「来たぜ……あれが――――」
「らんらんるー、じゃなくて
あれだけ飛び回っていたドラゴンたちの大群はもはやなく、俺たちの目の前には邪悪と混沌を徹底的に煮詰めたようなドス黒い
驚いたのは、その大きさだ。俺はこの前、水道橋の東京ドームにプロ野球観戦に行ったが、ちょうどあの
「えっらいデカさやなあ! こんなん、ホンマに勝負になるん?」
「ここまで来たら、やるしかないじゃない。行こう、竜司!」
「ちょっと待ってっス。
オガタの疑問に、カーナビを通した伍道の声が答えた。
「いや、残念ながら難しいとこだ。『
「なるほど。それで、これまでの野良戦では使わなかったっスね」
「ああ。だが、伝説級の
「じゃあどうするんだ? 伍道」
「まずは、ヤツの情報がほしい」
「情報だと?」
「姿形もわからないこのままじゃ、討伐の糸口すら見つからねえ。まずは
たしかに、相手は伝説級の
「こ、こん中に入るん?」
「いや、
伍道は、実の娘であるエルミヤさんに問いかけた。魔法のことではすっかり自信を無くしていた彼女だったが、少し目を伏せて考えを巡らせている。
「はい、
「よし。ハコスカの周りを取り囲むように、しっかりと防護結界を張ってくれ」
「わかりました」
「お願いね、エルミヤさん。私、この黒い空気が周りにあるだけで、ぜんぜん魔法の力が湧いてこないのよぉ……」
俺のそばでうずくまっていた妖精のレベリルが、か細く震える声で言った。妖精にはこの
「エルミヤ、しっかりな」
「がんばってください!」
「はいっ!」
カーナビを通じた、伍道や
「できました!」
どうやら、
「おう、じゃあ行くぜ」
「気をつけろよ、竜司。
伍道のアドバイスを受け、俺は慎重にアクセルペダルを踏み込んだ。
「な、なんスかこれ! ものすごい大嵐っス!」
「すごい暴風雨や! 滝の中みたいにめっちゃ雨降ってんで!」
「ひゃっ! また近くにカミナリ落ちた!」
「どこだ、
「――――いました! あそこですリュージさま!」
エルミヤさんが指さした先に、黒く巨大な影が姿を現した。
「こ、これが――
「デカすぎるっス! いままでのとは比べ物になんないっス!」
「竜ちゃん! 近づきすぎんように気いつけや!」
「ああ!」
この暴風雨の中心に、
鋼鉄のような漆黒の鱗でおおわれた体躯、凍てつく暴風を巻き起こしながら羽ばたく翼。長く太く逞しい四肢と尻尾。そして、見る者を畏怖させる象徴的な邪竜の首。何かを見通すような二つの眼が、爛々と輝いている。さらに無数の牙が覗くその口元からは、禍々しい黒煙めいた呼気がじわじわとあふれ出ているのだった。
(…………くっ)
ハンドルを握りながら、俺は自分の手が震えているのに気づいていた。武者震いかと思ったが、そうではない。ゴリゴリの武闘派極道として鳴らし、数々の修羅場を潜り抜けてきた百戦錬磨のこの軍馬竜司が、
「ど、どうだ、伍道?」
「竜司。もう少し、近づけるとこまで近づいてくれ」
その時だった。二、三回首を振ったかと思うと、
(やべ、来るっ!)
そう思った瞬間である。ステアリングを大きく切り、進行方向を直角に曲げたハコスカの真横を、
「危ねえっ! なんだ今のは?」
「竜司さん、これって、ドラゴンブレスです!」
「ドラゴンブレス?」
俺の言葉に答えたのは、このゲームをやりつくしたヘビープレイヤー、
「どうやら、
ドラゴンの口から吐かれる熱線。怪獣映画ではお決まりの攻撃だが、実際に体験するとこうまで恐ろしいものなのか。あらためて俺たちは、とんでもないモノを相手にしていると痛感した。
「リュージさま、
「あの威力のブレスは、おそらく何度も連射はきかねえだろう。とりあえず、ここはいったん引け竜司!」
「おう。…………っと?」
エルミヤさんと伍道の言葉に従って、
俺は周囲を慎重に確認し、ハコスカを停車させた。
「ったく、マズいな」
「どうしたの、竜司?」
「今の攻撃を避けたときに、段差で後輪をやっちまった。おそらくパンクだろう」
「やっぱりな。ほなウチ、ちょっと見てくるわ」
「あ、
「気をつけろよ、二人とも」
チマキとオガタが後部ドアを開け、車の外に出た。運転席のミラーから後方を見ると、
「大丈夫か、チマキ?」
「うん、オッケーやで」
「もう直っちゃったっス。さすがはベテラン整備士っス!」
ものの数秒で、チマキはパンクを直してしまった。これまでの旅でも、彼女の持つ
「お疲れさまでした、チマキさん、オガタさん。すぐに防護結界を張り直すので、車に戻ってくださいね」
「わかっ――――――――」
「了解っ――――――――」
だが俺たちは、二人の返事を最後まで聞くことができなかった。一瞬で通り過ぎた青白い熱線が、チマキとオガタがいた場所をかき消していた。
続く