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第20話 爆発を最低限に抑えるには

 何! と思わず鷹は声を上げていた。どうしたんだ、とシェドリスが不思議そうに問いかける。


「……い、いや……」


 鷹は頭を軽く押さえながら、かろうじてそう答える。今のは一体何だったんだ。

 テレパシイまでは分かる。どういう具合かよくは判らないが、口が利けるようになったと思ったらテレパシイまで使える様になったらしい。

 だが、あの光景が二重写しになったのは何だったのだろう。今は大丈夫だ。ものは普通に見える。

 だがその光景の中にオリイ自身はいなかった。それはどういうことなんだろう。

 昇降箱は減速を始めた。だが、よくある足下からせり上がる様なあの感覚は無かった。あくまでスムーズに、箱は速度を落として行った。

 やがて透明な球体の中に入り、そこで箱は止まった。シェドリスは扉の脇の一部分に触れる。するとてそこからプレートの様なものが一枚剥がれ、彼はその中のボタンを押した。透明な扉がすう、と開く。

 シェドリスはそこから身を躍らせた。お、と鷹は開いた扉から足下をのぞき込む。透明な球体はかなりの大きさなので、扉のすぐ外には足を置く場所などはない。そこには無重力空間が広がっている。

 昇降箱自体が、高さによって重力を上げていく作りになっているのだろう、と鷹は思う。そしてシェドリスに続いて、彼も無重力の中に身体を投げ出した。

 実際、それはなかなかの光景だった。頭上に大地、足下に空。透明な球体の中では、生身のまま、空を飛んでいるような心地が味わえるのだ。

 こんな事態であるのに、鷹は一瞬、それを楽しんでいまっている自分に苦笑した。

 そしてふわふわと浮きながら、自分達の乗ってきた昇降箱をやや遠目から眺めてみる。少し離れてみると、これはこれで、一つの綺麗な装飾品の様だ、と彼は思う。

 ふと思い立って、泳ぐようにして彼は箱の下へと回り込んだ。


 そういえば、ここだけは、調べていなかったな?


 ひょい、と彼は箱の端に手を掛けて、それを支えるワイヤーが取り付けられている部分をのぞき込んだ。これまた、実に事細かに模様が描かれている。ややうるさい程だ。


 ん?


 ふと彼は、眺めた目の端に、奇妙に違和感を覚えていた。首を傾げて、もう一度、その付け根に視線を走らせる。

 全身に、その時冷たいものが走り抜けた。

 もっとも彼だったので、そこで慌てて連れに連絡するなんてことはしない。とりあえずじっくりと、それを觀察する。

 確かに、外見「違和感」で見過ごしかねない程に上手ペインティングされていた。外側を自由な形にできるタイプだ、と彼は気付く。しかしここで問題なのは、外側ではなく、中味のタイプなのだ。

 彼は判断に困った。そしてやはりふわふわと飛びながら、この中天回廊の中を探索しているシェドリスに声を投げた。


「何だい?」


 すうっとなめらかにシェドリスは空の中を泳いでくる。鷹は黙って、ワイヤーの付け根を指した。


「……これは……」

「周囲がハネロン材で覆われているんだ。……中味はたぶんアレだと思うんだが……」


 ハネロン材は、都市ゲリラがよく使用するタイプだった。探知機から存在を隠すための素材はあれこれとある。これは「隠す」機能はさほどでもないが、とにかく見た目が様々に変えられるものだった。

 そして乾いてしまうと、それを取り外すことによって爆発を招く。


「アレ?」


 シェドリスは訊ねる。


「ホッブスの奴の所にごろごろとあった時限発火式だがね」


 だけどそれだけで済むだろうか―― と、鷹の中で警戒信号が点滅する。

 ホッブスは、と彼は自分の中の元戦友を思い出す。あのごつい身体のわりに、妙に細かいことをする奴だった。

 何か仕掛けがある、と彼は感じていた。だがその仕掛けに思い当たるふしが無い。


「……ん?」


 ぴ、と電子音がし、シェドリスは端末の通信を耳に当てたるそして一言二言つぶやくと、何、と表情を変えた。


「どうした?」

「向こうの昇降機が動き出した」

「あ? ああ」


 鷹は驚きもせずにうなづく。それはオリスが先程彼に知らせてきたことだった。


「さっき聞いた。何か向こうも見つからない様だったけど」

「君はテレパシイが使えるのか?」

「……いや、できないはずなんだが……」


 そうなのだ。あくまで自分は受信したに過ぎない。送ってきたのは向こうなのだ。彼はまだ、目覚めた相棒の持つ能力に、正直、戸惑いを覚えていた。

 もっともそれは、シェドリスには何の意味も無いことだった。彼は鷹の言葉を聞くと、ぽろっと口を開いた。


「……向こうも、見つからない……? まさか、向こうもここにあるんじゃないだろうな?」

「向こうも?」


 鷹ははっとして貼り付けられ、擬態したハネロン材の表面にそっと触れてみる。


「……しまった……」

「どうした?」


 鷹はシェドリスを手招きすると、触れてみろ、と短く言う。言われるままに彼も手を触れ…… 気が付いた。


「……シンクロタイプか……」


 鷹は表情を引き締めてああ、とうなづく。そして彼は引き締めた表情の下で、相棒に向かって声にならない声で叫んだ。


『来るな!』


 相棒はその声に、即座に返す。


『どうしたの、でもここから留める訳にはいかないよ』


 既に動いているんだから。ああそうだ、と彼は頭を抱える。


「……ったく、こういうことか……」


 二つの昇降機のそれぞれに、偽装された時限爆弾を貼り付け、それは近づくにつれて呼応し始め、巡り会った時に爆発する。

 確かにそれは、最初の運転にふさわしい方法だ、と鷹は思う。ここでこの様に確かめるべく、乗り込んで来る奴が居るだろうとは、当の首謀者は考えていなかっただろうから。いや、乗りこむとは考えていたかもしれない。ただ、両側から一斉に、というのは考えていなかったろう。

 どうする? と彼は自問自答する。目を閉じるる考えている間にも近づいてくるのだ。


「シェドリス、昇降箱は一つ壊れても構わないか?」

「え?」

「当日にはとりあえず一つあれば間に合うよな?」


 鷹はそう言うと、勢いよく…… だがなるべく中に衝撃を与えない様に素早くハネロン材を昇降箱の表面から取り去った。奇妙な柔らかさが、彼の手にしっとりとした重みを感じさせる。まるで生きている様だ。彼は顔をしかめる。

 聞こえるか? と彼は相棒に言葉を飛ばす。聞こえる、と相棒は答える。


『どのあたりに居る?』

『どのあたりというかよく判らない。けれど見て。これが俺の見てる景色』


 その途端、彼の視界は二重写しになる。ああそうか。彼はようやく気付く。相棒の見ているものが、そのまま自分の目には映っているのだ。

 相棒の視界には、時々行き過ぎる四角い窓の外の景色が映る。そのまま天井を見てみろ、と鷹は相棒をうながす。視界が一人でにずれてゆき、それが自分自身の視界と変に合わないので、彼は一瞬眩暈を感じる。慣れればいいのだろうが、時間がかかりそうだ、と彼は苦笑する。

 しかしさすがの彼も笑っている場合ではなかった。

 手の中の爆弾は、次第に反応の速度を高めている様だった。

 近づいてくる。目を伏せる。向こう側の視界に集中する。ガラスの天井が、その上の、中天回廊へと近づいていく。

 光が、さっと、降り注ぐ。

 鷹は手にした爆弾をシェドリスに手渡すと、昇降箱の壁を蹴った。

 ゆっくりと、向こう側からの昇降箱が、彼等が乗ったものとは逆方向から降りて来る。彼等の側からしたら、「降りてくる」だ。しかも、天地は逆に。

 中からオリイがガラスの壁に貼り付く。中から出て、と彼は声わ送る。オリイは少しあちこちを見ていたが、やがて、先程シェドリスが開いた部分と対称的だが同じ場所にある扉を開けた。

 ふわり、とその髪が無重力に広がる。

 その様子を見ると、鷹は壁の一部分に手を当て、その反動でこの昇降箱の「下」にと進んだ。案の定、そこにはひど反応が速くなった爆発物があった。これだ、と彼はそれを、それでもそっとはぎ取る。

 手にした瞬間、それはまるで、全力疾走した後の心臓の鼓動の様に激しく手の中で反応している。


『早く!』


 オリイに強く呼びかける。オリイからは何の答えも帰ってこなかった。だがそれでも、サイドリバーを引きずる様にして、無重力にふわりと泳ぐオリイの姿は目に入った。

 鷹は手にしていた爆弾を昇降箱の一つに入れ、シェドリスの方を向く。

 ところがその時だった。

 シェドリスは反応を強くしている爆発物を掴むと、そのまま昇降箱の中にと、飛び込んだのだ。

 はっとして彼を引きとめようとした。

 だが、シェドリスの行動は一歩早かった。彼はそのまま中に入ると、ボタンを押して、扉を閉めた。

 そてし中から離れろ、と両手を使って、大きな身振りをする。


 まさか。


 だが考える暇は無かった。彼はぐっ、と腕を何かで引っ張られているのに気付いた。髪が、腕に絡みついている。

 オリイは広がった髪の一部をもう一つの箱に引っかけると、そこで反動をつけて、サイドリバーと鷹を髪で絡め取り、そして放した。

 すう、と流れて行きそうになるところを、中天回廊の入り口にある緊急用の手摺りに髪を絡ませ、オリイはそのまま自分の相棒と、サイドリバーをその場にくくりつけた。


 そして、低い音が響いた。



「……耐久度のテストなんて…… 俺は知らねえ!」


 サイドリバーは壁を大きく殴りつけると、叫んだ。

 うめくような声で泣き始めたサイドリバーから、鷹は端末の通信を奪い取ると、両側の管制室へと戻させる様に指示をした。


「……確かに、抜群の強度だよ……」


 箱の内部で爆発させれば、その箱の外側は大丈夫、とシェドリスは信じていたのだ、とサイドリバーは二人に言った。

 爆発物そのものの破壊力は大きくはなかった。あくまで、一人の天使種を殺すために仕掛けられた爆弾だったから、それ以上の威力は不安定さを伴う。


「……何でこんなことを……」


 内部が圧力と熱で変形し、焼けただれた箱の中で、シェドリス・Eと名乗っていた男は、既にその元の姿をほとんど留めていなかった。

 確かに、この状態にまでなってしまうと、再生も無理なのだ。


「ああそうだよ、確かにこの昇降箱は、外側からじゃ操作できないようになっていたさ、それが防犯のためだからな。だけどそれでお前自身がやられてどうするんだよ! ナガノ!」


 シェドリス/ナガノはもう既に口をきくことはできなかった。降りていく昇降箱の中で、その美しく整えられた床を、ひどい色に染めながら、既に最期の時を待つだけだった。


「おい何とか言えよ……」


 サイドリバーは、友人の前でうずくまる。鷹はその姿を見て、相棒の方をふらりと向いた。


「オリイ」

「何?」


 相棒は首を傾げる。


「さっきお前、俺にテレパシイ飛ばしたよな」

「うん」

「こいつの意志を、……最期の意志を、聞き取れないか?」


 オリイは軽く首を傾げると、どうかな、とつぶやく。


「やってみてくれないか?」


「……いいけど…… 鷹、手貸して」


 ん? と彼は言われるままに手を伸ばす。オリイはその手を取ると、自分の頬に当てさせる。何を、と彼が思っているうちに、その手首にするすると髪の毛が絡みつくのを鷹は感じた。

 ぴり、と僅かな刺戟が感じられたと思うと、頭の芯がふっと揺らぐ。


「ちょっと、足りなかったから」

「俺の生気が?」

「普通にやっている分にはいいけど、ややこしいことをするには、力が要るんだ」


 なるほどね、と鷹はやっと納得した。どうやらシャンブロウ種というのは、他者の生気を自らの特殊能力にするものらしい。そしてその相手を一人に限定する……


「読みとってみるから、あなたは見て。聞いて」


 かなりの部分が欠け落ちたシェドリスの肉体の前にしゃがみこむ相棒に、ああ、と鷹はうなづいた。まだ少しくらくらするが、そんな場合ではなかろう。自分が天使種であったことを、彼は感謝しない訳にはいかなかった。


「判るのか?」


 サイドリバーは訊ねた。何とか、とオリイは短く答える。


「だったらいい。聞いてやってくれ。そして、奴に知らせてやってくれ……」

「サーティン氏に?」

「他に誰が居る?」


 当たり前のことの様にサイドリバーは答えた。だがその声はひどくひずんでいる。泣きそうなのをこらえている声だった。ここに居るのがこの男で良かった、と鷹はあらためて思う。

 オリイは髪の一房を動かすと、シェドリスの頭部をそれでくるみこんだ。そして目を閉じる。


「俺の言うことが、聞こえるか? シェドリス? ナガノ?」

(……聞こえる)


 微かな声が、鷹の頭に直接染み込んできた。


(そうか僕はもう駄目なんだな)


 それはひどく、乾いた声の様に彼には思えた。乾いて、そして奇妙に明るさすら感じさせるような。


(駄目なんだろう?)

「ああ、駄目だ。もうどうしようもない」

(そうだろうな)

「何でこんなことをした?」


 聞いても詮無い様な気も、した。だが彼は聞かずにはいられなかった。あれは自殺行為だ。


(何も考えてなかったさ)


 何も? 鷹は思わず身を乗り出す。


(僕はただ、これを壊したくなかったんだよ)


 それだけなのか、と彼は思わず自分の中に輕い失望が走ったのに気付く。だがそこで彼は車中の会話を思い出した。


「あんたにとって、ここは、何よりも大切な場所なんだな?」


 わざわざ危険を冒して、戻ってきて、そして再び作り直す程に価値がある。


(そうだよ)


 シェドリスは軽く答えた。


(だから、そうせずには居られなかった。僕は、この場所を、守りたかった)


 そして、やがてここに皇族を招かなくてはならないだろう、あの男を。

 急な中止や、事故がそこで起こったら、それはサーティン氏の責任問題になる。今現在、力をつけたサーティン氏でも、皇族に何かあったら、ただでは済まないだろう。


「お前は馬鹿だよ、ナガノ……」


 鷹の口わ通して、友人の思いを耳にすると、サイドリバーは、とうとうその顔に、だらだらと涙を流した。拭くこともせず、うつむいた顔からは、ぼとぼとと滴が床に落ちるに任せていた。


(……でもそろそろもう疲れた。二つだけ、聞いてくれないか)


 ああ、と鷹はうなづく。


(ディックに、言い忘れたことがあるから)


 ディックに? そこでその名前が出るのだろうか。


(僕は彼に、ずっと言わなくてはならないことがあったんだよ)


 鷹はその時、幾つかの物事が、頭の中に流れ込んで来るのを感じた。直接会ったことの無い女性達の姿も、その中にはあった。理解した訳ではない。そこまでの出来事が、自分の中にコピーされたのだ、と彼は思う。

 それはあくまで、ディックに言うためだけに。


(彼も、一緒に居て楽しかったよ。あの頃の僕らの姿を思い出させた)

「お前は馬鹿だよ、ナガノ……」


 鼻をすすりながら、サイドリバーは同じ言葉を繰り返した。


(ありがとう、君に会えて、僕は楽しかった)


 ふっ、と流れ込む意識が濁りつつあるのに鷹は気付いた。慌てて意識を研ぎ澄ませる。小さくなる。小さくなってしまう。


(君に会えて、嬉しかった……)


 ぼんやりと、青年の姿の誰かが、かき乱される意識の中に淡く、だけどきちんとした輪郭を持って浮かび上がる。見覚えのある輪郭。そうかこれは。


(それまでの間、生きてなかった。ただ死なないというだけだった…… だけど君は)


 引きずりこまれるな、と思いながらも、意識が、逝く人間に引きずられそうになる。

 明るい光景だった。


 ウェネイクの大学の構内の緑。夜通し夢について語り合った狭い寮の部屋。客人として招かれたパーティの席。

 広げられた図面をのぞき込む熱心な表情。精巧な模型を身ながら、今度はこれを何倍にするんだ、と笑い合った日々。

 見つかり、追われる寸前の真剣な表情。生きていればいつか、会える。君が私のことを判らなくなったとしても、私には君がきっと分かる。それは君だけじゃない。

 ほらだって、あの時、僕は、君がすぐに判ったじゃないか。思っていた通りに年を重ねたけど、君は君だった。僕には、君がすぐに判った。

 本当に。

 僕はずっと、あの生まれ育った惑星で、戦場で、いつも、生きていた訳じゃない。死ななかっただけだ。だけど、建築と、君に出会ったおかげで、僕は、生き始めたんだ。

 だけど、先に行くよ。こうなるとは思っていなかったけど。

 君に、会えて、サーティン、本当に、良かった……


 オリイはぱん、と両手で鷹の頬を打った。瞳の中が奇妙に揺らいでいる。

 ああしまった、と彼は打たれた頬をさする。引きずりこまれる所だったことに気付く。

 そしてゆっくりと、昇降箱は、地面へと降りて行く。

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