「この人が……犯人?」
画面に映っている細目の二十代前半くらいの若い男性。
広崎さんに肩をぶつけられたことで振り向いたこの男性は不気味なほど無表情に広崎さんを見つめていた。
そう感じてしまうのは僕がマノ君からこの人が広崎さんの体を乗っ取って事件を起こしたマイグレーターだと事前に言われたからなのだろうか。
何も知らない人から見れば、ただの一般人にしか見えないのかもしれない。
でも、動画が終わる直前にこの細目の男性の口角が裂けたように上がっていたのを僕は見逃さなかった。
「あぁ、コイツで間違いない」
獲物を見つけた肉食獣のような鋭い眼光でマノ君は画面を凝視する。
「なんで、この人がマイグレーターだって言い切れるわけ?」
よく見えないと、マノ君の頭を無理やり下に押しやって美結さんが細目の男性を指さす。
「お前は何年六課にいるんだよ? そんなの広崎の記憶と一致したからに決まってんだろ」
マノ君の頭が上がらないように抑え込んでいた美結さんの手を頭から払いのけて、マノ君は呆れ果てる。
「あ、そっか。アンタ、広崎さんにマイグレーションしたんだっけか」
マイグレーションを行うと入れ替わりなどの現象だけではなく、相手の記憶を全て視ることができる。
このマイグレーションの特徴を活用するために今回、広崎さんにマノ君はマイグレーションをしたのだ。
「けどさ、記憶で犯人の顔を見てんなら、こんな回りくどいやり方で調べないで直接調べればいいじゃん。ほら、犯人を見た人にいろいろ質問して犯人の顔を描くやつみたいな感じのやり方で」
美結さんは宙で手を動かして似顔絵を描くジェスチャーをする。
「モンタージュのこと?」
「そう、それそれ!」
美結さんがジェスチャーをしてまで説明していたのはモンタージュという単語が出てこなかったからみたいだ。
そんな美結さんを見てモンタージュのことかと即座に助言できる市川さんはすごいと思う。
小さい頃からの幼馴染だからこそ成せる技なのだろうか。
「で、そのモンタージュを描いたらどうするんだ?」
「え? そのモンタージュを皆で共有して映像に映ってないか調べればいいじゃん」
「それだと、こないだやっていたことと何も変わんねぇだろ」
マノ君は美結さんのおでこに人差し指を乗せてグイッと押す。
押された力に耐えきれず、美結さんの首が軽く後ろに倒される。
「じゃ、じゃあ、そのモンタージュを使って画像検索をかけるとかは?」
首を起こしながら、リベンジをかける美結さん。
「似顔絵を画像検索にかけたとこで、まともな結果が返ってくるとわけねぇだろ。似ているような顔がたくさん出てきて、余計に混乱するだけだ」
「ダメか~」
「なんでお前はそんなにモンタージュにこだわるんだよ?」
「だって、モンタージュ使って捜査とかしてみたいじゃん。こういう顔の人知りませんかって、聞き込みとかしてみたくない?」
「その気持ち僕もわかるな」
なんか、刑事ドラマのザ・刑事って感じがする。
「変な同調をするな、伊瀬。コイツが調子に乗る」
怒られた僕はマノ君に小突かれる。
「ってか、お前さ」
「ん、なによ?」
僕の同調を得てマノ君の指摘通りに調子の乗っている美結さんが強気に出る。
「最近話題になったネトフリの三億円事件のやつ見ただろ?」
「え!? なんで、わかったの!?」
「お前、わかりやすいんだよ。そうやって、すぐ影響されんだから。市川だって、わかっただろ?」
「そうなの日菜っち!?」
「うん、まぁね。美結のことだから、そうかな~とは思ったよ」
「……う、なんか超恥ずかしんだけど」
美結さんが恥ずかしそうに顔を背ける。
そして、背けた先には那須先輩が待っていた。
「わかるよ~、美結ちゃん。神作に出会うと影響されちゃうよね。推しキャラの話の語尾や口癖を次の日から真似しちゃうとかさっ!」
「う゛っ……」
那須先輩に追い打ちをかけられたことで美結さんが意気消沈する。
「ただ、真面目な話今回はモンタージュの作成はしようとしてもできなかった」
「どういうこと? マノ君は広崎の記憶でこの細目の男を視たんだろ?」
記憶で視たのにモンタージュができないのはおかしいとマイグレーターである丈人先輩が不思議がる。
マイグレーションで相手の記憶が全て視える感覚を体験しているからこそ、余計に不思議に思ったのかもしれない。
「そうなんですけど、広崎は細目の男の顔をまともに見てなかったんです。この時だって、見向きもしていない」
マノ君は動画を少し巻き戻して広崎さんが細目の男性にぶつかったところで止める。
たしかに、広崎さんはぶつかった細目の男性に一瞥もくれずにそのまま歩いて行っている。
「唯一、コイツの顔を視界に入れたのは広崎がマイグレーションされる直前でした。そのせいで相手の顔の解像度はボヤボヤだったんです。いくら相手の記憶が全て視れても相手が忘れていて記憶がない場合だと、同様に俺達も視ることができませんから」
「そういうことだったんだ。それで今、これを見て補完されたってことか」
丈人先輩が細目の男性を改めてまじまじと見る。
「補完されたってどういうことですか?」
「あ~えっとね、伊瀬君もさ思い出せそうで思い出せないことってあるでしょ?」
「はい、あります。テストの時なんかしょっちゅうです」
「その気持ち俺もすっごいわかるよ。それでさ、テスト中は思い出せなくて終わった後に教科書をパッと見ただけで鮮明に思い出す感じわかる? マノ君が犯人の顔を見て感じたのってその感覚に近いんだよ」
「なるほど。そういう経験、何度もあったので今の説明とってもわかりやすかったです!」
「え? あ、そうか?」
思ったことをそのまま口に出しただけなのだが、丈人先輩は思いのほか嬉しそうにする。
もしかすると丈人先輩はマイグレーターにならず六課に入ることもなかったら、学校の先生にでもなっていたのかもしれないと僕はありもしない未来を一人勝手に妄想してしまっていた。