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第10話 遊園地再生計画と貫天楼

 中央電視台の告げる天気予報は、午後から雨と言っていた。だが午前中は、青空が広がるでしょう、とも言っていた。

 朝食を日射しの中で済ませた後、彼等は公園のベンチに居た。滞在している部屋の近くにある、その公園は、手入れのされない緑があふれている。

 そして緑の木陰にある、ややさび付いたベンチに座ると、古典的な大きな紙の地図を広げながら、鷹はうーん、と顎に手を当てる。

 遊園地・遊園地・遊園地。

 地図の中の、何処をどう見ても、現在「遊園地」として規定されている所はない。

 前日検索した時にも無かったので、期待はしていなかったが、こうも全く存在しないと、やや悲しいものを感じる。かつては、このコロニー全体が、遊園地だったというのに。

 どうしたの、と言いたげにオリイは後ろからそれをのぞき込む。んー、と鷹は言葉に詰まる。

 するとオリイは、くるりとベンチの前に回り、すとんと彼の横に腰を下ろした。そして鷹の手にしていたサインペンをさっと奪い取る。

 何だ何だ、と鷹も思わず目をむくが、相棒の行動は素早かった。きゅ、と音がしそうなくらいの勢いで、地図内の幾つかの場所に星印を点けていく。そしてキャップをはめたそれで、その一つをぽんぽんと叩くと、彼の手を引っ張る。


「ここから行け、って言うの?」


 オリイはうなづいた。

 鷹は地図を木陰に入れると、前日検索したルナパァク最盛時の地図を、手首につけた小型の端末から映し出す。多少の画像のサイズ調整をし、およその縮尺を紙の地図に合わせる。


「なるほど」


 彼はつぶやく。オリイがつけた星印は、当時の遊園地だった。その中でも、その中心的存在である「貫天楼」、その中心から続くロープウェイの果てである「空扇閣」「地雲閣」「水迷宮」「虚天宮」の四つのプレィランド。相棒のつけた印は、その位置ほぼ正確に示していた。


「だけどねオリイ、今行っても、そこには残骸が残るだけだよ?」


 構わない、とオリイはサインペンのキャップで彼の手に書き付ける。


「お前、何か知ってるの?」


 鷹は訊ねる。だがオリイはそれには答えなかった。

 実際、相棒が何を考えているのか判ったことなど、鷹は一度も無かったような気がしていた。

 確かにものを言わない、ということもあるのだが、それ以上に、時折、何故こんなことを知っているのだ、と思わされることがあるのだ。自分が教えた記憶はない。行ったこともないはずだ。なのに相棒の中には、まるで他の場所にデータバンクがあるかのように、時々不可思議な知識が存在する。

 迷わずに、オリイは路面電車の停車場へ向かった。

 単両で走るそれは、いつの時間帯にも人が押し合いへし合いしている。二人はいつものように、ひらりと人のすき間を縫い、殆ど片足片手だけをつけたような状態で乗り込んだ。

 さほど速い訳ではないが、風を顔や髪に当てながら乗っていると、高速艇で宇宙を駆け回っている時よりも、眩暈のようなものを彼は感じる。奇妙なものだ、と彼は風が目に入ったふりをして苦笑した。

 そしてそのまま、降りるべき停車場でオリイはひら、と手を離した。停車場のゲートでコインを入れると、迷わずに道を進んで行く。鷹は足を速める相棒の、その背を追った。

 もっとも、全てが全て、判っている訳ではないらしい。時々、ふらりと空を見上げ、オリイは何かの位置を確かめるように首を回す。髪がそのたびに、ざわ、と揺れた。

 鷹もまた、それにつられるように空を見上げる。

 薄い大気の層の中に、それはそびえ立つ。貫天楼が、そこにはあった。

「改装工事中?」

 鷹はその周囲を囲む柵と、白い防護布を見てつぶやく。辺りには、最近運ばれてきたらしい、ほこりっぽい黄色い土が、水気もなくさらさらと広がっている。この上に芝生でも植えるのだろうか。

 防護布のすき間からは、足場があちこちに組まれているのが見える。これは、塗装と改修の工事だ、と鷹は思う。実際、その中から、時々、現場監督員や、作業メカニクルが出入りしている。

 確か、この貫天楼は、ずっと使用不可になっていたはずだ。それが「改装中」。


「使う気なんだろうか…」


 だとしたら、それは何故。だがその考えは、オリイが触れる手によってせきとめられた。

 何、と彼は相棒の方を向く。相棒は彼の手のひらの上に、『再生』という単語をつづる。


「再生」


 繰り返す彼に、相棒はうなづく。


「何の?」

『遊園地』


 ふん、と鷹は苦笑する。どうもこれは過去における記憶がどうの、という類ではないらしい。


「オリイ、それは情報?」

『不確定な情報』


 不確定だから、とりあえず現場に行かなくては判らなかったのか、と彼はうなづく。


「もう少し詳しく説明して、オリイ。それは、ディック君あたりから聞いたの?」


 相棒はうなづく。さすがにそれは単語の羅列程度では説明できないと思ったのだろうか、鷹のポケットから先程のサインペンを取り出すと、黄色い土の地面にしゃがみこみ、その上にさらさらと文字をつづる。


『昨日ディックに通信が入った。発信人はシェドリス・E。彼は今日ここに、ディックを招いている』

「ディックを?」


 オリイは手でさっ、と一度書いた文字を消し、次の言葉をつづる。鷹もまたしゃがみ込み、次の言葉を待つ。端から見れば、二人の姿は、地面を列を組んで進む蟻の観察をする子供のようである。だがこの人工の居住地に蟻はいないし、大人の年数を充分に生きている二人のまなざしは真剣だった。


「理由は?」

『シェドリスの仕事のことで、ディックに協力を頼みたいことがあると言っていた。その場所に、ここと、さっきの四点を示し、その中でここを特に指定した』

「なるほど、それでお前、迷わずにここに来たんだね」


 オリイはうなづく。


『シェドリスは仕事の内容を説明しない』

「だけどディックは、LB社に関して調べているから、どんな情報でも、聞く価値は思っているだろうな」


 先日、二人で会っている場面で交わされている会話。その中で、ディックは、いつか資料を見せてほしい、とは言っていた。とりあえず現在の彼に関しては、それで呼び出しは可能だろう、と鷹は思う。


「お前がここに居た頃、これらのプレィ・パァクは、全部死んでいた?」


 鷹は立ち上がりながら訊ねる。オリイはYESと大きく書く。そして少し考えると、ALL DEADとその後に書き足した。



 そう言えば、こんな地上車に乗るのは、久しぶりだ、とディックは思う。自分の母星に居た時以来だった。

 このコロニーに、この都市に来てからは、自前の足と、専ら路面電車やトロリーにばかり乗っている。

 そしてこの地では、それで充分だったのだ。

 「客の数」と「住民の数」の読みにずれはあるし、時には壊れて、修理もされていない施設のおかげで、所々に抜けがあるにせよ、公共の足は、最初からこの地には広がっていた。

 地上車はさほどに必要無かった。だから、それをあえて使用するのは、それ相応の、あちこちを短い時間で走り回る必要のある、それでいて、そこに費用をかける価値を見いだす者だけだった。

 つまり、現在彼を助手席に乗せている相手は、そういう立場にある、ということだった。


「一体、何を俺に見せてくれるっていうんだい?」


 ディックは訊ねる。取材、と称して、編集長には言ってある。その理由が有効になって欲しいものだ、と彼は思う。


「貫天楼だよ」

「貫天楼に?でもあそこは確か壊れて」

「市民に新しい情報を提供する立場の君にしては、耳が遅いな。昨日から、元のプレィ・パァクの全域に対する補修工事が始まったんだよ」


 え、とディックは声を立てた。


「初耳だ…」

「そう。結構これは我が社でも内密に進めてきたブロジェクトだからね。僕はその遂行のために、ここに派遣されたんだ。かつてここで育った経歴を買われてね」


 やがて地上車は、貫天楼の工事現場に着いた。音も無く止まるそれに、ディックはこの「旧友」がLB社でも結構な位置にある事を感じる。

 そして「旧友」は、ヘルメットをかぶり、図面を手に、あちこちを見回っている現場監督に声をかける。陽に焼けた顔をした監督は、シェドリスの姿を認めると、一度大きくお辞儀をした。


「Eさんいらしてたんですかい?言ってくれれば、ちゃんと案内人を向かわせましたのにな」

「ありがとう。でも急なことだったしね。彼に内部を見学させたいんだけど、駄目かな」

「ああいいよ。どなたさんです?」


 現場監督は、腕組みをして、ふっとディックの方に顔を向ける。彼は慌ててぴょこんとお辞儀をした。


「Dear Peopleの記者さんなんだよ」

「記者さんかい!いいんですか?」

「彼は決して馬鹿じゃあないから、見たからすぐに記事にはしないさ。そうだろ? ディック」


 シェドリスはそう言うと、極上の笑みを浮かべた。監督は、腰に手を当てると、しょうがないですね、と苦笑する。


「そのかわりちゃんと、二人ともちゃんと安全な格好をしてくれよ。ヘルメットに安全靴に軍手!今、うちの連中に用意させますわ」


 そう言って監督は、ぱたぱたと図面を折り畳み、ズボンの脇ポケットに入れると、近くに居た作業メカニクルに向かって、用具の用意をするように指示をした。


「Dear Peopleは時々買ってますよ。何の記事、担当してるんです?記者さん」


 監督はヘルメットと格闘するディックに向かって言う。なかなかこのヘルメットのあごひもという奴が、調節しにくいのだ。


「読んでくれてるんですか?」

「不器用だな、君は…ちょっと手離して」


 シェドリスはきゅ、とディックの手からそれを取ると上手く調節する。


「あ、ありがとう… あ、俺は一応、料理の記事以外なら何でも」

「何だ。あれは女房が好きなんだよな」

「でも監督、彼はこれから大作にいどむんですよ?」

「あーだめだめ。俺はそういうの苦手。さて準備はよいですかね?」


 話には聞いていた。だが聞くと見るとは大違いだ、とディックは思わずにはいられない。

 白い、厚手の防護布の中、入り口の大きなステンドグラス扉の中に一歩入った途端、彼は思わず息を呑んだ。思わず空を降りあおいだ。

 いや、空というのはやや違うのかもしれない。一応そこは屋内なのだ。

 だが、その天井は、何処にも無い。見上げたディックの頭上遠くには、ぼんやりと、灰色のものが見えるような気がしたが…気だけかもしれない、と彼は思う。

 円筒形のその建築物は、内側もまた、ただひたすらの空間なのである。

 壁面には、斜めに連続する模様が刻まれている。それが延々、植物からやがて鉱物に形を変え、またそれが更に抽象的な模様へと変わっていく様は、何やら特別な想像をその中に入る人々に起こさせようというのだろうか。

 そしてその斜めの模様は、どうやら「向こう側」からも始まっているようで、実際には、「こちら」と「向こう」の模様が、交差し、らせんを描いていると言ってもいい。

 淡い色のグラデーションのらせんは、延々と高みまで続く。そしてそれは向こうでは高みではない。地面なのだ。

 壁面にはまた、所々に窓が取り付けられ、そこからやがてはこのコロニーの中で「一番高い場所」までの景色を堪能するという仕組みになっているらしい。円の組み合わせをモチーフにしたその窓は、一つ一つは大きいが、決して連続してはいない。建築法則的にどうなのかディックはら判らなかったので、アトランダムに置かれているしか見えなかった。パターンも大きさも異なる窓が、ぽん、ぽん、と不意に現れるように、きっとここから上がる人々の目には映るだろう。

 そして壁はあっても天井は無い。

 そうなのだ。この建物には、天井というものが無い。明らかに屋内なのだが、そこには天井は無い。空を見上げた自分の見られるのは、「向こう側」の地面なのだから。

 思わず彼はくらり、と眩暈がした。


「大丈夫かい」


 シェドリスは彼の腕を掴む。大丈夫、と彼は体勢を立て直す。


「まあだいたい初めて来る人はそうだね」


 現場監督もしょうもないな、という顔で腰に手を当てた。


「今はまだ、乗り物を取り付けていないから、ここは本当にただの塔でしかないですがね」

「計画では、いつ始動させることが可能かな?」


 そうですねえ、と監督は胸ポケットの端末を取り出すと、その節くれ立った太い指でぽんぽんとキーを押した。端末がひどく彼の目には小さく見える。


「…ああ、そうですね。まあ例の式典の後に、こちらへ回ってもらって遊ぶのは無理でも、始動くらいは可能でしょうな」

「例の式典?」

「ほら、皇兄ユタ氏がプラムフィールドにいらっしゃるってあったろ?」

「ああ、あの」

「できれば、なるべく復活したこのプレィ・パァクを皇兄ユタ氏にご覧に入れたい、というのが総裁のお考えだからね」


 総裁、ということは。


「じゃあ君が派遣されたのは」

「そう。このプレィ・パァクをユタ氏行幸までに仕上げること」

「無茶なことだ、と俺も反対したんですがねえ。あの総裁氏は、結構無茶を可能にしてしまうんでさ。昔っから」

「ディックあのね、この監督は、その昔、このプレィ・パァクを建設する時のスタッフの一人だったんだ。と言うか、建築家なんだけど」


 へえ、とディックはうなづく。ただの現場監督ではなかったのか。

 そう思ったところで、待てよ、と彼はふっと記憶をひっくり返す。


「ちょっと待ってよ、監督、まさか、あの建築家の…えーと、ナガノ・ユヘイさん?」

「外れ。俺はミンホウ・サイドリバー」


 あ、という顔になりディックは口を押さえる。それを見てサイドリバー現場監督は、がははは、と大きな声で笑った。


「まあ仕方ないよな。どっちかと言や、奴の方が有名だ」

「す、すいません…」


 彼は思い切り恐縮する。いくら何でもこの間違いは無いだろう、と穴があったら入りたい気分だった。シェドリスもあからさまな笑顔を浮かべ、ばん、とディックの背をはたいた。


「苦労したんだよ! 彼を探して呼び寄せるのに。何せ今じゃあ、サイドリバー工業の代表取締役なんだから」

「よせやい。辺境の小さなグループだ」

「でも最近急に大きくなってますよね?ほら、設計施工だけでなく、何か化学研究所やら、鉄工所やら… これからは辺境ですよ」

「お前は口が上手すぎる」


 にやり、とサイドリバー監督は笑った。あれ、とディックはふと、サイドリバー監督の口調が変わったことに気付く。


「ま、別にそれはいいんだ。俺はもう引退したんで、まあ道楽兼ねて、こっちに来てるんだよ」

「大変なのは奥さんですよね。わざわざこっちへ引っ越して来たんでしょ」

「ああ、あれは慣れてる。昔っからそうだったからな。話が入った途端、もう荷造り初めてやがった」


 そういうものだろうか、とディックは思う。少なくとも自分とサァラではまだそんな域には達していないだろう。いや、これから果たしてそういう域に達するだろうか。


「本当は、他のスタッフも集めたかったんだけどね。さすがに今の今じゃ、見付けるのはちょっと難しかったんだ。情報が散乱しているし…」

「俺も、せめてナガノくらいは居て欲しかったよな。奴は俺と違って細かいことにいちいちうるさかったからな」

「今、…行方が知れないんですか?」

「同じ名の人は居たんだけどね」


 シェドリスはさらりと言う。ディックはその言葉に一瞬血が引く自分を感じる。


「で、中の改装と、機械装置に関しては、結構隠密裡にずっと進めてきたんだよ。それに、中の昇降機に関しては、それ専門のチューブ素材と乗り物は外注してあるし。貫天楼については、結構いける、と思うんだ」

「貫天楼については?」


 ディックは引っかかった言葉を繰り返す。


「貫天楼はいいんだ。そもそもが、それだけの設備でしかなかったから。だけど他の四大プレィ・パァクは、結構今、人々がそこに住んでる場合が多いんだ…」

「それは…」

「無論立ち退き料や、新しい居住地の保証もしているんだけどね。時々それが上手く行かないところがあって」

「ま、同情はできるね」

「監督」

「いくらいい所を住処としてあげる、と言われたところで、そこが住処として気に入ってしまっていれば、それは理屈に過ぎないからな。結構一度住み着いてしまうと、人間ってのは動くのが嫌になるもんだ」

「あなたがそう言うとは不思議ですね」

「俺は例外だ」


 確かにそうだ、とディックは思う。自分も、今あの部屋からいきなり立ち退け、と言われたら、確実にためらう。たとえもっといい場所に、と言われたとしてもだ。それはセンティメンタルな感情なのかもしれない。だが、自分も含めて、人間はその場所そのものに思いを残してしまうものではないだろうか。


「特にしぶといコミュニティがあるんだよ。後で君、一緒に行かないか?」 

「しぶといって…」

「何も直接記事がどうっていう訳ではなくても、何かになるかもしれないさ」


 そうだろうか? そうだろうな、と彼は少し考えてからうなづく。シェドリスはそれを見て、にっこりと笑った。

 ふと、その時ディックの耳に、きめの荒い砂を勢いよく落とした時のような音が飛び込んできた。程なくして、一人の作業メカニクルがばたばたと中に飛び込んできた。


「監督」


 おう、とサイドリバーは呼ぶ声に即座に返す。


「何だ?」

「雨です。雨が降ってきました」


 もうそんな時間か?と監督は太い眉を寄せた。


「早いな」

「そうですか?」

「昼から雨、と電視台は言っていたが… ずれたかな」

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