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第15話

 陸田の言葉に千葉は内心ぎくりとした。無自覚だっただけに、こうして指摘されると少しだけショックを受ける。とはいえ見抜かれてしまった以上、もう隠すことはできない。

 千葉は観念して正直に話した。

「実は今、去年の大雨の日について調べているんです」

 類沢が「ああ、誤作動で土砂降りになった日か」と、コーヒーをすする。

「僕はあの時、雨が降り出す前に帰宅できたのでよかったんですが、類沢さんや陸田さんたちはどうしていましたか?」

 千葉の質問に二人はそれぞれに答えた。

「私はたしか……学童へ子どもを迎えに行った頃だったわね。しばらく雨宿りしてたんだけど、なかなか降り止まないからタクシーで帰ったわ」

「俺は開発部に残ってたっけ。帰ろうとしたら大雨で、止むのを待ってたら深夜になっちゃったんだよなぁ」

 類沢と陸田の返答にうなずき、千葉は次の問いを投げかける。

「そうですか。ちなみに、他の方や頼成部長は?」

「さあ、そこまでは分からないけど……それより、どうしてこんなことを?」

 たずねた陸田へ千葉はにこやかに返す。

「あの日は誰にとっても忘れがたい日ですよね? 常に人工的な青空が広がっているコロニーで、あれだけの雨が降ったんです」

 類沢が何か思いついたのか、片手でパソコンを操作し始めた。

「しかも、あれを機に気象再現の反対運動まで起きたでしょう? もしかしたらあの雨が人生で最後の雨になるんじゃないか、なんて考えてしまい、他の人たちがどうしていたか気になったんです」

 千葉の説明を聞いて、陸田は呆れたように笑った。

「なるほど。また妙なことに好奇心が働いたわね」

「一度気になったことは調べないと気が済まないもので」

 と、千葉は軽く肩をすくめてみせる。

 すると、類沢が手招きしながら言った。

「去年の四月六日、頼成部長は学会に行ってるよ」

「え?」

 千葉は立ち上がって彼のパソコンを横からのぞき見る。

「雨が降った時間にはもう終わってたけど、たぶん他の研究者たちと会食してたんじゃないかな」

 表示されていたのは頼成のスケジュールだ。開発部には出勤しないことになっており、午後に学会のフォーラムがあった。

「そうですか、ありがとうございます」

 現時点では頼成のアリバイが成立するかどうか怪しい。会食が予定されていたとしても、北野響が殺害されたのは午後十時だ。常識的に考えて、そんな遅くまで会食が続いていたとは思えない。

 ひとまず考えるのをやめて、千葉は椅子へ戻った。


 人感センサーで自動で開くはずの扉が開かず、日南梓は呆然とその場にたたずんだ。

 数歩離れ、あらためて扉の前へ立ってみるが反応はない。

 すると横から声がした。

「大変だ、扉が開かない。しかも中ではヤツグが死んでいる」

 振り向けば、真剣な顔をしたユイである。しかし説明はいかにも棒読みで、日南は思わず苦笑した。

「これ、自動扉だろ。密室殺人には不向きじゃねぇか?」

 ユイはがっかりしたように肩を落とす。

「アズサ探偵なら、密室の開け方が分かるかと思ったのに」

「んなこと言われてもな……」

 困惑する日南を見て、ユイは気を取り直すと扉横へ移動して、壁につけられたボタンを押した。

 ようやく扉が開き、日南は「いい子だ」とユイへ言ってから、ダイニングキッチンへ入った。

 中ではヤツグが食器を洗っており、日南は適当な椅子へ座りながら言う。

「高木彬光の刺青殺人事件、読んだぜ」

「お、どうだった?」

 と、ヤツグが日南へ視線を向ける。

「おもしろかったよ。けど、探偵がなかなか出てこなくて、ちゃんと解決するのか不安になった」

「たしかに。だけど、神津恭介が出てきてからがすごかっただろ?」

「ああ、すごかった。密室の解き方もよかったな」

 するとユイがやってきて日南の向かいへ腰かけた。

「どんな密室だっけ?」

「内側から鍵のかかった浴室だ」

 ヤツグが答え、ユイは分かったような分からないような顔で首をかしげる。

「うーん、読んだはずだけど忘れちゃった」

「じゃあもう一回読み直せ」

 と、ヤツグが笑いながら言い、日南は話題を提起する。

「密室トリックはオレもいろいろ考えたけど、なかなか思いつかないんだよな」

「今じゃあ、人感センサーつき自動扉だもんな。電源を切れば密室になるが、トリックとは言えないよな」

 ヤツグが辟易して言うと、ユイが目をぱちくりさせた。

「あれ、もしかしてさっきの見てた?」

「聞こえてたよ。ユイの考えることなんてお見通しさ」

「マジかぁ……でも、たしかに難しいよね」

 ユイはうなだれてテーブルへ頬をつける。

「小説家の人たち、どうやって考えてたんだろう?」

「オレも知りたいな、それ」

 と、日南は頬杖をつく。

「密室だからいいってわけじゃねぇけど、読者の興味を惹くのは事実だもんな」

 食器洗いを終えたヤツグがこちらへ来ながら言う。

「時々、納得のいかない密室もあるけどな」

「再現性のないやつとかな」

「そうそう」

 ヤツグがスツールに座り、ユイは「再現性かぁ」とつぶやいた。


 仕事終わりに待ち合わせて千葉の部屋へ移った。

 千葉が夕食を作ってくれている間に日南隆二は言う。

「相田部長と少し話をしたけど、肝心の質問はできなかったよ。もう少し信頼関係を構築した方がよさそうだ」

「そうですか。こちらは頼成部長の当日の動きだけ、把握できました」

 フライパンを振るいながら千葉が返し、日南は問う。

「どんなだった?」

「頼成部長は午後から学会のフォーラムがあり、その後会食をしていたようです。ただし、被害者の襲われた時刻にはすでに解散していた可能性があります」

「会食か。そのフォーラム、ちょっと調べてみる」

 日南はすぐに自分のデバイスを使い、日時を含めて検索した。

「あ、これかな。第六回記憶還元技術フォーラム」

「ええ、それです」

「場所は一区のセンター前、終了予定時刻が午後六時か。会食をするとしたら一区内だろうけど、さすがに午後十時には解散してるだろうな」

 会食にかかる時間は平均二時間ほどで、長くても三時間だ。

「六時半から始まったと考えても、九時半には終わっていておかしくありません」

「そこから三区へ移動したとして三十分もかからない。十分に犯行は可能だ、とするべきだな」

「ええ、僕もそう思います」

 千葉は棚から皿を二枚取り出し、出来上がったチャーハンを半分にして盛る。

 考えを進めた日南は気づく。

「でも、そうすると被害者の居場所を知っていたことになるのか。つながりが見えてこないと、犯人とは言えないなぁ」

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