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第12話 鷹、シェドリスと接触する、語られる遊園地のはなし

「困るんだよ!」


といきなり彼は声を投げつけられた。

 「取材」半分でシェドリスにくっついて遊園地の現場の方に出向くことが増えてくる。すると、それと同時にトラブルも発生する。

 この日、彼等は「地雲閣」の跡地に居た。

 「地雲閣」は当時から、スピードのあるアトラクションとは無縁な遊園地だった。

 穏やかな、ゆったりとしたもの…乗り物にしても、小さな蒸気機関車を模したものや、動物を象ったもの、それにメリーゴーラウンド。そんなものを中心にし、小さな子供を連れた家族が楽しめるような場所だったという。

 そのせいか、この場所には休憩所が多かった。ベンチも多かった。所々にあるテーブルには曲線が多く使われており、色も淡いものが多かった。

 そして中心には、芝生の広場。真ん中に花畑が置かれたそこでは、お弁当を囲む家族が多かったらしい。

 光の当たる場所も多かったが、屋根のある場所も多かった。噴水や、また家族揃って食事のできるレストラン、ちょっとした休憩所、そんな場所も残されていた。

 無論現在、その目的で使われている訳ではない。だが、元々がそんな設備であるということは、他の場所よりは、生活をするに便利ということである。

 実際、ここが四つのプレィ・ランドのうち、最も住み込んでいる人々が多かった。

 ディックは話には聞いていたが、実際に目にするのは初めてだったので、正直言って、かなり驚いたのだ。


「だから何が困るというのですか」


 シェドリスは投げつけられた声に対しても、あくまで冷静だった。そこに居住している人々の代表が、五人ほど、彼らの前に座り込んでいた。

 そこは元、管理棟と言われていた所である。一日の売上金の集計が当時行われた関係か、その棟の造りばかりは非常に堅固であったため、入り込んだ彼等も住みつく訳にはいかなかったのだという。窓は防弾ガラスであり、扉の鍵も、重さもさることながら、何重もの鍵が色んな方法で掛けられていた。誰か一人、そういったものに詳しい者が居れば話は別だったろうが、流れてきて、疲れ果てた当時の彼等には、その気力は無かったらしい。

 そしてシェドリスは、その場所を開き、LB社の建設本部を置き、また話し合いの場とした。


「こちらは、既にあなた方に充分な居住区を約束した筈です。どう考えても、勝手に我が社の所有地に入り込んでいるあなた方が、これによって損害を被ることなどないではないですか。むしろ損害と言えばこちらがかぶっているのではないですか?」

「だが、困るんだ」

「だから、何が困るというのです?」


 言葉はストレートだった。だがシェドリスの物言いは、ひどく穏やかだったので、相手をする住民の代表も、どう言っていいものなのか、戸惑っている様だった。


「あなた方は、いつもその答えしか出さないのですか?」


 その言い方に、ディックは、シェドリスが前々から彼等を説得していることに気付いた。


「何か理由があるのなら、それをこちらにぶつけて下さい。配慮できることなら致しましょう。それが、我が社から、私に下された命令なのですから」

「…」


 代表の男は、ちら、と仲間達を見る。言っていいものかな、と探るような目線が、互いに交わされる。


「…実は、俺達は、構わない」


 それは実にあっさりとした回答だった。


「だが、どうしても離れる訳にはいかない女がいるんだ」 


 シェドリスとディックは顔を見合わせあった。シェドリスは多少表情を険しくする。


「それはどういうことです?」

「言葉の通りだ。どうしてもあの場所に固執している女が、俺達の中に居る。あれが同意しない限り、俺達はこの場所を離れる訳にはいかない。今まで俺達は、全員の意見を尊重してきた。これまでそうだったし、これからもそうだろう」


 ふむ、とシェドリスは眉を寄せる。おそらくこのコミュニティは、それを鉄則として今まで生活してきたのだろう、とディックは思う。生活が苦しい時に、複数の家族で助け合う場合、何らかの掟がそこには自然に発生する。このコミュニティの場合は、きっと強力なまでの全員一致制がとられて来たのだろう。


「では何故、その女性はそこを離れたくはないと言うのです?」


 住民達は、顔を見合わせる。そして一様に困ったように首を横に振った。代表もまた、口を歪める。


「それが、『待ってる』それしか俺達には判らないのだ」

「判らない。何故ですか」


 容赦が無いな、とディックは思う。シェドリスの口調は、ひどく穏やかで柔らかなままだ。だがその口調には、必ず答えを引き出してやる、というような強いものが隠れている。


「何だったら、私の方から彼女を説得致しましょう。あなた方にも、その方が都合が良いはずだ。如何でしょうね」

「だが…」


 代表は口ごもる。


「だが、何ですか?」

「今のあの女に、通じるだろうか」

「どういう意味です?」

「あの女は、正気を半分失っている。いや、普段そう悪くはないんだ。だが…」

「時々今と昔が混乱するんだ」


 言い難そうにしている代表の言葉を、別の一人が引き取った。


「今と昔が混乱している?」

「そうだよ。あの女は、確かに一応、今現在の時間を生きてる、って思ってるくせに、時々、娘と居た時間に戻ってしまって、来る女の子を自分の娘と思いこんでしまうんだ」

「じゃあ、待ってるのは、その娘さんなんだ」


 ディックはそこで初めて口をはさむ。


「そうだと思う。だけど、正気でない時の彼女にしてみれば、その娘は自分のそばの、その住処に居るはずなんだ。だから質が悪い。居るはずの娘が、戻ってくるのを待ってる」


 確かに質が悪い、とディックは壁に背をつけ、腕を組む。

 だが、シェドリスの様子を見ていると、これは彼の思う様に行きそうだ、という気もしてくる。この集団なら、確かにその元凶さえ何とかすれば。


「判りました。ではこちらから彼女の説得を致しましょう。そこで一応念を押させていただきます。彼女が納得し、移動することを了承すれば、あなた方は移住をするつもりなのですね」

「ああ。条件としては破格に良いのは判っている。だが」

「判りました。その女性を説得致します。あなた方は、彼女に気付かれない様に、移住の支度を整えておいて下さい」


 代表は、言葉の最後をもぎとられた形で結論を出す「青二才」に一瞬嫌そうな目を向ける。だが無論シェドリスの表情は動かなかった。いや、むしろそんな目に対して、ふっと笑みすら見せたような気が…ディックにはしたのだ。


 代表は、その女の住むという一角に彼等を連れて行った。

 そこは「地雲閣」の中でも、かなりの隅にある場所だった。かつてそこは、芝生広場に放される小動物を管理する従業員の休憩所だったらしい。小さいが、他の場所よりは、「家」らしかった。

 今は小動物… うさぎやらりすやら、鶏やら… 放し飼いにされていたそれらは姿は無い。逃げたものもあれば、掴まえられて、食材にされたものも居る。だがそれはもう昔のことだった。

 代表の男は、すき間の空いた扉をこぶしでどんどん、と音を立てて叩く。


「アナさん、居るのかい?」


 誰ですか、とややかすれ気味の声が、ディックの耳に届く。


「俺だよ。ゴゼイ・Tだ。アナ・Eさんお客だよ」

「お客?」


 不思議そうに、語尾を上げた声が、すき間から漏れ出る。そしてそれに次いで、細い指が、そこから見えた。


「お客様が来る予定はありませんわ?」

「そりゃまあ、あんたには無くても、こっちにはあるんだよ。ほら」


 代表の男は、自分の後ろに立つ二人を親指で示す。


「…知らない方々ですこと。申し訳ございませんが、娘を待っていなくてはなりませんので、どうぞお引き取り下さい…」


 ひどく丁寧な言葉遣いだ、とディックは思う。このアナ・Eという女性は、どうやら、こんな所に住んでいながらも、出は結構なものなのかもしれない。

 しかし、娘のことを口にする。編まれた黒い髪の毛も、何処か、きっちり編んでいるようなのに、解けかけている。

 小振りな顔は、幾つになるのか、さっぱり判らない。二十代と言えばそうも見えるし、四十代と言われれば、それもまたそれで信じてしまいそうだった。声のせいだろうか?ディックは思う。やや高めの声は、妙に歳を感じさせない。


「Eさん、五分でよろしいのです」


 シェドリスがず、と歩を進めた。ふっ、とアナは彼の方を見た。


「どなた?」

「初めまして。私はLB社の者です」

「…お帰り下さい」


 彼がそう名乗った所で、彼女の顔は急に険しくなる。


「何と言われようと、私はここから動く訳にはいかないのですわ」

「ええ、それは彼からも聞きました。そこで、相談にと」

「私は動きません」

「そうですね。娘さんが帰ってくるのを待たなくてはならないですよね。ですから、我々が迎えに行こうと思うのですよ」


 何だって? と代表の男は弾かれたようにシェドリスを見る。


「もしかしたら、道に迷っているかもしれない。最近はこのあたりも物騒だから、もしかしたら、悪い男に引っかかっているかもしれない」

「娘はそんなふしだらではありませんわ!! それにまだあの子は小さいのよ」

「だったらなおさらだ。アナ・Eさん、悪い大人が、子供さんを拐かしているかもしれませんよ」

「…それは…」


 彼女は、足下に視線を移す。


「必ず探します。約束します。ですから、あなたには、そのために協力をしていただきたいのですよ。娘さんの姿形を教えてもらいたいですから、うちの社に来てくだされば、そういったことに詳しい者も居ます。如何でしょう?」


 アナは一瞬ふら、と視線を空に泳がせた。ディックはその目に悪寒のようなものが走るのを覚えたが、それは一瞬だった。


「本当に、探して連れてきてくれるのですね」

「本当に。約束します。スタッフが、そのための場所へと、あなたをお連れします。捜索の方法もお見せしましょう。如何ですか?」

「あなたも薄青の目なのね」


 え? とディックはふと顔を上げる。だが彼女はその言葉の続きは言わない。ええそうなんですよ、と返すシェドリスに、ただそう、と乾いた声で答えるだけだった。


「判りましたわ。おっしゃる通りに致しましょう。でも必ず、必ずお願い致します」


 彼女の語尾がかすれる。シェドリスはそれに無言でうなづいた。



 それでは明日、とアナに手を振り、代表に移住の準備を進めるように念を押すと、シェドリスとディックは「地雲閣」の管理棟へと足を進めた。

 と。


「どうした?」


 急に立ち止まり、ズボンのポケットをまさぐり始めた友人に、ディックは問いかける。


「…おかしいな。さっきの場所で落としたのかな」

「何を? 俺見たかもしれない」

「…いや、コイン入れなんだけど。結構軽くて重宝するものだったから…おかしいな。ちょっと君、先に管理棟に入っていてくれないか?僕はちょっと戻ってみるから」

「ああ、判った」


 シェドリスは先に行くディックの姿を確認すると、廻れ右をし、今来た道を引き返して行く。

 そして、その道は途中から変わった。

 ほこりの溜まったコーヒーカップの横を通り、園内列車の発着駅をすり抜け、メリーゴーラウンドの柵のところまで来た時に、彼は不意に足を止めた。


「…さて」


 くるり、とシェドリスは振り向く。


「君は、誰なのかな?ずっと僕達の周りをうろちょろしていた様だけど」

「仕事だからね」


 黄金のトランペットを思わせる様な声が、メリーゴーラウンドにぶつかって弾けた。ふふん、とシェドリス・Eを名乗る男は、鷹に向かって笑った。


「仕事。それは何の仕事かな? LB社がらみ?それとも僕個人に用事?」

「あなた自身ですがね、シェドリス・E? それとも、別の名前で呼べばいいですかね?」


 ふふん、とシェドリスは再び笑う。それはひどく穏やかな、春の日射しをも思わせるような笑みであったので、鷹はほんの少しだけ混乱する。


「それでは君は、僕の名前を知っているという?いや、僕の名前を呼べる?」

「呼ぼうと思えば。でもしませんよ。こんな閉じた空間が歪んでしょうもない」

「なるほど、そういうことか」


 あはは、と彼は今度は声を立てて笑った。だがそれは一瞬だった。


「それは、確かに困る」

「でしょう」


 天使種の名前は、正確に発音することで、その空間に歪みを生じさせることがある。したがって、それは天使種の禁忌事項であり、彼等の「正体」同様、外部には知られていないことだった。もっともその「発音」は同種にしかできないものだったので、「正体」と違い、他種族が知ったところで意味は無い。

 だが、同種同士がその存在を確認するには、有効だった。


「で、君は僕にどうしろと言う訳だい?現在の僕にコンタクトを取ってくるということは。敵?それともそれ以外?」

「それはあなた次第ですね。俺は俺の現在の上司から、別にいざとなったらあなたを消しても構わないと言われている」

「ずいぶんな自信家だ」


 彼は両手を腰に当て、口の端をきゅっと上げた。


「まあいいさ。いざとなったら。なるほどその立場なら、君は帝都から来た訳じゃなさそうだ」


 それまでの穏やかな表情はあっさりと消え失せる。いや、表情自体は大して変わっている訳ではない。変わったのは、その視線だった。


「帝都から来たなら、君は僕に会うなんて手間をかけていないはずだからな。このコロニーごと吹き飛ばせば済むことだ」

「その通り」


 鷹もまた、そう返す。天使種の有効な抹殺方法の一つとしては、閉ざされた空間内での爆発というものがある。だから彼は基本的にコロニーの類は好まない。そして、もしそれが必要ならば、なるべく人間の多い所を。そこを無条件で爆発させたなら、その命令を下した人間の立場が、確実に悪くなる様な場所を。

 そうでなければ、彼はできるだけ大地に足をつけていたいと思うのだ。皮肉なものだ、と彼は思う。自分の呼び名は鳥のものなのに。


「目的は何なんだ? 単刀直入に聞こう。僕も忙しい。生死にすぐに関わる問題でなければ、今は後回しにしておきたい」


 すぐてなければ、いいのか、と鷹は思ったが、口には出さなかった。


「シェドリス・Eを名乗っているが、それは本物の籍か?」

「用意してくれた人間が、本物と言うから本物なのだろうね。ふふん。もしや君は最近出現している、反帝の同胞のための組織の人間か」

「だとしたら?」

「僕には関係ない」


 関係ない、と鷹はその言葉を繰り返す。


「そうだ、関係は無い。僕は別に帝都に住む彼等にどうこうしようという気持ちは無い。僕がシェドリス・Eである以上、向こうもこちらをどうすることも無いだろう」

「だけど俺はあなたをそうと知っている」

「…」

「帝都の奴らが、あなたを探し出さないという保証はない。奴らは執拗だ。少なくとも、俺達の場所は、現在その点では安全だ」


 嘘臭いな、と鷹は言いながら思う。いや嘘ではない。実際現在の彼等の秘密の花園は安全なのだ。ただし、それは、帝都における一つの支配から、帝都の別の支配に移っただけだということは、彼も知っていた。


「ふん」


 気付いている顔だ、と鷹は思う。何しろ敵に回しているは帝都であり、そして彼等のスポンサーもまた帝都の最高の地位にある者の一員なのだから。

 所詮は、彼等の手の中で踊っているコマに過ぎない、と鷹も判ってはいる。だがとりあえずは生きなくてはいけない。だからそのためには、まだましな方を選んでいるだけだ。最良の道など望んではいない。まだまし、を繰り返して行って、少しでも良い方向であれば、構わなかった。


「安全ね。それは一時的なものだろう?」

「かもしれない」

「君らのスポンサーが、明日いきなり君らを見放すかもしれないだろう?下手すれば、逆に君らを全て売り倒すということになるかもしれない。僕はそういうのは嫌だね」


 そうだろうな、と彼は感じてはいた。いや、今まで関わってきた、殆どの反逆の天使達はそうなのだ。そしてその矜持ゆえに彼等は、その命を落とすことも多い。


「世代を、聞いてもいいか? シェドリス・E」

「第6だ。最終階級は少佐だ。君は?」

「7だ。最終階級はあなたと同じだ」

「優秀だな」


 くっ、とシェドリスは歯をむいて笑う。鷹はそれには答えなかった。


「…だが今の僕にも君にも、世代も階級も関係はないな。だから言っておこう。僕の事は放っておいてくれ。二度と天使種の鎖にはつながれる気は無い。どんな者にも、二度と、だ」

「それでは、今あなたを雇っている所はあなたにとっては鎖ではないんだな」

「違う」


 即答が返ってくる。そしてそれだけでは足りないと思ったのか、シェドリスは付け加える。


「僕が居るのは自由意志だ。それ以外の何ものでも無い」


 鷹はうなづいた。


「判った。あなたの言う通りにしよう。何ごともこれから無いのなら」

「何ごとか、が僕にあると思っているのかい?第7世代君」

「あなたは、いつまでここに居るつもりだ?」

「ここに? それは、このコロニーのことを言っているのか? それとも、星系のことを言っているのかい?」

「コロニーだとしたら?」

「そうだな。遊園地が出来上がるまでは、居るだろうね。それが僕の仕事だからね。このルナパァクを、昔の様な遊園地として目覚めさせること。…それから後は、僕にも判らないさ」

「では星系だったら」

「それも全く判らないね」


 それだけかい? とシェドリスは、目を細めて鷹をやや見下ろすような視線を投げた。口の形がひらり、と三日月の形を取る。

 カンに障る、と鷹は思う。

 それともそんな態度を意図してやっているのか。自分も無意識に、そして確実に他人に対して向けているだろうその態度に、彼は不意にひどい嫌悪感を抱く。この男は、結局は世代の観念にとらわれているのだ。そして自分も。

 鷹は、残った問いを口にする。


「では、LB社からは?」

「さあ」


 曖昧な即答が返ってくる。


「居られるうちは居るさ。安全な隠れ蓑は、使えるうちには使ったほうが有効だろう?」


 嘘だ、と鷹は思った。


「ま、君も遊園地の再開記念には来てくれたらいいさ、第7世代君。招待券を用意しようか?今日この地をようやく全ての流民が立ち退きを了承した。工事ははかどるさ。僕が指揮するんだ。はかどるさ。きっと綺麗で楽しい遊園地になることだろう」


 そしてつ、と彼は指を空間に伸ばす。その先には、遠くに見える貫天楼が見える。


「このルナパァクは、その昔、サーティン・LBとナガノ・ユヘイが、かの人類発祥の地の頃の文献から拾い出して思い描いた、古典的な、誰でも楽しめる遊園地、という奴だった」


 何を言い出すのだろう、と鷹は思う。だが初耳だった。その情報は。そんな逸話は、聞いたことがない。


「遠い昔、地球にまだたくさんの国があった頃、その一つの国の都市に、一つの遊園地が出現した。その国は、他の国に比べて、工業化が遅れた国だった。そしてそのコンプレックスもあったか、その国は、人々は、企業は、しゃにむに働き始めた。工業化が進むと、人々の生活も変わる。遊びにおいてもそうだ。その都市では、工業化以前とは違う、誰でもが昼も夜も楽しめる場所を作り出した。真ん中に塔を置いて、そこからロープウェイが広がっている。遠い異国の遊園地を、憧れとうらやみ混じりで真似たその場所が、当時ルナパァクと呼ばれていたらしい」

「…」

「その都市は、その国の都から離れてはいたが、かつては都であったという誇りがあった。そして、同時に、新しいものを貪欲に取り込む力もあった。いち早くその国の中でできたその場所は、都にある同じ様なものよりも立派なものになったようだ」


 何を言いたいのだろう、と黙って聞きながら、鷹は思う。


「サーティン・LBはその都市の話が好きだった。自分もそんな風に、都市の中に誰もが楽しめる施設を自分の手で作ってみたい、と考え出した。そしてそれは実行された。老若男女、誰でも昼夜問わず楽しめる遊園地。彼の夢さ。夢の一つさ。実際、戦争がこの地の近くに来るまでは、そうだったのさ。そしてここは遊園地どころではなくなった。彼はそれを嘆いた。夢の館で、人々は、地べたに直に寝泊まりして、たき火をして飯を作ってしまうんだ。悲しいことじゃないか」


 あいづちを打ちながら、だが同意を求められている訳ではないのだ、と彼は気付く。


「だがその時期は終わったんだ。遊園地が、この地に復活するのさ。そしてそれは、かの我らが偉大なる第1世代の誰かさんがやって来る時には、完了している」

「何か… するつもりなのか?」

「そんな気はない。するなら、向こうの方だ。だが、そんなことはさせない」


 その時、頭の中で、水の入った風船が弾ける感覚が走るのを鷹は感じた。。


「楽しみにしていればいい、第7世代君。そして見たら出て行けばいい。僕に構うな。そしてLB社に構うな」


 シェドリスはそれだけ言うと、答えを待つこともなく、身を翻した。鷹はその姿を、数秒、何もできずに見送ってしまっていた自分に気付いた。

 ちょっと待て、と鷹は、ふらふら、と近くにあった、メリーゴーラウンドの柵に後ろ向きに手をついた。

 自分が考え違いをしているのではないか、と彼は思った。いや考え違い、というより、指令そのものが、見当違いのものを示しているのではないか。

 マリーヤがマルタに示した指令は、シェドリス・Eを名乗る天使種の一人を、帝都の刺客の手に渡らないようにこちらへ引き入れ、彼がもしも今度訪問する皇族の一人に対して危険な行動を起こすようだったら、彼を抹殺してでもそれを止めろ、ということだった。

 奇妙なもので、反帝な意識を持つ者が、皇族を守らなくてはならない。無論、事を荒立てることによって、その当の人物が確実に殺される、ということも事実ではあるのだが、やや釈然としない部分は残る。

 鷹自身は… 彼は皇族がどうなろうが、帝都の政府がどうなろうが、どうだってよかった。自分が生き残るその延長線上にそう言った行動があるなら、それはそれとして遂行するだけなのだ。生き残ることを選択した以上、それは、どんな手段であろうと構わなかった。

 だが今まで確かに、彼が相対してきた反帝の天使種達は、その物騒なことをやらかしそうな危険性はあった。だからその前に芽を摘んでおいたとも言える。

 それはそれでいい。だが同じことを、先程目の前に居た相手に当てはめるのは違うのではないか、と彼は考えたのだ。

 だとしたら。

 思わず爪を噛む。見当違いだ。

 腰掛けていたメリーゴーラウンドの柵から、彼は勢い良く立ち上がった。


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