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第12話 彼を待つ彼等、彼が訪ねる彼

「最初から、知ってたよ」


 そんな声が、至近距離から耳にそそぎ込まれる。


「いつから?」

「あなたがここにやってくることは、彼から聞いていた」

「イェ・ホウ?」


 イアサムはうなづく。


「この惑星は、MMの管轄外の場所なのは、判るよね。それは何故だと思う?」

「何故? 理由があるの?」


 MMの幹部の一人である自分に判らない理由が。


「あるの」


 イアサムは短く言った。Gはその喉に軽く唇を寄せた。


「ここは、あなたの居場所だから」

「居場所」

「居心地がいいでしょう?」


 確かに、とGは思う。

 この土地の風、空気感、昼も夜も長い日々、海、強烈な日射し、白い建物の連なる街、それに不用意に女性が姿を見せないこの雰囲気。

 何故だかひどく、自分はその中に居ると気持ちが落ち着く、と彼は思っていた。何も考えずに、ゆっくりとあの暑い大気の中、まどろんで居たい、と思わせてくれた。こんな場所は初めてだった。


「だから、ここは、あなたのための場所なんだよ」

「だけど、それとどうしてあの組織が」

「この街は、そう古くは無いよ。少なくとも、あなたが本当に生きてきた時間と比べて、そう違うのじゃない」

「俺が天使種だって、知ってるんだ」

「俺は知ってるよ。あなたが本当の、最高の天使種だって、いうことは」

「君等は… 俺に何をさせたいんだ」

「何も」


 細いが筋肉質の腕が、彼の身体に回る。この強い日射しの地であっても、腕は普段直接光に当たることはないから、案外白い。


「今のあなたにどうしろとは、俺達は誰も望んでいない。そして俺達もただ待っているんだ。俺達の知っているあなたがいつか現れることを」

「じゃあ君もやっぱり、何処かで」


 自分に会っているのか、と聞こうとして、口を塞がれた。


「それは今言うことじゃあないよ」

「けど」

「俺の役割は、あなたをあそこに誘導すること。ああ、種明かしをしてもいいんだよ。そんなことは大切じゃない。だけどあそこで起こっていることは、現実だ。本当に起こっていることだ。あなたがどう思うかは俺も知らない。俺が口出しできることじゃあない。ただ、こうゆうこともあるんだよ、ということなんだ」

「誰がどんな意図で」

「そしてここで」


 言いながら、イアサムは位置を変えて、彼の首筋に顔を埋めた。ん、とGは目を細める。


「ここがあなたのための場所と知っていて、わざわざそれを汚す様なことをするのは」

「その答えを?」

「それはあなたの考えること。俺が言うことじゃない。考えて。あなたに必要なのは、考えることだ」


 考えられなくなりそうな刺激を加えているくせに、何を言ってるんだか。Gは大きく息を吐き出す。大気は夜時間プラスから朝時間マイナスの領域に差し掛かっているというのに、未だに熱を持つ。


「ただ覚えていて。ここはあなたのための場所だ。あなたのための都市だ。表向きがどうあろうと、この都市に生きて暮らしている我々は、皆そう思っているんだ」


   *


「どういうことだ?」


 キムは足元に散らばったポートレイトを眺めながらつぶやく。


「どういうこともこういうこともなく、そういうことなんじゃないのか?」


 中佐はその破かれた一片を拾い上げる。そこには彼もよく知る印象的な目と唇が写されている。


「なるほどずいぶんと印象は違うな」

「別に、あのひとはどんな姿でもとれるから」

「ふうん。じゃあそういうことなんだろ」


 そして興味なさそうに、一度拾い上げたそれをまた散らす。


「それとも何、またお前、何かショックでも受けてる?」

「まさか」


 キムは首を横に振る。嘘ばかり。中佐は煙草を一本出してくわえる。だったらこっちを向いてみろ、と中佐は内心つぶやく。

 その煙が、甘ったるい果物の匂いを次第に浸食しだした時だった。

 ぶん、と彼は左の手を横に振った。

 その手の爪が長く伸びていた。


「立入禁止の札は出てないぜ?」


 明るい声が、戸口から聞こえてくる。長い、鋭い爪の先には、小柄な栗色の巻き毛の青年の喉元があった。


「ふん。顔色一つ変えないとは、いい度胸だな」

「別に度胸がある訳じゃあないよ。たまたま俺は居合わせただけ。でもそろそろ出ていった方がいいよ。もうじき都市警察が一気にここに踏み込む」


 ネイルは平然とそう言った。突きつけられた爪が、自分の喉元一センチ程度しか離れていないというのに。


「お前、seraphの要員のクセに、どうしてそんなこと言う訳よ? 筆頭幹部ネイル君」


 すっと爪を引っ込めながら中佐は問いかけた。


「別に。俺は都市警察の人間の犠牲者を増やしたくないだけなんだよん」

「お前には大して関係ないんじゃないの? いつからこんなトコに居たのか知らないけどさ」

「立つ鳥あとを濁さずなのよ」


 へらへら、とネイルは笑った。


「あんたらにかかって、普通の人間がマトモにかなう訳が無い。ただでさえこーんなくだもの患者達が転がってるとこで、今度は死体を増やすのは嫌だしね」

「なるほどそれは賢い選択だよな」


 中佐は煙草を足元に落とし、踵でぎっ、と踏んだ。


「三人、か。結局。お前等筆頭幹部は」

「さあ、どうだろね」


 ひら、とネイルは身をひるがえす。その後ろ姿をキムはにこりともせずに見ていた。


「聞いてたな?」


 建物内の女達を収容する作業が続く中、ネイルはぼそっとつぶやいた。え、とムルカートは彼の方を向く。


「聞いてたんだろ、って言ったんだよ」

「な、何を」

「俺と、あの連中の会話」

「…聞いてないよ」

「嘘ばかり。ま、いいさ」

「え」

「別に知られたところで大した問題じゃないからね。だいたいお前はもう、既にウチの手の内だしね」


 くく、とネイルはそれまでムルカートの見たことのない類の笑みを浮かべる。


「どういう意味…」

「お前、何で、彼があのコテージに居たこと、どうしても言い出せなかった訳?」

「え」


 はっ、とムルカートは息を呑む。


「ずっと聞く機会はあった訳だぜ? でももう遅いな。彼はそろそろこの惑星を出ていくさ。そろそろ、時間だ」

「何で、あんた、そんなことを」

「何でだろうねえ」


 ネイルはじり、とムルカートに詰め寄る。


「彼の手助けをしたくないかい?」

「何の…」

「また会いたくはないかい?」

「え」


 はっ、とムルカートは息を呑んだ。その途端、彼―――「サンド君」と呼ばれていた彼の姿が、ぱっ、とムルカートの頭の中に広がった。

 その映像はひどく鮮やかで、そして自分の鼓動を早める。

 指摘されて初めて気付く、感情の正体というものがあるのだ。

 ぱぁっ、と頭の中に広がった映像が、瞬く間に自分の思考を支配するのを彼は感じた。もともとマジメな男だ。一つを思いこんだら、止まることを知らない。


「お前もおいでよ。最高の天使のもとに」


 当たり前のことの様に、ネイルは言った。



 お客様でございます、と執事は伯爵に告げた。


「客?」


 羽根ペンを机に置くと、伯爵は問い返す。


「今日はその様な予定は無いはずだが」

「ですが」


 執事は珍しく、一礼すると彼の側に近づいてきた。そしてそっと小声で囁く。伯爵はそうか、とつぶやいた。


「通してくれ。そしてもてなしの用意を」

「もてなしの、用意ですか」


 執事は確認する様に問い返す。


「二度も三度も私に言わせる気が?」


 失礼致しました、と深々と一礼すると、執事は彼の主人の元か下がった。彼には彼の仕事があるのだ。

 さて、と伯爵は書きかけの手紙のインクを軽く押さえると、白い封筒に入れた。

 意外と早かったな、と彼は内心つぶやく。部下の情報では、つい三日前、ミントを発ったばかりだ、と彼は聞いていた。

 としたら。彼は考える。あの惑星を発ったそのままその足でこっちへ向かったのだろう。―――帝都へ。


 こちらです、と見慣れた執事が彼を館の中へと導いた。いつもそうだ。この執事は、伯爵がどんな名前を名乗ろうと、伯爵である様に、主人がどんな名になったところで、執事であることは変わらない。

 そしてこの執事は、無駄なことは聞かない。主人が通す様に、と許可を出したなら、あっさりとその扉を開く。長い廊下を、通すようにと命じられた部屋へと導くだけだ。


「旦那様、サンド・リヨン様をお連れ致しました」

「うん。下がってくれ」

「は」


 無駄な言葉は一つとしてない。Gはその姿を見ながら、なるほど忠実な執事ね、と内心つぶやく。


「久しぶり。元気だったかね?」

「まあそれなりに。伯爵あなたもお元気そうで何よりです」

「私はね」


 ふふ、と伯爵は笑みを浮かべ、Gに椅子を勧めた。


「ありがとうございます」

「すぐにお茶の用意ができる」


 そういえば、いつもこのひとと会う時には紅茶だったな、とGは思い出す。いつも上等のティーカップを、嫌みにならない趣味で、彼の前に出したものだった。

 やがて、銀のワゴンにティーセットを乗せて、執事が戻ってくる。


「ああいい、あとは私がやろう」


 伯爵はそう言って執事を帰す。珍しいこともあるものだ、とGは思う。伯爵から茶を手渡されたことはあるが、手ずから淹れられたことは今までに一度もない。


「それにしても、珍しいこともあるね。君が休暇期間に私の元を訪ねてくるなぞ」

「ええ… まあ、少しお聞きしたいことがあって」

「まあ、そう話を急かすものではないよ」


 伯爵は紅茶を注いだカップをGの方へと置く。黙ってGはそれを一口含む。相変わらずここの茶は美味い、と彼は思う。


「どうかね?」

「美味しいですね」

「率直であるということは良いことだと思うよ、G」


 ふふ、と伯爵は笑う。


「それで、私に聞きたいことというのは、どんな話かな」

「ごくごく、他愛ない興味です。下世話な関心、と言ってもいいかもしれません」


 ほぉ、と伯爵は軽く眉を上げた。


「それは私としても関心のあるところだね。君の下世話な関心。というもの。それがどういうものか私が知ってみたいものだ」

「では単刀直入にお聞きします」

「どうぞ」


 Gは顔を上げ、伯爵を真っ向から見据えた。


「伯爵は、いつから我らが盟主とお知り合いなのですか?」

「ほう? そんなことを聞きたいのかね?」

「ええ」

「それが下世話な興味、かね?」

「ええ。自分としては。お話していただけますか?」

「私にその義務は無い、と言ったら?」

「それはそれで、構いません。あくまでこれは、自分の下世話な関心に過ぎないのですから」

「しかし君は、それで私が話すと思っているのだろう?」

「ええ」


 Gは短く答える。ひるむな、と自分自身に言い聞かせる。


「あなたは、お話しになるはずです」

「傲慢な口ぶりだね」


 ふっ、と伯爵は笑った。


「しかしまた、そういうところが、君は魅力的なのだろうな。…あの方にとっても」


 Gは眉を寄せる。言葉の端に、悪意が見える。初めてのことだった。この人物から、今までその様な感情を感じ取ったことはない。少なくとも、それを隠しておくだけのことを、伯爵はしてきた。そうする必要があったということだろう。

 しかし今は、そうではないらしい。


「私があの方と出会ったのは、地球だったよ」


 あの方、と伯爵は言った。その発音は、そう呼ぶのが当然だ、と言いたげにひどく慣れたもので、そして美しかった。


「地球」


 耳慣れぬ単語に、Gはいぶかしげに首を傾げる。


「聞いたことくらいはあるだろう?」

「ええ。一応歴史の話としてなら」

「そう、歴史」


 伯爵はカップを手に取り、一口含む。


「だが私に――― 私達にとって、それは歴史ではない。過去だ。過去に過ぎない。まだ宇宙に、原人類が散らばる前だ。地球という惑星に、重力に、人間が閉じこめられていた頃だ」

「…そんな昔の」

「昔の、と言うかね? 君が」


 Gは言葉に詰まった。


「もっとも、飛び出そうとする兆しはあった。ただそれは、まだその一つの星系の中に留まっていた。今の今からすれば、とうてい居住などするに値しないくらいの、条件の悪い惑星に、わざわざ人工の重力や大気を詰めたドームを作り、その中で人々が暮らしていた頃だ」


 そこまではGは知らなかった。確かに「歴史」の授業である程度のことは学んだ。

 しかし地球を「捨てた」事実以外のことは、通り一遍のことしか書かれていない。そう書かなくては話が通らないから、仕方なく書いた、とでも言う様に。


「あの方は、まだ若く…いや、幼いと言ってもいいくらいだった。そして私は、既に老いていた」


 無論その姿形は変わるものではなく。そんな言葉を伯爵は言外に含める。ヴァンパイア、と自らを称する男は、既にその事実を知っている彼に、更に突きつけるかの様に口にする。


「もっとも、その時の出会いは、ほんの一瞬のものだったがね」


 ふっ、と伯爵は懐かしげに笑う。その笑みの中に他意は感じられなかった。Gはカップを取り、よい香りを立てる茶に口をつける。


「可愛らしい、少年とも少女ともつかない、何かそれだけの存在に思えたね。いっそそのまま、その可愛らしい姿のまま、時を止めてしまったらどんなにいいか、と思った」


 もっとも、そんなことはしなかったがね、と伯爵は付け足す。


「そしてそうしかなったことを、後で私は安堵したね」

「そうなのですか?」


 口にしてから、ひどく間の抜けた問い方だ、とGは思った。しかしそう思ったことは間違いない。


「最初に会ってから十年くらい経った頃に、再び出会うことができた。これは奇跡だったね。何せ当時の地球上の人口ときたら、今だったら窒息しそうな空間に人間がひしめきあっていたのだから。信じられない様な狭い場所に、高い金を支払って、皆その中で精一杯生きていたね。私はそんな精一杯生きる人間達の生気というものはとても好きだったよ」


 ふふ、と伯爵は笑った。続きを、とGはうながした。


「まあそう急かさないでくれないか。何せ長い時間のことだ。幾ら自分自身の過去とは言え、幾つも幾つも一度に思い出せる訳ではない。そうだろう? 過去を封じたことも、君にはあるのだし」

「…それは」

「いや、それは今は別問題かな」


 かたん、と伯爵はカップを置いた。


「君は何故、地球に人間が住めなくなったのか、知っているかね?」

「…さあ」

「花だよ」

「花?」

「花の形をした生物が、地表を埋め尽くしたのさ」

「…はあ」


 なかなかそれは、Gにとって想像しにくい光景だった。


「それが何故か、なんて知らないが、そうなったのは事実だし、そのせいで人間は住めなくなった。意志を持ったその花は、地上のあらゆる機械と共存を始めたのだからね。機械が、意志を持った」


 ふっとその時、彼の脳裏には同僚の姿が浮かんだ。レプリカントというのも、意志を持ってしまった機械ではなかっただろうか。


「それまで特権的に地球に住んでいた人間も、次第に宇宙へ飛び出し始めた。私はそれが厳しくなる前に、既に他の惑星に住む場所を移しておいたので、閉じこめられることはなかったが…あの方は、ぎりぎりまで、あの場所に居たのだという」

「地球に」

「そう、地球に」


 伯爵はうなづいた。


「あの方は地球を非常に愛していた。花に覆われた惑星となってしまっても、ずっと。だからそのままその地表で朽ちてしまっても良い、と考えていたのかもしれない。ただ、それをあの方の周囲は許さなかった」

「周囲」

「彼はその頃も、社会の中で『上』に属する一族の中に居たのだよ」


 それはあのひとに似つかわしい、とGも思う。


「彼がどれだけ地球の上で生きていたい、と思ってもそれは許されない。しかし彼は強情だった」


 あの方から聞いた話だがね、と伯爵は付け足す。そういうことを言うこともあったのか、とGは驚く。古い馴染みなら、それは当たり前のことなのだが。


「無理矢理眠りにつかされ、宇宙へと彼は連れて行かれた。決して何があっても、もう戻ろうなどと考えられない距離に来るまで、彼は眠らされていた。船の中では、奴隷の卵から生まれた子供達が、成人していたくらいの年月をね」

「奴隷、だって?」

「彼が乗った船は、特権階級の船だったのだよ。その特権階級は、出かける前に、あらかじめ、自分たちに仕える者を仕込んでいった、と考えられる」

「…」


 ひどい、と考える自分と、奇妙なほどに、合理的だ、と考える自分がGの中で並んで立つ。


「…そんなことが、当時、許されたのか?」

「許される許されない、じゃないねG。それは起こったことなのだ。彼らは自分たちが下働きであったり、この船なら船の、整備をするために、手を機械油に汚す自分達という姿を思い浮かべることができなかった、それだけだ。そういうものは、あくまで、他の誰かがするものだ、と幼い頃から仕込まれた、ある意味可哀相な人種だ。上に君臨していると思っているが、実は支配している下の者が居なくなったら、何もできずにそのままのたれ死にしてしまう様な」


 吐き出す様に、伯爵は一気に言った。


「しかしあの方はそうではなかった。目覚めた彼は、自分の知らぬ間に起きた状況に憤り、たった一人、抵抗をした」

「抵抗を」


 それはGの中にある盟主の姿からは想像ができないものだった。抵抗。はなはだしく、彼とは似つかわしくない言葉。君臨するのが何よりも似合うあの姿に、抵抗。


「彼は決して狭くはない船内で、同じ支配層の中で同志を作り、本格的に抵抗を始めた。しかし結局は多勢に無勢。彼は捕らえられ、奴隷の集団の生活区域に落とされた」

「…」


 想像が、つかない。Gは言葉を失う。


「しかしそれからが、やはり彼だったのだ」


 伯爵は目を伏せる。


「その落とされた場所で、彼はそこに住む者達に、自分達がどんな扱いを受けているのか、知らしめた。同じ人間であるのに、何故その様に生まれた時からの違いがあるのか、それが果たして妥当なものなのか」


 生まれた時からの、違い。Gは、Mがそれを口にするのが不思議に思える。生まれた時から、違うのは、自分だってそうなのだ。それがどんな違いであろうと。


 ただ、妥当であるか、と問われれば。


「彼らの中にも、同じことを考える者は居たのだ。素直な人間達を選んだ、と思っていた支配者層達も、遺伝子段階で選別はできなかったらしい。中には危険なことを考える頭の回る者もいて、それが彼に同調し始めた」

「初めは、一人…?」

「そう。彼は一人で落とされた。首謀者として、見せしめとして。徒手空拳、何もなく、ただ自分のその身一つで、それを訴えたのだ」


 その時には、あのひとは、雄弁だったのだろうか。Gはふと自分のその想像に苦笑する。これもまた、想像ができない。雄弁なMなど。


「…彼とて、始めからあの様に無口であった訳ではない」


 そんなGの感情を読みとったかの様に、伯爵は言葉を続けた。

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