「そんなのは放っておいて、作業に戻るぞ」
恥ずかしさでアルマジロと化してしまった那須先輩を見放してマノ君はマウスのホイールを一気に回転させる。
「そんな速さで大丈夫?」
画面が流れる速度がかなり速かったので僕は心配になって声を掛けた。
一番効率よく多くの投稿を見ようとすると、どれも投稿日が表示されなくなってしまう。
つまり、どの投稿が事件の起きた一年前のものかパット見ではわからないのだ。
一年間で投稿してる数が多いのか少ないのかで、どれだけ投稿を遡ればいいのかが大きく変わる。
しかし、投稿された量がどのくらいかはわからないので結局は目視でスクランブル交差点を写した投稿を見つけるしかない。
投稿が少なければ問題はないけど、投稿が多ければ確認する手間も見落としも多くなってしまう。
そして、今回マノ君が調べているアカウントは投稿の数が結構多い。
それなのに、マノ君はたくさんの投稿を見落としそうな勢いで画面をスクロールしている。
そんな姿を見て僕は見落としていないのか心配せずにはいられなかった。
「大丈夫だ。全部見えてる」
画面の流れる速さと連動するようにマノ君も目まぐるしく瞳を動かしている。
そう言えば、以前にマノ君は大勢の人が溢れる中から犯人を見つけていたことがあった。
マイグレーターというのもあるんだろうけど、そもそもマノ君は動体視力がとても良いのかもしれない。
「相変わらず、スゲー目してんな」
上から画面を覗き込んだ丈人先輩が関心しつつも呆れている。
やっぱり、マノ君の動体視力の良さはマイグレーターだからという理由だけではないようだ。
「そうか?」
そんなに大したことではないとマノ君は謙遜からではなく、本心で言っているようだった。
「ッ! 見つけた」
マノ君はマウスのホイールを回転していた手を突如止める。
下にスクロールし過ぎた分だけ画面を調整するようにゆっくりと上にスクロールする。
すると、スクランブル交差点と思われる写真や動画の投稿がいくつか上がっていた。
「え!? 見つかったの?」
マノ君の見つけたという声に反応して、女性陣もどれどれと集まって来る。
那須先輩もアルマジロから無事人間に戻れたみたいだ。
「まだ、顔が写っているかどうかはわからないぞ。事件当時のスクランブル交差点を映した投稿が見つかっただけだ」
いくつかの投稿の中から適当に一つの投稿をクリックしてマノ君は日付を確認して、事件当時のものだと判明したことを告げる。
「そうなんだ。でも、これだけあったらすぐに見つかりそうじゃない?」
期待を膨らませて美結さんが早く見てみようよとマノ君からマウスを借りて操作する。
だけど、美結さんの期待とは裏腹に写っているのは周りの建物や自分達の自撮り写真ばかりで、肝心の周囲の人の顔は見切れていたりぼやけていたりで、広崎さんすら写っていなかった。
「ねぇ、なんで! 全然、写ってないんだけど!」
期待外れどころか事件に関係しそうな手掛かりすら見つけられなかった美結さんが肩透かしを食らう。
「まぁ、そう簡単には上手くはいかないよねぇ~」
世の中そんなに甘くないと丈人先輩がひらひらと手を振って近くのデスクにもたれかかるように座る。
「すぐ見つけられると思ったんだけどな~」
ありがとうと言ってマウスをマノ君に返して、美結さんが残念そうに画面から離れる。
「振り出しに戻ちゃった感じだね。もう一回、今度は違う人の顔で試してみよっか」
「じゃ、今の人の反対側に居た人とかどう? 結構、顔もはっきり映っていたと思うんだけど」
「あ~、どうでしょう。さっきの人、外国の方だったじゃないですか。たぶんですけど、日本とは違うSNSを使っていると思うので少し調べづらいかもしれませんよ」
「あー、それは確かに」
市川さんと那須先輩は美結さんとは対照的に次の調査対象の選定に切り替えていた。
「それなら、今度は違う映像から探してみましょうか」
「いや、その必要はないかもしれないぞ」
僕の提案に待ったをかけたマノ君がこっちを見ろと合図を送って来た。
促されるようにマノ君が示した画面を見ると、このアカウントの持ち主である若い女性がスクランブル交差点を横断している最中の動画が流れていた。
美結さんが調べていた時は写真の投稿ばかりだったけど、動画形式の投稿を確認するのを忘れていたみたいだ。
数十秒の短い動画で、ちょうど終盤にさしかかった辺りでマノ君が動画を止めた。
「あ!」
思わず声を上げてしまったのは、画面の右端に広崎さんの横顔が映っていたからだ。
そして、マノ君はそのまま動画を再生する。
動画が進むと広崎さんは動画の撮影者である若い女性を抜き去って行く。
そのすぐ後、広崎さんは前を歩いていた黒髪で背が高めの若い男性を抜き去る時に軽く肩と肩でぶつかっていた。
後ろから急に肩をぶつけられたことに驚いて振り向いた若い男性は細目が印象的な顔立ちだった。
一方で、広崎さんは気にも留めずにそのまま歩いて行った。
そこで動画は終わっていた。
マノ君はタイムバーをいじって、細目の男性が振り返って顔がはっきりと映った場面で動画を一時停止する。
「コイツだな」
ぶっきらぼうに言い放って、マノ君は椅子の背もたれに勢いよくもたれかかった。
それとは対照的に僕達は画面を食い入るように見ていた。
濃い霧に覆われたみたいに何もわからなかったはずの本当の犯人が今、画面越しで目の前にいることに目を離せなかった。