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第14話

 日南隆二は驚きのあまり「えっ、マジで?」と、声を上げてしまった。

 千葉はさも当然といった様子で返す。

「僕が『幕引き人』になったのは去年のことですが、惑星インフィナムの調査員として、パソコンの仕様設計に関わったんです。それで度々、開発部から相談を持ちかけられるんですよ」

「うわあ、やっぱり千葉くんってすごい人なんだ」

 感激や憧れ、少しの嫉妬も含めて日南が言うと、千葉はにこりと笑った。

「僕はただ運がよかっただけです」

 成功者の言葉だと日南は思った。

 きっと千葉なりに努力はしたのだろうが、それらすべてが最良な形で結実している。ただでさえ裕福な家の生まれでアメリカの大学を卒業しており、さらに背も高く、顔立ちもどちらかと言えば整っていて、料理上手で紳士的な性格で、文字通り完璧な男だ。

「うらやましいな……」

 ため息まじりに日南が笑うと、千葉は反応に困ったのか、真面目な顔へ戻る。

「話を戻しましょう」

「ああ、そうだったね」

 日南も真剣な表情を作り、姿勢を正すとともに座り直した。

 千葉が開きっぱなしにしていたアドレス帳を閉じて言う。

「総務部の相田部長については日南さんの方が調べやすいでしょうから、そちらにお任せします」

 記録課は総務部の一部署であり、たしかに日南隆二の方が近い位置にいる。しかし、もっとも気になるのがトップである。

「じゃあ、局長は?」

 千葉は考えてから言った。

「それとなく探ってみます。開発研究部の頼成部長は、たしか局長と親しかったはずなので」

「そっか。分かった」

 うなずく日南だが、ふと心配になった。

「けど、千葉くんにばかり任せて申し訳ないな」

「言われてみれば、比重が偏っていますね」

 と、千葉が気づいて苦笑する。

「ですが、何かを調べるのは好きなのでかまいませんよ」

「そう? 負担になってなければいいけど」

「ええ、大丈夫です」

 にこりと笑う千葉につられて日南も口角を上げた。

「それならいいんだ。じゃあ、よろしく頼むよ」


 記録課のオフィスで一人、日南は始業の時刻が来るのを待っていた。今日も一坂は休みらしい。

 ふいに扉が開き、やや肥満体型の男が中へ入ってきた。総務部の相田部長だ。

「おはよう」

 と、声をかけられ、日南は緊張してその場で背筋を伸ばす。

「おはようございます」

 相田はデスクの近くまで来ると日南を見た。

「長尾課長についてだが、一昨日、辞表が提出された。今日から一ヶ月間、有給申請が出されている。おそらく、彼がここへ来ることはもうないだろう」

 計画のうちだった。日南は落ち着いて受け答えをする。

「課長から聞いています」

「それならいいんだ。そういうわけだから後任が決まるまで、君たちだけで仕事をしてもらうことになるが、大丈夫そうか?」

「ええ、どうにかなると思います。元々少人数ですし」

「そうか。もし何か困ったことがあれば言ってくれ。応援が必要なら考えよう」

「ありがとうございます」

 形だけ礼をした日南に相田はうなずき、くるりと背を向けた。

 彼が扉の向こうへ消えるまで見送り、日南はふうと息をつく。こうなることを見越して用意したのが自動化プログラムだった。

 一坂がいつ復帰できるか分からない現状、日南だけで仕事をしていてはいずれ遅れが出る。一人で二人分の仕事をするのは厳しいため、機械に頼ったのだ。

 始業時刻を知らせる音が鳴り、日南はマウスを握るとボタンをクリックした。自動的にデータ入力が始まり、日南はぼーっと画面をながめた。


 昼休みに入るなり千葉は田村へ声をかけた。

「すまない、楓。今日は開発研究部に用があるから、昼食は売店で買って食べるよ」

「えっ、食堂行かないのか?」

 きょとんとする田村へ、千葉は申し訳なく感じ眉尻を下げて笑った。

「ごめん」

「……分かった」

 残念そうにしょげる彼の頭を軽く撫でてやってから、千葉は足早に廊下へ出た。


 開発研究部は中庭をへだてた隣の建物にある。途中、売店で焼きそばパンとサイダーを購入して、千葉は開発研究部の扉をたたいた。

 秘密保持のため、こちらでは職員証が使えない。しかし、一定のリズムで扉をたたけば研究員が開けてくれるのだ。

「よう、千葉くん。何かあったか?」

 迎えてくれたのは類沢るいさわだ。三十歳前後の気さくな男性で、千葉とは仲がいい。

「この前の泡沫うたかた記憶の話です。あの後、どうなったのか気になりまして」

 にこりと笑いながら千葉は言い、室内へ足を踏み入れる。

「ああ、何回か試したよ」

「うまくいきましたか?」

「それがねぇ……あ、どうぞ座って」

 類沢にうながされ、千葉はいつものように空いた椅子へ腰かける。

「理論上は間違いないはずなんだけど、実際にやろうとするとダメなのよ」

 と、口を出すのは陸田りくただ。類沢よりいくつか年上の女性で、開発主任でもある。

 千葉は近くのデスクに昼食を置き、パンの包装を開けながらたずねた。

「具体的にはどのようにやったんですか?」

「泡沫記憶の集積地に入って、そこから二度離れた虚構記憶に向かって、破砕機を使ったの。でも、軽すぎるみたいで思った方向に飛ばなかった」

 言いながら陸田はデスクから離れ、千葉の方へ顔を向ける。

「泡沫記憶の挙動を制御できないってことですか」

「そういうこと。かといって虚構記憶の方は動かせないから、試行錯誤の繰り返しだよ」

 と、類沢がため息まじりに言い、千葉はパンを食べ進めながら考える。

 泡沫記憶は数ある記憶の中でももっとも軽く、簡単に消すことができる。しかし数があまりに多いため、数ヶ月前から効率よく消去する方法を模索しているところだった。

 何気なくデスクに積まれた資料へ目をやり、視界にとらえた文字を脳裏で意味へと変換する。記憶分子に関する単語が多かったが、一つ見慣れない英文が見えた。パラサイトドリーマーと書かれており、千葉はその単語を記憶すると同時にひらめく。

「ひとまとめにしてぎゅっと固める、みたいなことはできませんか?」

「固める……」

 類沢と陸田が顔を見合わせ、それぞれに考えを口に出す。

「いや、固めようとした時点で消えるかもしれない」

「悪くない考えだけど、それなら袋に詰めるイメージの方がいいかも」

「袋型の破砕機はさいき、作りますか?」

「そうね、試してみましょう。それで虚構記憶へ持っていければ、圧倒的に効率が上がるはず」

 類沢がボールペンを取り、メモ帳にさらさらと今の構想を書きつける。

 陸田はどこかうらやましそうな目をして千葉へ言った。

「やっぱり若い子のアイデアはいいわ、新鮮かつ斬新」

 千葉はいつものように笑みを返す。

「お役に立てたようでよかったです」

「で、それだけ? 何か私たちに聞きたいことがあるんじゃなくて?」

 と、陸田がにこにこと笑いながら身を乗り出し、千葉は少し驚いた。

「見透かされてましたか」

「千葉くん、けっこう分かりやすいもの。好奇心で目がうずうずしてる」

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