思わず、彼女の顔をのぞき込んでしまった。


「――――大丈夫かもしれませんよ? リュージさま」

 エルミヤさんは丼の縁に口をつけ、スープを一気に飲み干してからそう言った。




 事務所に戻るとエルミヤさんは、腹いっぱい食ってウトウトしていた俺の部下のマルに話しかけた。

「あのう、お休み中にすみません。ちょっと私とリュージさま二人で、よろしいでしょうか?」

「……ふわ? ああ、すいやせんアネさん。どうぞ、会議室シーをお使い下せえ!」

「ありがとうございます、マルさん」


 マルはそう言って眠そうな目をこすりながら、会議室のカギを彼女に渡してきた。どんどん物分かりが良くなっているのは結構なことだが、いつの間にエルミヤさんのことを「アネさん」などと呼ぶようになったのか。

 まあ、俺とエルミヤさんが同居していることはすでに社員(組員)たちの間では公然の秘密だし、ほぼ間違いなく若頭このオレの女と思われているのだろうが。



「リュージさま、どうぞこちらへ」

 俺とエルミヤさんは、会議室シーの扉を開けた。椅子に座ると、彼女はかぶっていた魔女のとんがり帽子を脱ぎ、その中に右手を差し入れた。


「じつはこの前、私の手持ちの魔法の道具アイテムからこんなものを見つけまして……ええっと、あ、これです! ――『魔法まほう便瓶びんびん』!」

 そう言いながらエルミヤさんは、一本のガラス瓶を取り出した。大きさは街角の自販機で売ってるペットボトルほどか。


「マホービンビン?」

 その名前の響きから一瞬、精力剤のたぐいを連想したが、あいにくその瓶の中身は空っぽだった。


「私のいた世界ではですね、魔導師が貴重な品物を遠方へ送るときに使うものなんです。こうしてですね……」


 エルミヤさんは立ち上がり、その瓶についていたコルクの蓋を抜くと、その瓶を逆さまにして自分の頭の真上に掲げた。そして、つぎの瞬間その手を瓶から離したかと思うと――


「おわああああっ!」


 俺は思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。それもそのはず、なんとエルミヤさん自身の体が、一瞬で瓶の中に入ってしまったのである!


「マジかよ…………」


 床に転がったそのガラス瓶を、俺は恐るおそる拾い上げた。瓶の中には、手のひらサイズにまで小さくなったエルミヤさんが、微笑みながら俺に向かって手を振っているではないか。おまけに衣服なども、体に合わせてちゃんとダウンサイジングしている。今までにさまざまな種類の彼女の魔法を見てきたが、その中でもこれはトップクラスで俺をビビらせた。


「で、元に戻すにはどうすればいいんだ?」

「瓶を逆さにして、軽く振ってくだされば」


 その通りにすると、エルミヤさんは瞬時に元の姿にまで戻って俺の前に現れた。


「この瓶があれば、たいていのものは小さく軽くして運ぶことができるんです。魔法使いの宅配便なので魔法便まほうびん、その専用の瓶だから『魔法まほう便瓶びんびん』というわけでして」


「なるほどな。で?」


「で? というのは」


「つまり、これで一体どうするんだ?」


「えっと、お分かりになりませんか? ようするにですね!」


 エルミヤさんは魔法便瓶を指差しながら、ググっと俺に顔を近づけてきた。どうやらこのは、興奮すると顔を相手に接近させたくなるクセがあるらしい。


「私とリュージさまが一定の距離以上離れてしまうと、『隷属の鎖』が出てきてしまうわけですよね。ですから、この瓶の中に入った私をリュージさまが懐に忍ばせておけば、離れないですむじゃないですか」


「あー、わかったわかった完全に理解した! しかしだぜ、ということはエルミヤさんは――」


「はい! もちろん、リュージさまのデートについて行きます!」




続く



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