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第16話

「頼成部長は研究一筋の人です。被害者とどこでどう知り合ったのか、分かるといいんですが」

 と、千葉がチャーハンを日南の前へ置いた。大きな海老が三つも乗った海老チャーハンだ。

「わっ、海老だ」

「偽物ですけどね」

 くすりと千葉は笑い、キッチンへ戻ってグラスに水を注ぐ。

 日南は少しがっかりしながら言った。

「ああ、大豆か」

 地球の海産物はコロニーへ輸入されているものの、どうしても値段が張ってしまう。そのため、出回っているものの多くは大豆を使った代替品だ。香り付けや造形が見事なのでよく騙される。

「どうぞ」

 と、千葉が水の入ったグラスを置き、日南は笑顔で両手を合わせた。

「いただきます」

 千葉も向かいの席へつき、食事を始める。

「うーん、美味しい。本当に千葉くんは料理が上手だなぁ」

「ありがとうございます」

 日南はチャーハンを咀嚼しながらふとたずねた。

「けど、千葉くんってお金持ちだったよな? どうして自分で作ってるの?」

 千葉にとっては意外な質問だったらしい。彼は視線をそらし、ゆっくりと答えた。

「小さい頃から、何でも自分でやりたいんですよ。誰かにやってもらうのではなく、自分でやりたい。自分がやらなくてもいいことでも、やらないと気が済まないんです」

「へぇ、意外とわがままなのか」

「そうとも言えますね」

 視線を戻して千葉はくすりと笑い、続けた。

「だから、今回のことも自分で調べたいんです。誰が犯人で、どうして北野響が殺されなければならなかったのか、真実を知りたいんです」

 真摯しんしなまなざしに日南はうなずき返した。

「うん、調べよう。俺たちで真実を突き止めよう」

 どうして日南が事件について調べているのか、いつか千葉には話しておきたいと思った。彼の誠実な好奇心に報いなければ、それこそ彼への裏切りとなるだろう。


 朝食の席でユイが突然言い出した。

「ミステリーしりとりしよう」

「何だそれ」

 と、日南梓が呆れた顔を向けると、ユイは子どものようなあどけなさを見せる。

「作者でもタイトルでも、登場人物の名前や用語でもいい。とにかく、ミステリーに関する言葉でしりとりするんだよ」

「おもしろそう! わたし、やる」

 北野が興味を惹かれたらしく、そう言ってグラスの水を飲んだ。

「やった。アズサは?」

「まあ、付き合ってやるか」

 仕方なく受け入れ、日南はビスケットの残りをまとめて口に入れる。

「ヤツグはー?」

 ユイがキッチンにいる彼へ向かって問いかけ、ヤツグは返した。

「かまわねぇが、ユウマはどうした?」

 日南はそちらへ顔を向けて答えた。

「たぶんまだ寝てる。昨日から、宮部みゆきの『火車』読んでるから」

「徹夜本か。じゃあ、そっとしておこう」

 と、ヤツグが笑い、さっそくユイが言う。

「それじゃあ僕からね。えっとー、密室」

 ユイが視線をやったのは北野だ。

「つ、かぁ……積ん読はあり?」

「いいよ。じゃあ、次はアズサの番」

「え、くってことか? うーん……『クリスマスの殺人』」

 にやりと口角を上げてヤツグが言う。

「終わったな」

「あっ!」

 はっとする日南だったが、すぐに気づく。

「っていうかこれ、ミステリー限定だとすぐ終わるじゃねぇか! 殺人だの事件だの、んで終わるタイトルばっかりだぞ!?」

「あはは、バレちゃったかー」

 ユイはけらけらと楽しそうに笑い、ヤツグと北野もつられて笑った。


 昼休みまであと少しという頃、業務課六組のオフィスで千葉は同僚へたずねた。

「実は今、降雨装置について調べてるんです。去年、大雨が降った日、土屋さんはどこにいましたか?」

 隣のデスクにいた彼女は千葉を見てから首をかしげる。

「さあ、どうだったかしら……」

 すると田村が後ろから口を挟んできた。

「オレは独身寮まで走って帰ったぜ」

「近くではあるけど、濡れただろう?」

「ああ、びしょびしょだった。でもすげー楽しかった」

 と、まるで子どものように目を輝かせる彼を、千葉は微笑ましく思った。

「宇宙には雨なんてないもんな」

 八歳の時から宇宙で暮らしている田村にとって、あの大雨は非日常的な体験だったに違いない。

「田村くんって、やっぱり時々可愛いのよね」

 と、土屋が呆れたように言い、田村ははっと背中を向けてうつむく。彼が見た目に反して純粋であることは周知の事実だったが、やはり恥ずかしいようだ。

 くすっと笑ってから土屋がひらめく。

「そうだ、思い出した。お酒を飲みに行ったわ」

 すると今度はA班の樋上ひがみが口を出してきた。

「女一人で? ナンパされに行ったのか?」

「ダメですよ、樋上さん。セクハラ通り越してただの侮辱だし、時代遅れです」

 と、A班の深瀬ふかせがとりなし、土屋はむすっとして樋上をにらむ。

「別にいいですよ。わたし、そういうの気にしませんから」

 千葉は苦笑しつつ、樋上たちへ言う。

「よければ、お二人にも聞かせてもらえますか? 大雨の日、どこにいましたか?」

「あ?」

 と、樋上は嫌そうにしながらも、視線をななめ上に向けながら答える。

「たしか……とっくに家に帰ってた気がするな」

 深瀬もまた思い出しながら言う。

「俺は近くの喫茶店にいたよ。ちょっとお茶を飲むだけのつもりが、雨がひどかったんで夕食も食べていくことにしたんだ」

「なるほど」

 あくまでも参考のためにたずねたつもりだが、それぞれの返答にばらつきがあって興味深い。

「俺は残業してた」

 と、割り込むように入ってきたのはA班の班長、灰塚はいづかだ。

「前年度の片付けが残っててな。帰りたくてもあの雨じゃ帰れないから、しぶしぶ仕事してたよ」

 彼は六組の主任でもあるため、こなさなければならない事務作業も多い。千葉はすぐに理解を示してうなずいた。

「そうでしたか」

 するとB班の三人が戻ってきた。麦嶋むぎしまがこちらの様子を見て明るくたずねてくる。

「何なに? 何の話?」

「ああ、大雨の日にどこにいたかって話だよ」

 千葉の返答に麦嶋は返す。

「去年の? うーん、どうだったろ……たぶん、あたしはその時にはもう、寮に帰ってたかなぁ」

「僕は買い物がしたかったから、一区のショッピングモールに行ってたよ」

 と、三柴みしばが答え、班長の舞原まいはらも言う。

「雨が降り出したのは、保育園に子どもを迎えに行って帰る途中だったわね。子どもがはしゃいじゃって、なかなか家に入りたがらないから大変だったのを覚えてる」

 と、疲れたような顔をして見せる。子育て真っ最中の彼女にとっても、やはりあの日は忘れがたいものとなっていたようだ。

 千葉は何度かうなずきながら言った。

「ありがとうございます。参考にさせていただきます」

「参考って何のよ」

 と、土屋がツッコんだが、千葉は無言でにこりと笑い返した。

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