それからのエルミヤさんの動きといったら、まるで人が変わったようだった。
「なんだって? もうあの三人に返事しちまったってのか?」
会社帰りの車の中、助手席のエルミヤさんに向かって俺は驚きの声を上げた。
「はい! なんといっても、私はリュージさまの専属秘書ですから。スケジュール管理も私の仕事ですので」
エルミヤさんは丸メガネのツルに指をかけながら、愛用の手帳を閉じた。
たしかにエルミヤさんは、営業部長である俺の秘書である。だが、はたしてそこまでの権限がイチ秘書にあっていいのか。
というか、そもそも彼女は俺の「戦闘奴隷」だったはずだが、その設定はいつの間にか遠く忘れ去られてしまったのだろうか。俺は、ため息交じりに問いかけた。
「で、結局俺は、誰に付き合うことになったんだ?」
「あ、もちろんお誘いいただいたみなさま全員です」
「ぜ、全員だとぉ?」
ダブルブッキングどころか、まさかのトリプルブッキングだった。そんなデート、聞いたことねえんだが。
「幸いなことに、今回のデートはお三人とも日曜日の夕方から夜にかけての、ほぼ同じ時間ですので。なんとかうまく立ち回れると思います」
「だが、場所が全然離れてるじゃねえか。どうやって移動するんだよ?」
たしか、
「そこは、私の魔法におまかせください!」
「魔法?」
「はい。
「マジかよ? そんな便利な魔法があんのか」
「ええ。ただし移動先の座標指定をうっかり間違えると、壁の中に出現しちゃったりしますけど」
「おいおい! それは別の意味でヤバいだろ」
「ですから、まったく知らない場所へ瞬間移動することは非常に危険です。でも私、今回のデート先については事前に正確な座標をしっかり把握していますので、どうぞご心配なく」
トレードマークの
そして、日曜がやってきた。服装は、エルミヤさんの見立てによりハイブランドのダークスーツに小粋なネクタイを締めてみた。いつもは開襟シャツに麻のジャケットが定番の俺だが、こうしてみるとそこそこ有能そうなビジネスマンに見えなくもない。
「いまさらで申し訳ないんだが、エルミヤさんよ」
「はい、リュージさま。なんでしょう?」
「そもそもの話なんだけどよ。なんで俺は、あの三人とデートすることになったんだ? べつに、ぜんぶ断ってもよくねえか?」
「リュージさま、お忘れですか?
「大願成就?」
そういえば、そういうのあったな。たしか「伝説の勇者」たるこの俺の大願(内容不明)が成就するまで、俺とエルミヤさんの奴隷契約が切れないってヤツだ。
「だが、その大願ってのは俺自身の願いのことだろ? なんであの
「それはですね。リュージさまに特別に好意を持たれている方がたのお気持ちって、やっぱり大事にされた方がいいと思うんです、私。それが巡り巡って、リュージさまのためになるかもしれませんし」
「そんなもんかねえ」
(それに、リュージさまに恋する方がたって、個人的に気になりますし)
「なんか言ったか?」
「いえ、べつに。それでは、そろそろ参りましょうか」
例の「
男の癖にこういうバッグを携帯する野郎など、個人的には大嫌いなのだが、まさかミニ魔女入りのガラス瓶を抜き身で持ち歩くわけにもいかないだろう。
「じゃ、デート中はこのバッグに入れて持っていればいいんだな?」
「それで大丈夫です。あ、瓶の蓋はしないでくださいね。息ができなくなっちゃいますから」
本日のトリプルデートのスケジュールは、おおまかに言うとこうだ。
なお、
「そうすると、まずは日本橋のグランド・インペリアルからだな」
「はい、そうですね。リュージさま、ご準備はよろしいですか?」
魔法便瓶の中から、エルミヤさんが呪文を詠唱する小さな声が聞こえる。そしてつぎの瞬間、彼女のその言葉とともに俺の体はまばゆい光に包まれた。
「
続く