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第19話 ナガノの建築との出会いと熱意、だから何処に爆弾は仕掛けるか

 再び路面電車を乗り継いで、鷹とオリイは貫天楼の工事現場までたどりついた。

 工事現場とは言え、既に工事自体の音は止んでいた。白い防護幕はまだ張られているが、それは既に形だけにすぎない。

 三日後にプラムフィールドにやって来るユタ氏は、おそらくここを訪問もするのだろう。それを目的に作られた訳ではないだろうが、ちょうどその時期に当たるなら、訪問させない訳がない、と鷹は思った。

 サーティン氏の話からすると、この場所自体に、作り手の意志が存在するのだ。

 訪問の際に、この幕は取り払われるのだろう、と彼は思う。無論まだ、他の四つの遊園地は補修改装が始まったばかりだから、実際にプレィ・パァクとして起動する訳ではないが、その中心たる貫天楼が再稼働するというのは、大きなデモンストレーションとなる。


 ……ではその皇族を狙った爆発物としたら、一体何処に仕掛けられたのか?


 貫天楼の周囲は、現在工事用の防護壁も取り払われ、ただロープだけが張られている。

 ただしそれは「こちら側」だけだ。「向こう側」となるとやや事情は異なる。


「おーい!」


 聞き覚えのある声が、背後から聞こえる。シェドリスと、サイドリバー監督が、地上車から降り、駆け足で二人の側まで寄ってくる。


「どうだ? 予想はつくか?」

「……難しいね」


 顔を合わせるが早い鷹の質問に、シェドリスもまた、すぐに答える。事態がはっきりした時の、彼等の行動は素早く、迷いが無い。

 サイドリバーは手に大きな紙を丸めて持っていた。そしてそれを大きく地面に広げる。今にも丸まりそうなそれを、片方の膝で押さえ、対面に居る相手にそこを留めてくれ、と言う。オリイは言われる通りに、細い脚でそれを押さえた。


「とにかく図面を持ってきた。全くもって、こういう時には機械なんか何も役に立たねえ」

「サイドリバーはこの塔の生き字引だ。何か、君はホッブスの行動から、考えられることはないか? ……えっと……」

「鷹だ。俺達の年は、鳥の名を仮名につけられた。こっちはオリイだ」

「わかった。鷹とオリイ、だな」


 シェドリスはうなづく。鷹は頭に手をやると、図面に鋭い視線を落とした。


「まず言えることは、仕掛けた相手は複数だ。そして、狙いがユタ氏そのものであること、そして、おそらくは、仕掛けた場所も…… ひどく多いということ」

「……ったく、せっかく直したと思ったのによ…… 俺にとっては最後の大仕事なんだぜ?」

「全くだ。それに君にとっては、最大の仕事だったよな」

「俺は、お前をシェドリスって呼ぶのは、ひどく面倒だったんだぜ」


 シェドリスは監督のその言葉を聞いて苦笑する。


「俺にとっては、お前はナガノだ。ナガノでしかない。お前の姿が変わっても変わらなくても、お前が俺やサーティンと違う種族だとしても、俺達には、お前はあの時のナガノ・ユヘイでしかないんだよ」


 ふ、とそれを聞いてシェドリスの顔が少しだけほころんだ。

 あ、と鷹はそれを見て思った。これは今まで觀察してきたこの、今回の対象のいつもの貼り付けた様な笑顔ではない。


「まあそれはいい」


 サイドリバーは、そう言うと、じっと図面を見つめる。


「こういう時は、仕掛ける時の気持ちになってみるってことが大事だ、って言った奴が居たな」


 全くだ、と鷹が答える。


「そうだとしたら、あなたは何処に仕掛けますか?」


 む、とサイドリバーは額にシワを寄せ、親指を唇の下に当てた。


「俺はテロリストで無いし、軍役も無いから良く知らんが、単純に壊れやすい、という点においてはここだな」


 彼はエレヴェイタの制御室を指す。


「何はともあれ、貫天楼の要はエレヴェイタだ。単純に機能をマヒさせるには、これが一番手っ取り早い」

「だけど、この場合は、やや異なりますね」


 シェドリスもまた、表情を強く引き締める。


「相手は、おそらく、皇族…… 天使種自体に根深いものを持っていると見られます。としたら、確実にそれを葬る方法を考える」

「密室」


 オリイがぼそ、とつぶやいた。


「密室?」

「狭苦しい所で爆発させる」

「なるほど、箱そのものか」


 ぽん、とサイドリバーは手を打った。


「だとしたら、これはこれで厄介だぞ。今現在、昇降箱は、こちら側と向こう側、それら往復用だから、各遊園地にもあるはすだ」

「……いや、当日動かす中に、他の遊園地往復は入っていない。来賓を載せて起動するのは、本線の往復だけだ」

「仕掛ける側が、それを知っているとは限らないんじゃないか?」

「楽観視は出来ないか。じゃあ手分けをしよう。いずれにせよ、こちら側とあちら側の両方を見なくてはならないし」

「工事現場の連中を呼びだして、不審物が無いか、一斉にチェックさせるか」


 そうだな、とサイドリバーの言葉に三人ともうなづいた。


「向こうが多数仕掛けた分だけ、こちらも人数が稼がなきゃな」

「では僕が向こう側へ行こう。君等はここに居てくれ」

「いや、俺も向こうへ行く」

「鷹?」


 オリイは弾かれた様に、自分の相棒を見た。編み直した髪がふっと揺れる。


「お前こっちで、監督と探してみて」

「……うん」


 ややためらいがちに、オリイはうなづいた。大丈夫かよ、と監督は図面を丸めながらつぶやく。鷹はそれを見てにや、と笑った。


「あんたはいいひとだ、監督。あんたは彼が天使種と知った時もこういう人だった?」

「……って言われてもなあ」


 監督は図面を持ったまま腕を組むと、首を傾げる。


「俺はこいつと昔一緒に仕事をやって、その時面白かった。で、今またこいつと仕事をやって面白い。それだけだからなあ。別にこいつが何だろうが、そういうことはあまり考えないんだよな」


 はあ、と鷹はうなづく。


「無論こいつ自身も面白い奴だったしな。やけに変な奴と思っていたら、やっぱりそうか、と思っただけで」

「それはないだろ、ミンホウ」

「材料にする石材を探すのにわざわざ隣の星系の山まで入ってったのは何処の馬鹿だよ」

「僕と君だろう?」


 鷹は苦笑する。ああいいなあ、と彼は素直に思った。そうだな確かに。こういう奴が居るならば、長く生きて行くのもそう悪くはない。


「とにかく行こう。幾らまだ訪問の日まで時間があると言ったって、いつ何かの拍子で誤爆する可能性はあるんだ」


 四人は顔を見合わせ、うなづいた。


「なるほど」


と鷹は、「向こう側」へ向かう地上車の中でつぶやいた。


「何が、なるほど、なんだい?」


 シェドリスはハンドルを握ったまま訊ねる。流れていく景色に目を向けたまま、鷹はああ、と答えた。


「いや、あんたが関係無く生きたい、という気も判った様な気がしてさ」

「まあね」

「だいたい何で建築だったんだ?」

「偶然さ」


 そう言ってから、ふと彼は視線を空に飛ばす。


「……いや違うな、確かに建築専攻の学生、をやったのは偶然だったが…… 全く興味の無い分野じゃなかった。……鷹、君は軍のあと、何処かで戦争に関わってきたか?」

「山ほど」

「まあそうだろうな。何せ我々ときたら、『優秀な兵士』の種族だ。日銭を稼ごうと思ったら、それが一番てっとり早い」


 全くだ、と鷹も思う。少し前の信号が、青い「進行」と「GO」を上下に並べて点滅を始め、彼等がそばに行く頃には「停止」「STOP」に変わっていた。シェドリスはハンドルに上体をかぶせる様にして、前方をじっと見据える。


「僕もそうだった。初めは。僕はそれしか知らなかったからね。だけど、だんだんそれが嫌になっていった。何故だと思う?」


 判らない、と鷹は答えた。相手が自分が答えるだろうとは思っていない口調だった。


「……直接手を下す、敵だと判っている奴はいい。向こうもそれが仕事だ。その位の気持ちが無くては戦場なんて出てきちゃいけない。だけど、そうでない奴はどうだ」

「嫌だね」

「全くだ。僕だって嫌だった。……また、下手な軍ほど、無闇やたらな破壊をするんだよ。君は惑星コヴィエを知っているかい?」

「名前くらいは。確かあそこも結構な被害を受けたと聞くけど」

「そう。しかもあそこは、よりによって、核を使われたから、……生物が消え、建物の骨組みばかりが残った様な地域があちこちにある。僕は…… まあ、ちょっとした用で、戦争が終結してからそこに行ったことがあるんだが、その時に受けた衝撃は大きかった」

「衝撃、なのか?」

「そうだ。特にその地は、そういった建物が美しい都市が多く、しかもそこに住む人々が、それを大切に思っている様な所だったらしい。植民初期の建物などが、ちゃんといい上体で、しかもちゃんときちんと使われていたらしいよ。そこの自治政府も、そのあたりをきちんとわきまえていたらしく、役所だとか、公会堂だとか、ちゃんと活用していた。だから最初の植民から、数百年経っても、それらはその瞬間まではちゃんと生きていたんだ」


 信号がGO/進行に変わる。シェドリスはアクセルを踏んだ。


「元々建物は、人間が欲して、初めて建てられる。だけど、その中に、作る人間の意志も込められる。その辺りの危ういバランスを上手に取った時、それは長く愛されるんだ。だけどそれは滅多にあるものじゃない。たいがいどっちかが突出しているもんだ。幾つもの惑星を回っているうちに、僕はそう思い出した」

「そしてコヴィエに行った?」

「ひどいものさ」


 シェドリスは吐き出す様に言う。


「それなりに、何かを好きになれば、情報というものは入ってくるものじゃないか。その中で、コヴィエは素晴らしい、という言葉を何度も聞いた。だから僕も楽しみにしていた。過去のフォートも見た。記録ムーヴィも見た。それを実際に見るのを楽しみにしていた。本当にしていたんだよ、僕は」


 鷹は黙ってうなづく。


「だけど、向かう船の中で、そこへ帰る人とたまたま話をした時、僕は耳を疑った。その人は、既にそこが破壊されたことを知って、それでも戻ろうとしていたんだ。僕は驚き、彼の言うことが信じられなかった。そしてそのままその人と一緒、その地へ降り立った。……無論全てが全て死に絶えた訳じゃなかったけど、その古くからの街は、ひどいものだった。熱と光に焼かれて、その骨組みだけを表にさらしていた」


 一瞬、鷹の中で、ひどく明るい情景が浮かんだ。白茶けた地面に立つ、金属の骨組みをさらした建物が、ぽつんと青空の下に立っている。そして乾いた風がその中を吹きすぎる。がらがら、と残った金属の端が崩れかけているのが揺れて音を立てる。


「それで、僕は、自分で今度は作りたくなった」

「……え?」


 話の飛躍に、鷹はふとシェドリスの方を向いた。


「僕が衝撃を受けたのはね、鷹、それが壊されてしまったからじゃない。そんな姿になってまで、まだそこに在り続けようとする、存在感に、感動したんだよ」

「存在感?」

「そう。人が作ったものであり、人が求めたものであり、人に必要とされつづけ、人を守り、人に守られてきたものであるにも関わらず、人が居なくなってまで、そこに在るということを、骨になってまで主張しようとする、その強烈なまでの存在感に、僕はどうしようもなく、引き込まれてしまったんだよ」

「……判らないな」


 鷹は素直な感想を述べる。彼にとって、建物は、あくまで寝場所に過ぎない。定住する身になったとしても、それはあくまで意識の問題であって、建物のことは気にしないだろうことはよく知っていた。


「……僕らは、確かに長い時間生きられる。そう簡単に、普通の方法で殺しても死なない。だがだからこそ、僕達天使種は、それ以外の部分では、自分というものを隠さなくてはならないじゃないか。帝都政府に逆らう道を取る以上」

「じゃあ帝都政府について、建築をするという方向にはどうして向かなかった?」

「誰が」


 シェドリスは即座に答えていた。


「君も判るだろう? 一度あの世代の呪縛から抜け出したら、あんな所に居られる訳がない。延々あの偉大なる第一世代、今の『皇族の方々』のために、あれこれ注文されるものを作るだけだろうさ。あの連中は何も判ってない。サーティンが軌道の変更にがんとして抵抗したのと同じさ。何処にだって、そこに一番合ったもの、というものがある筈だ。それを上からの命令ということで統一されるなんてまっぴらだ」

「それにしてはよくウェネイク大なんて所に行ったな」

「……何はともあれ、当時あそこがもっともいい教育研究機関だったからね。ただし潜り込み自体は違法なことをしていたから、なかなかにスリリングだったがね」

「で、そこでサーティン氏と出会った?」

「ああ」


 短く答える。


「まだあの頃はサーティンもミンホウも若かった。今の僕と一緒に居て、違和感が無かった頃だ。そして僕らは、一緒の夢を見た。恋に落ちた」


 そしてちら、と鷹の方を見る。


「……無論ミンホウは違うよ。だが奴は僕らの関係は知っていた。当時から奴は、そういうことには全くこだわらない男だったからね。僕らが夢と恋を両立させている間に、奴は技術面と精神面で僕らをサポートしてくれた。奴は、ウェネイク附属の工科学校の出身でね、やっぱり派閥というものがあるから、そこでどれだけ優秀な技師になっても、良い仕事は皆大学出身の連中にとられてしまう。サーティンはそんな彼を見つけて、新しい構想に引きずり込んだ」

「あんたも引きずり込まれたクチだろう?」

「サーティンに会ったのか?」

「あんたと同じ方法でね」


 は、とシェドリスは一瞬だけハンドルから手を離す。


「僕はその当時、ウェネイクで建築を専門に学んでいたさ。ただ、その時はまだ闇雲だった。確かに、コヴィエで見たものの様に、あんな強い何かをもったものをいつか作りたいとは思っていた。だがまだその時にはその気持ちも曖昧なものでね、とにかく過去の産物を調べまくるのに精一杯だった。でも楽しかったよ」


 くく、とシェドリスは口の中で笑う。


「本当に。そしてサーティンはサーティンで、僕にチューブの話しをしていた。行った惑星の建物の話を僕がすれば、そこに通じる交通網の話を彼はし、その特徴や利点や、それをどう応用できるか、とか、それこそ夜を徹して話し込んだものさ」


 ぴ、とナヴィの信号が鳴った。目的地までもう程無いという知らせだった。


「それでできた結果が、このルナパァクな訳だ」

「そう。ここは僕にとって、結局唯一の建築物でもあり、僕の一番楽しかった時代そのものだ

「あんたは……」

「さて着いた」


 車は、同じつくりをした敷地の中へと入って行った。

 連絡を受けていた工事現場の作業員は、とにかく他の作業員を下げておいた、と彼等に伝えた。

 同じ作りの貫天楼は、ただ壁面だけが異なっていた。模様はともかく、色づかいが異なっている。全く同じにしてしまうと、向こうからこちら、こちらから向こうへ行ったという印象が薄くなるからだろうか、と鷹は思う。

 昇降箱は合わせて二つ。こちらと向こうが時間を合わせて昇降することになっているのだ、とシェドリスは説明いた。すると同じ時間に、ちょうど真ん中の、重力が少なくなる場所で一度入れ替えができるのだ、と。


「そこで一度降りて、向こうに行きたい人は向こうに行けばいいし、そのまま帰りたい人は帰ればいい、その様にしていたんだ。そこで無重力状態のまま、360度に広がる都市を一望することもできる」


 なるほど、と言って、二人は昇降箱の中を確かめだした。それは普通のデパァトメント・ストアにあるのとは桁違いに大きく、装飾もふんだんにされていた。

 ただし、その装飾は半分より下に限られている。そして上半分は、硬質なガラスで覆われている。

 天井はそのガラスがステンドグラスになっており、上から入る光を透かし、昇降客の服に鮮やかな影を落とす。それが、移動の際に通る窓の位置によって、映り込みが変わるのだ、とシェドリスは床や天井を殆ど手探りしながら説明する。


「……だがここに爆発物を仕掛けるのは難しいんじゃないか?」


 鷹は問いかける。


「僕も実はそう思いかけていた」


 そしてすっと立ち上がると、彼は外に居た作業員の一人に声を掛けた。


「ちょっと君、これを動かしてくれないか」

「え…… でも総監督、もし何かあったら」「もしかしたら、沖天回廊にあるのかもしれない」

「ええええっ!! だってそんな、無茶ですよ、あんな所に仕掛けるなぞ」


 無理じゃない、と鷹は思う。確かに距離的にはある。だが、一応ここは建築物であり、壁というものがあった上の乗り物なのである。それはチューブにも通じる。


「合図をするから、僕がそれを送ったら、下ろしてくれ」


 はい、と気弱そうな声を立てて、作業員は、まだ慣れぬ昇降機の操作盤に手を置いた。鷹はシェドリスと一緒にその中へ乗り込む。


「沖天回廊、って言ったな?」

「円形をしてるんだ。その部分だけ」


 ゆっくり…… ひどくゆっくりと上っている様に、鷹には思えた。実際ゆっくりなのだろう。あくまでこれは観光用なのだ。スピードは期待されていないのだ。

 ガラスの壁面に身体をもたれさせると、鷹はぼんやりと斜め上を見上げた。確かにその、植物を模した曲線が豊かなステンドグラスは見事だった。次第に空へと上っていく、それがゆっくりであればあるだけ、現実とは切り離されていく様な感覚が起こる。

 だが彼の現実は、直接頭に飛び込んできた。


『……』


 彼は思わず、肩を浮かせていた。それがテレパシイだと気付くのに、少しだけ時間がかかった。

 天使種の中にも、そういった能力を使う者は居たが、自分はあくまでそれを受けるだけだった。発信する能力はなかった。だから天使種から離れて生きてきた間、その頭の中に直接飛び込む「声」は久しぶりすぎて、一瞬頭の芯がぐら、とした。

 いやそれだけではない。確かにそれはテレパシイなのだが、何か、違うのだ。


『こっちには、見つからない』


 そんなオリイの「声」が頭に響いた時、彼は目の前の光景が、二重映しになるのに気付いた。何だこれは。

 同じ様な箱の中で、床を這いながら、あちこちを探っているサイドリバーの姿が見える。


「……どうした?」


 シェドリスは訊ねる。


「いや…… 何でもない」

『今あなた、真ん中へ行こうとしているよね、そっちへ行くよ』


 何! と思わず鷹は声を上げていた。

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