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第13話

「あれ? ゴミ箱の十四番、また復活してますね」

 虚構世界管理部の一角で、職員の一人がモニターを見つめながらつぶやいた。

 彼が見ている画面には、アカシックレコードの情報をリアルタイムに示す3D映像が表示されていた。

 隣席の職員がコーヒーカップを片手に、横からのぞき込みながら言う。

「ああ、『終末ミステリ談議』のことだろ? 何回消しても復活するから、最近じゃもう放置することにしてるよ」

「それじゃあ、もう気にしなくていいんですね?」

 隣席の職員は軽くため息をつきながら返答した。

「そういうことだ。消したって、どうせまた復活するんだから、見なかった振りをするのが正解ってわけ」

「なるほど、分かりました」

 若い職員はその言葉に素直に従い、すぐにマウスのカーソルを動かした。


 図書室へ入ると、めずらしく北野が一人で本を読んでいた。

「お前がここにいるなんてめずらしいな」

 と、日南梓が声をかけながら近づくと、北野は本から顔を上げて返す。

「ずっと部屋にいるのも退屈だから」

「まあ、そうか」

 彼女の向かいへ腰かけて、日南は問う。

「でもお前、ずっと眠ってたんじゃないのか?」

「少しは起きてたよ」

 北野は本にしおりひもを挟み、テーブルへ置いた。彼女が読んでいたのは、横山秀夫の「ノースライト」だった。

「新しい情報は入ったか?」

 たずねた日南へ北野は頬杖をつきながら言う。

「うん、ちょっとおもしろいことになってきた、かも」

「おもしろいことって?」

 本の表紙を指先で撫でながら、北野は答える。

「あのね、日南隆二が仲間になってくれるんだって」

 聞き覚えのある名前にはっとして、日南は彼女を凝視する。

「それって、たしかオレたちの……」

「うん。日南さんたちの生みの親で『理不尽探偵』の作者」

 北野はくすっと笑い、日南を見る。

「彼ね、今恋してるんだって」

「……」

「好きな人の物語、取り戻そうとして『幕開け人』になろうとしてるの」

 日南梓は内心ではっとしたが、表情には出さずに黙っていた。

 北野はかまわずに続ける。

「しかもそれがね、なんとあの蛹ヶ丘魔法学校なんだって」

 嬉しそうに微笑む彼女の気持ちを、日南は瞬時に察した。同時にあの、懐かしい彼らのことが思い出されて、少し胸が切なくなる。

「マジか」

「マジだよ。作者である彼女が望んだことではあったけど、消したら精神的に不安定になっちゃったらしいんだ。智乃と同じ」

 そう言うと北野は席を立った。日南へ背中を向け、震える声で言う。

「想像した物語ってね、すべて宝物なんだよ。絶対に失くしちゃいけないものなの。でも、そうと気づかずに消しちゃったんだね。自業自得なのにさ、日南隆二は彼女のために、今度は終幕管理局を裏切ろうとしてるんだ」

「ややこしいな」

 と、日南は軽く苦笑する。

「でも、弟たちは簡単に彼を信用しなかった。わたしを殺した犯人を見つけることができたら、仲間として認めるんだって」

 現実世界に居場所のない北野を、日南は複雑な思いで見つめる。

 北野はわざとらしく明るい声で言った。

「どう? おもしろいことになってきたでしょ?」

「……ああ」

 日南は腰を上げると、小刻みに震える彼女の肩を抱きしめた。

「悲劇を繰り返させないために、オレの作者は決意したんだな」

「っ……」

 北野が体の向きを変え、日南の肩に頭を埋める。日南隆二がしようとしていることは、かつての北野響と同じだった。

「でも、彼の方にも条件があって……『理不尽探偵』を返してほしいんだって」

「返す?」

 日南の背に腕を回し、北野はくぐもった声で言う。

「そう。記憶の核を取り戻せたら、弟に譲った権利を、作者という立場を返すことで決まったの」

「ああ……そうか。今のオレたちを想像しているのは、お前の弟なんだったな」

 日南隆二が何を考えているのか、日南梓には分からない。想像する人間が変わったところで変化を自覚することもない。

 しかし、現実世界では着々と事態が進んでいることだけがたしかだった。


 千葉の部屋へ来たのは二度目だった。

 食卓で向かい合って座り、彼の作ってくれた手料理を堪能しながら、日南隆二は推理してきたように話をする。

「昼間も話したように、終幕管理局の中の誰かが犯人だとしたら、その事実を消去した可能性がある。もちろん隠蔽ってことだから、ある程度地位のある人だと考えられるな」

「さっそく検索してみましょう」

 千葉は食卓の端に置いていたノートパソコンを手元に引き寄せ、操作し始めた。

 真剣な顔でキーボードを打つ彼を見ながら、ふと日南はたずねた。

「前からちょっと疑問だったんだけど、そのパソコンでアカシックレコードの検索ができるってどういうこと?」

 ちらりと日南を見てから千葉は答える。

「これは元々、研究のために使っていたものですよ。情報を解読するのに、検索できなければ意味がなかったので」

「じゃあ、終幕管理局とは別ってこと?」

「ええ、そうなります」

 そういえば千葉は天体物理学を学んでおり、アカシックレコードもとい惑星インフィナムの調査にも行った人間だ。研究用だと言われれば納得できた。

 やがて千葉が喉の奥でうなった。

「ありませんね……日南さんの言う通り、消されているかもしれません」

「本当に?」

 と、日南は神妙にする。

「分類としては些事記憶のはずなので、虚構記憶のように細かく検索するのは難しいんですが……それにしても見つかりません」

「じゃあ、やっぱり上層部なのか。となると、敵だから殺した、という動機も成り立ってくるな」

「ええ」

 千葉はノートパソコンから手を離し、今度は手首に装着した小型のデバイスを動かした。アドレス帳を見ながら彼が言う。

「上層部となると、まず局長である嵯峨野さがのさんですね。それから虚構世界管理部の部長、川辺かわべさん。開発研究部の部長の頼成らいじょうさんに、総務部の部長の相田あいださん」

「他には?」

「創設初期からのメンバーを含むとすれば、もっと数は増えますが、ざっと三十人くらいにはなるかと」

「うーん、容疑者が多いな。やっぱり上層部に絞って調べた方がよさそうだ」

 そう返した日南だが、局長は当然として、部長クラスに近づくのは容易ではない。課長であっても、直属の関係がなければ顔見知りになるのがせいぜいだろう。

 すると千葉が平然と言う。

「開発研究部には顔が利くので、僕が調べますよ。虚構世界管理部の方とも知り合いになりましたし、川辺部長についても調べられるでしょう」

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