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第12話

 次の日、日南隆二は業務課を訪れた。始業前に会っておきたい人がいるのだ。

 いくつもあるオフィスの中、六組という表示を見つけて足を止める。

 もうすでに相手が来ているといいのだが……と、少し緊張した直後だった。

「どうしたんですか、日南さん」

 はっと振り向くと千葉がこちらへ来るところだった。

「千葉くん、君に聞きたいことがあったんだ」

 と、日南はほっとして頬をゆるめる。

 千葉は慣れた手つきで職員証を機械にかざし、扉を開いた。

「どうぞ、中で聞きましょう」

「ありがとう」

 彼に続いて室内へ入り、日南は鞄をロッカーへしまう千葉へたずねる。

「去年、大雨の降った日があったらしいね。その時に事故があったって聞いたんだけど」

 すでに出勤していた「幕引き人」たちが、怪訝そうに日南を見てくる。

 一方で千葉は目を丸くして日南を見つめたが、開いた口からは何の言葉も出てこない。

「え、何? どうしたの?」

 戸惑う日南へ、千葉は平静を取り戻して言う。

「いえ、僕もついこの前、それについて調べていたものですから」

「えっ、そうなの!?」

 意外な一致に日南も驚き、千葉はロッカーの扉を閉めてデスクへ向かう。その背中を追いながら日南は言った。

「知ってることがあれば、ぜひ教えてほしいんだ」

「残念ですが、大した収穫はありませんでしたよ。昼休み、食堂に来ますよね?」

 と、千葉が日南を振り返る。

「うん、行くよ」

「では、その時にくわしく話します」

「分かった。ありがとう、千葉くん」

 幸運なことに調べる手間が省けた。

「それじゃあ、また後で」

「ええ、また」

 返しながら千葉が椅子を引いて腰を下ろす。

 無事に話がついたことに安心し、日南は早々に立ち去ろうとして扉へ向かう。

 すると、扉が開いて田村が出勤してきた。

 思わず目が合ってしまい、日南はとっさに「おはよう」と返したが、田村は少し眉間にしわを寄せると、何も言わずに横をすり抜けていった。

 気まずい。日南は無視されたことにもやもやしたものを覚えながら、さっさと廊下へ出た。


 にぎわう食堂の窓際の席で、日南は千葉と向かい合っていた。田村の同席はなく、久しぶりに二人になれたと日南は安心する。

 冷やし担々麺に箸を入れながら千葉がたずねた。

「やはり、北野響ですか?」

「うん、俺がここに来る前の事故だから知らなかったんだけど、車に轢かれて死んだって聞いてさ」

 日南は自然とうつむき加減になり、冷やし中華をすする。

「ええ、たしかに被害者の名前です。あの日は降雨装置の試験運転が実施されていましたが、誤作動で大雨が降ったんです」

 千葉はどこか遠い目をしながら話し始めた。

「場所は三区の繁華街。午後十時頃、車道に飛び出して死亡したのが北野響でした。彼女は酒に酔っていたそうです」

「他に情報は?」

「ニュースで報道されたのは、被害者が『幕開け人』と称して、終幕管理局に対抗しようとしていたことです」

「どうしてそれが分かったの?」

「警察の発表によると、彼女のデバイスに『幕開け人』としての活動に関する構想が記録されていたそうです。つまり『創造禁止法』に違反する犯罪者であるとし、以降、事故に関する報道は途絶えました」

 日南は少し間を置いてから言う。

「それ、事故じゃなくて殺人だったりしないかな」

 真偽の判断に迷うように、千葉が少し目を細めた。

「何故、そんなことを?」

「うん。俺の会った『幕開け人』は北野響を名乗っていたんだ。もしただの事故であれば、わざわざ故人の名前を名乗るのはおかしくないか?」

 日南の言葉を咀嚼しようとするように、千葉は押し黙る。

「事故に見せかけた殺人なんてよくある話だし、もしかしたら犯人がいるかもしれない。だからこの事故について、少し調べてみたいんだ」

「手がかりはあるんですか?」

「いや。だけど、走り去る人影を運転手が目撃していたらしい、とは小耳に挟んだ」

 千葉がいぶかしげに目を瞠った。

「初めて聞きました。そんな話があったなんて……」

「興味、出てきた?」

「……いえ、ですがあれは事故で」

「それじゃあ、どうして千葉くんは事故について調べていたの?」

 日南の質問に千葉はため息をついた。

「虚構世界で北野響の偽物に会ったからです。僕は生前の彼女を知らないので分かりませんが、先輩の土屋さんは彼女を知っていました。以前、同じ劇団に所属していたそうです」

「へぇ、劇団にいたのか」

「なので、何が起きているのか気になって……それだけです」

 もう一押しすれば彼の協力を得られると日南は思った。しかし、慎重に言葉を選ばなければならない。

「もし仮に事故ではなかったとして、どうして犯人は捕まっていないんだろう? もしかしたら、国のお偉いさんが犯人かもしれないな。だから殺人ではなく事故として警察は処理した。そうは考えられないかな?」

「まさか、犯人を隠蔽したと?」

「ありうる話だよ。さらに言えば、ここは終幕管理局。事実をなかったことにすることなんて、簡単にできるじゃないか」

 千葉は疑いを抱いたのだろう、それとなく周囲を見回した。

「もっと言えば、被害者は『幕開け人』だったんだ。ここの人間なら十分に動機がある。いわば、世界の敵でもあったんだから」

「……そうかもしれません」

 日南の言葉に千葉は返した。

「考えてみれば、ただの事故だった場合、被害者のデバイスを警察が見ることなどないはずです。『幕開け人』だったという情報も、わざわざ公表する必要はありません。つまり、警察は事件であることに気づいていた。でも、それを権力で握りつぶしたがために、目眩めくらましとして彼女の情報を世間に出したのでしょう」

 千葉の推理に日南はたしかな手応えを感じた。

「それじゃあ、俺と一緒に調べてくれるか?」

「ええ、真実が知りたくなってきました」

 鋭い目つきで答える千葉へ、日南は真剣に問う。

「先に聞いておくけど、君の知ってる人が犯人だったとしても、いいんだな?」

 少し動揺したのだろう、千葉は目を泳がせてからそっとグラスに手を伸ばした。水を一口飲み、グラスを元の位置へ置いてから、覚悟を決めたように日南を見る。

「もしそうだとしても、身内贔屓びいきをするつもりも、かばうつもりもありません。犯罪者であることに変わりはないんですから」

 力強く、頼もしい言葉だった。

 日南は安堵し、にこりと微笑んだ。

「ありがとう、千葉くん」

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