「しかしよぉ、こんなことってあるもんなんだなぁ」
昼休みになり、俺とエルミヤさんは会社の近所へ昼飯に来ていた。だいたい、彼女が食いたいと言うものを食いに行くのが通例(飯代はどうせ俺が払うのだ)なのだが、ええっとそうですね、今日はなんでもいいですよということなので、徒歩圏内にあるなじみの町中華「昇竜軒」でお互いラーメンを注文した。
エルミヤさんはいつもの麺大盛りに肉野菜マシマシではなく、ただの普通盛りなのだがこれは普通ではない。注文時に、店員がびっくりして聞き直したくらいだ。やはり、体調でも悪いのか?
「なんか、若い女の子三人に立て続けに誘われちまってよ。これって、いわゆるデートってやつかな?」
「それはそれは」
エルミヤさんは運ばれてきた普通盛りラーメンをすすりながら、気のない相槌を返してきた。その湯気で、彼女のトレードマークである丸メガネが白く曇っている。
「
「それはそれは」
「まあ、この
「それはそれは」
なぜか「それはそれは」しか言わなくなってしまったエルミヤさん。つーかなんだよコイツ、怒ってんのか?
「だがよ、残念だが全部断るしかねえよな。だって、無理だろ。俺たちの間にこの『隷属の鎖』がある限りはな」
「それは――――」
と言ったまま、エルミヤさんの動きがピタッと止まった。俺は思わず、彼女の顔をのぞき込んでしまった。
「――――大丈夫かもしれませんよ? リュージさま」
エルミヤさんは丼の縁に口をつけ、スープを一気に飲み干してからそう言った。
事務所に戻るとエルミヤさんは、腹いっぱい食ってウトウトしていた俺の部下のマルに話しかけた。
「あのう、お休み中にすみません。ちょっと私とリュージさま二人で、よろしいでしょうか?」
「……ふわ? ああ、すいやせん
「ありがとうございます、マルさん」
マルはそう言って眠そうな目をこすりながら、会議室のカギを彼女に渡してきた。どんどん物分かりが良くなっているのは結構なことだが、いつの間にエルミヤさんのことを「
まあ、俺とエルミヤさんが同居していることはすでに社員(組員)たちの間では公然の秘密だし、ほぼ間違いなく
「リュージさま、どうぞこちらへ」
俺とエルミヤさんは、会議室
「じつはこの前、私の手持ちの魔法の
そう言いながらエルミヤさんは、一本のガラス瓶を取り出した。大きさは街角の自販機で売ってるペットボトルほどか。
「マホービンビン?」
その名前の響きから一瞬、精力剤の
「私のいた世界ではですね、魔導師が貴重な品物を遠方へ送るときに使うものなんです。こうしてですね……」
エルミヤさんは立ち上がり、その瓶についていたコルクの蓋を抜くと、その瓶を逆さまにして自分の頭の真上に掲げた。そして、つぎの瞬間その手を瓶から離したかと思うと――
「おわああああっ!」
俺は思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。それもそのはず、なんとエルミヤさん自身の体が、一瞬で瓶の中に入ってしまったのである!
「マジかよ…………」
床に転がったそのガラス瓶を、俺は恐るおそる拾い上げた。瓶の中には、手のひらサイズにまで小さくなったエルミヤさんが、微笑みながら俺に向かって手を振っているではないか。おまけに衣服なども、体に合わせてちゃんとダウンサイジングしている。今までにさまざまな種類の彼女の魔法を見てきたが、その中でもこれはトップクラスで俺をビビらせた。
「で、元に戻すにはどうすればいいんだ?」
「瓶を逆さにして、軽く振ってくだされば」
その通りにすると、エルミヤさんは瞬時に元の姿にまで戻って俺の前に現れた。
「この瓶があれば、たいていのものは小さく軽くして運ぶことができるんです。魔法使いの宅配便なので
「なるほどな。で?」
「で? というのは」
「つまり、これで一体どうするんだ?」
「えっと、お分かりになりませんか? ようするにですね!」
エルミヤさんは魔法便瓶を指差しながら、ググっと俺に顔を近づけてきた。どうやらこの
「私とリュージさまが一定の距離以上離れてしまうと、『隷属の鎖』が出てきてしまうわけですよね。ですから、この瓶の中に入った私をリュージさまが懐に忍ばせておけば、離れないですむじゃないですか」
「あー、わかったわかった完全に理解した! しかしだぜ、ということはエルミヤさんは――」
「はい! もちろん、リュージさまのデートについて行きます!」
続く