いずれにせよ、このコロニーの様子も一度ざっと見渡しておきたかったところなので、プレィ・パァクを探しがてらに連れていってあげる、と鷹は相棒に約束した。
そしてその相棒が寝付いてから、彼はマルタから受け取った情報を開いてみる。他の情報は、オリイが起きている時にきちんと見た方が効率が良い。だが、これだけは相棒に見せる訳にはいかなかった。
シャンブロウ種についての、レポート。
もっとも、シャンブロウ種については謎が多いのは事実である。
理由は、幾つかある。シャンブロウ種自体が、現在「絶滅」していること。天使種は、ある特徴を持つ稀少種族をことごとく戦争の中で滅ぼしていった。鷹はその「ある特徴」に気付いていた。
天使種が、最も隠したがっている自分達の特徴とそれは同じなのだ。
大して長くもない期間に、一つの惑星を出発した人類が、急激な変化を起こした、その最大の理由。そして認めたがらない、理由。
変化する種族には、二つのタイプがある。一つは、元々ある人間の特性をその環境に合わせて高めたり低めたりする種。そしてもう一つは、あまりにかも過酷な環境のために、とりあえずその地に生息する別の次元の生命体と融合する種だった。
天使種は、その後者に属する。
そして、天使種は、自分達と同じタイプの変化種を狩ったのだ。
その様に変化する種の存在を、残しておくことは、彼等の指導者達、「偉大なる第一世代」には許しがたいことだったらしい。
鷹は第七世代で、初期世代のように強烈な能力を持っている訳ではなかった。むしろ、不老不死という特性以外は、そこらの変化しない種と大して変わらない、という冷静な認識があった。そして、自分達とそれらの種とどう違うのだ、という疑問も。
シャンブロウ種は、その特徴が顕著な、融合体型の変化を遂げた種族だった。
融合体型の変化の種は、移民船の初期のものがたどり着いた場所に多い。それはまだ、どの星域に原地球人類が住み易い環境があるのかも、全く掴めないような時代であり、それだけに、それを承知で飛び出す者には、並々ならぬ覚悟が必要だったとされる。
鷹にとっては、自分の直接の先祖がそうであるはずなのだが、その先祖がそのまま生きているという現実が彼にはあった。
何しろ第1世代から第7世代まで、全て、よほどの病気か、完全に肉体を破壊されることが無ければ、そのまま生き続けているのだ。そうなってくると、時間の感覚が他星系の人間とはずれているな、と気付くのはそう難しくはない。
だがシャンブロウ種はそうではない。融合体型の変化種だが、格別長く生きる、という情報は彼女のレポートには無かった。平均寿命は50年。むしろ原地球人類より短いくらいだった。
*
最初にシャンブロウ種が他の星系とコンタクトを取ったのは、既に母なる地球を人類が見捨てた後だった。戦争に必要な資源を求めて旅する船が、彼等の惑星を見付けた。
その惑星の人間達は、皆一様に髪がある程度長く、ひどく無口だった。そして、綺麗だった。
その美しさに、最初の船の乗組員は、外の世界に出たい、と言う住民を連れ出した。彼等の惑星は、決して居住に適した所ではなかったが、資源は豊富だった。
奇妙なことに、彼等の代表は、惑星自体は捨てても構わない、と明言したのだ。代価として全ての住民にもう少し住み易い場所の居住区を提供してくれるなら、この惑星の資源そのものを渡そう、と。
無論もちかけられた側は飛びついた。最初の船は、その雇い主である惑星の当時の宗主の元へ向かい、連れ出した住民との対話により、その条件を呑んだのだ。
その時点ではこの種族は「シャンブロウ」とは呼ばれていない。種族の名は無い、という彼等に、その宗主は「マロード」という名を仮に名付けた。消滅した言語で、「客人」を表す語だった。
そして宗主はその住民の一人の娘を自分の側に置いた。美しいその娘は、日々忙しない宗主にとって、静かで安らげる存在だったらしい。
その様にして、その星系の人間は、次々に送り込まれてくるその種族「マロード」美しい人間達と交わって行ったのだという。
平和な時期は、数十年続いた…彼等が、その正体を表すまで。
最初にそれが判明したのは、小さな街の片隅だった。既に客人から、住人となっていたマロード達は、その惑星のいたる所で見受けられていた。黒い長い髪、やや特徴のある瞳を除いては、その星系の元々の住人と見分けはつかない彼等は、何ごともなく平和に暮らしていた。
実際その宗主は、元々さほどの数が居る訳でないマロード達には、日々の生活に困らないような特別な援助を与えていた。彼等の惑星を削ったその一部分が、その資金に当てられたが、その全体の利益に比べれば、それは大した支出ではなかったのだ。
宗主の元に置かれた娘が、何かと指図をした、という説もあった。だが娘は無口だったので、その真相は彼女が死ぬまでとうとう判らなかった。
ただ、彼女は宗主が死ぬ時に、同時に息を引き取ったとされている。
彼等を受け入れた時の宗主が死に、戦争が長期化し、次第に生活が圧迫されるようになって始めて、元々の住民は、自分達と、彼等マロードの待遇の違いに気付いた。前宗主は、マロード達への援助を、自分の死後も続けるように、と次期宗主に遺言していたのだ。そして新宗主は、その遺言を守る。
たとえマロード達の居た惑星が資源が豊富とはいえ、それはあくまで戦争のために使われるエネルギーであったり、鉱産資源であるに過ぎない。惑星内の生活物資の不足には何の役にも立たなかった。
そして対立が生まれる。
引き金は、一人の住民が、マロードの少女に襲いかかったことだった。
それまでも全く無かった訳ではない。だが、その時とは、事情が違った。それまでは、すぐに助けの手があった。それが同族であろうが、異種族であろうが。
ところが、その時には違った。
襲われた少女を助けようとする者は誰もいなかったのだ。それどころか、面白そうだ、と他の者までが、よってたかって少女に襲いかかる。
恐怖と絶望にとりつかれた少女は、その時とうとう、自分達の正体をあかしてしまった。
当初住民達は、何が起きたのか判らなかったらしい。
だが、次の瞬間、彼等は、悲鳴を上げて逃げ出したという。
少女の髪が、それまでになく、異様な長さに伸びていた。
そしてその黒い、長い髪は、彼女を襲った男に、それ自体が一つの別の生き物であるかのように絡み付き…
そしてその絡み付かれた男は、…死んでいた。
それも、尋常な死に方ではなかった。少女が慌ててその髪を一気にまとめて一目散に逃げ出した後、それを確認した者はさすがにその場に腰を抜かしたという。
それまで、生きていた者が、一瞬の内に全ての水気、全ての生気を抜かれたような、髪は逆立ち、しかし腰もなく垂れ下がり、二つの目はかっと開かれ、皮という皮が骨という骨に、それをつなぐ柔らかな肉を無くし、ただ、へばりつくしかない… そんな、違う物体に変わっていたとすれば、誰でもその様な反応をするだろう。
人々は直感で、少女が…引いてはマロードと呼ばれる種族が、そんな特性を持つものであるということを理解した。この場合、決して裏付けとなる証拠や、理論など必要はない。人々の身体が、それを恐怖したのである。
だがまだそれでも多少の理性は残っていたらしく、彼等市民は、時の宗主に、マロードの調査を依頼した。宗主は先の宗主の遺言もあり、最初はそれを渋っていた。
だがしかし、それを殆ど独断で決行してしまった者が居た。当時の警察長官である。彼はマロード達がこの地にやってきてから、続発する原因不明の事件の原因をそこに見いだした。
かなり強引に、彼はマロード達に監視をつけ、そしてある日、他愛のない理由で数名を拘引した。
…そこでどんな取り調べが行われたかは記録に無いが、そこで彼等の正体は、公の元に明らかにされた訳である。
警察長官の報告を受けた宗主は直ちにマロード達の「保護」令を出した。
だが、その時には、既にその惑星上には、マロード達の姿は無かった…
宗主は、交易を行っている惑星、連合を組んでいる惑星にこの美しくも禍々しい存在に、「シャンブロウ種」という名を付けて、警告を発した。
シャンブロウ。遠い過去の小説の中に現れたその存在は、基本的に女性の形を取っていた。若草色の、瞳の無い目をしたその生物は、普段は片言しか話さなかったという。頭部から髪のように、血の色の触手を無数に伸ばし、その触手で人間の生気を吸い取るとされていた。
だが吸い取られる側も、その時に強烈な性的快感を覚えるということで、自分の生命が弱まると判っていても、シャンブロウの魅力から逃れられなかったという…
その名を宗主は彼等につけた。
*
鷹はそこまで読んで、ふう、と息をついた。
*
彼等が次に確認されたのは、戦争が終わりであることを、誰もが気付きだした頃だった。
天使種が、人間が居住する全星域を支配することを次第に示し始めた時、ある特定の種族に関する密告を奨励した時期があった。
既に実際の戦闘や爆撃で絶滅した種族も何十とあったが、念を押すように、シャンブロウ種も含まれる六種が追跡され、絶滅に追い込まれた。
戦争終結と帝国成立の宣言とともに、その六種の「絶滅」が全星域の広報に載る。
*
だけど、と鷹は思う。
何か、肝心な点が、彼等について記述される内容からは、抜け落ちているような印象があった。
椅子に背を預け、腕組みをしながら彼は天井を見る。
最初に、綺麗なマロードの娘を側に置いた宗主は、それには全く気付かなかったのだろうか。その生気を全く抜かれることはなかったのだろうか。
それに、彼等は何故生気を抜かなくてはならないのだろうか。普通の生活は送ることができる筈だ。マロードは他の住民に混じって過ごしていたのだから。そして、自分の相棒もまた、確かに偏食がひどいが、一緒に食事は摂れる。
だが。
ふっと、相棒と食事を摂る時のことを考える。よほどのことが無いと、オリイは動物性タンパク質を摂らない。
何かそれが関係あるのだろうか。
様々な疑問が頭をよぎる。だが、それは一朝一夕で答えの出るようなものではなさそうだった。
そして、彼は一度頭を振ると、画面をこのルナパァクの観光案内に切り替えた。とりあえず、遊園地なのだ。