「頼成部長は研究一筋の人です。被害者とどこでどう知り合ったのか、分かるといいんですが」
と、千葉がチャーハンを日南の前へ置いた。大きな海老が三つも乗った海老チャーハンだ。
「わっ、海老だ」
「偽物ですけどね」
くすりと千葉は笑い、キッチンへ戻ってグラスに水を注ぐ。
日南は少しがっかりしながら言った。
「ああ、大豆か」
地球の海産物はコロニーへ輸入されているものの、どうしても値段が張ってしまう。そのため、出回っているものの多くは大豆を使った代替品だ。香り付けや造形が見事なのでよく騙される。
「どうぞ」
と、千葉が水の入ったグラスを置き、日南は笑顔で両手を合わせた。
「いただきます」
千葉も向かいの席へつき、食事を始める。
「うーん、美味しい。本当に千葉くんは料理が上手だなぁ」
「ありがとうございます」
日南はチャーハンを咀嚼しながらふとたずねた。
「けど、千葉くんってお金持ちだったよな? どうして自分で作ってるの?」
千葉にとっては意外な質問だったらしい。彼は視線をそらし、ゆっくりと答えた。
「小さい頃から、何でも自分でやりたいんですよ。誰かにやってもらうのではなく、自分でやりたい。自分がやらなくてもいいことでも、やらないと気が済まないんです」
「へぇ、意外とわがままなのか」
「そうとも言えますね」
視線を戻して千葉はくすりと笑い、続けた。
「だから、今回のことも自分で調べたいんです。誰が犯人で、どうして北野響が殺されなければならなかったのか、真実を知りたいんです」
「うん、調べよう。俺たちで真実を突き止めよう」
どうして日南が事件について調べているのか、いつか千葉には話しておきたいと思った。彼の誠実な好奇心に報いなければ、それこそ彼への裏切りとなるだろう。
朝食の席でユイが突然言い出した。
「ミステリーしりとりしよう」
「何だそれ」
と、日南梓が呆れた顔を向けると、ユイは子どものようなあどけなさを見せる。
「作者でもタイトルでも、登場人物の名前や用語でもいい。とにかく、ミステリーに関する言葉でしりとりするんだよ」
「おもしろそう! わたし、やる」
北野が興味を惹かれたらしく、そう言ってグラスの水を飲んだ。
「やった。アズサは?」
「まあ、付き合ってやるか」
仕方なく受け入れ、日南はビスケットの残りをまとめて口に入れる。
「ヤツグはー?」
ユイがキッチンにいる彼へ向かって問いかけ、ヤツグは返した。
「かまわねぇが、ユウマはどうした?」
日南はそちらへ顔を向けて答えた。
「たぶんまだ寝てる。昨日から、宮部みゆきの『火車』読んでるから」
「徹夜本か。じゃあ、そっとしておこう」
と、ヤツグが笑い、さっそくユイが言う。
「それじゃあ僕からね。えっとー、密室」
ユイが視線をやったのは北野だ。
「つ、かぁ……積ん読はあり?」
「いいよ。じゃあ、次はアズサの番」
「え、くってことか? うーん……『クリスマスの殺人』」
にやりと口角を上げてヤツグが言う。
「終わったな」
「あっ!」
はっとする日南だったが、すぐに気づく。
「っていうかこれ、ミステリー限定だとすぐ終わるじゃねぇか! 殺人だの事件だの、んで終わるタイトルばっかりだぞ!?」
「あはは、バレちゃったかー」
ユイはけらけらと楽しそうに笑い、ヤツグと北野もつられて笑った。
昼休みまであと少しという頃、業務課六組のオフィスで千葉は同僚へたずねた。
「実は今、降雨装置について調べてるんです。去年、大雨が降った日、土屋さんはどこにいましたか?」
隣のデスクにいた彼女は千葉を見てから首をかしげる。
「さあ、どうだったかしら……」
すると田村が後ろから口を挟んできた。
「オレは独身寮まで走って帰ったぜ」
「近くではあるけど、濡れただろう?」
「ああ、びしょびしょだった。でもすげー楽しかった」
と、まるで子どものように目を輝かせる彼を、千葉は微笑ましく思った。
「宇宙には雨なんてないもんな」
八歳の時から宇宙で暮らしている田村にとって、あの大雨は非日常的な体験だったに違いない。
「田村くんって、やっぱり時々可愛いのよね」
と、土屋が呆れたように言い、田村ははっと背中を向けてうつむく。彼が見た目に反して純粋であることは周知の事実だったが、やはり恥ずかしいようだ。
くすっと笑ってから土屋がひらめく。
「そうだ、思い出した。お酒を飲みに行ったわ」
すると今度はA班の
「女一人で? ナンパされに行ったのか?」
「ダメですよ、樋上さん。セクハラ通り越してただの侮辱だし、時代遅れです」
と、A班の
「別にいいですよ。わたし、そういうの気にしませんから」
千葉は苦笑しつつ、樋上たちへ言う。
「よければ、お二人にも聞かせてもらえますか? 大雨の日、どこにいましたか?」
「あ?」
と、樋上は嫌そうにしながらも、視線をななめ上に向けながら答える。
「たしか……とっくに家に帰ってた気がするな」
深瀬もまた思い出しながら言う。
「俺は近くの喫茶店にいたよ。ちょっとお茶を飲むだけのつもりが、雨がひどかったんで夕食も食べていくことにしたんだ」
「なるほど」
あくまでも参考のためにたずねたつもりだが、それぞれの返答にばらつきがあって興味深い。
「俺は残業してた」
と、割り込むように入ってきたのはA班の班長、
「前年度の片付けが残っててな。帰りたくてもあの雨じゃ帰れないから、しぶしぶ仕事してたよ」
彼は六組の主任でもあるため、こなさなければならない事務作業も多い。千葉はすぐに理解を示してうなずいた。
「そうでしたか」
するとB班の三人が戻ってきた。
「何なに? 何の話?」
「ああ、大雨の日にどこにいたかって話だよ」
千葉の返答に麦嶋は返す。
「去年の? うーん、どうだったろ……たぶん、あたしはその時にはもう、寮に帰ってたかなぁ」
「僕は買い物がしたかったから、一区のショッピングモールに行ってたよ」
と、
「雨が降り出したのは、保育園に子どもを迎えに行って帰る途中だったわね。子どもがはしゃいじゃって、なかなか家に入りたがらないから大変だったのを覚えてる」
と、疲れたような顔をして見せる。子育て真っ最中の彼女にとっても、やはりあの日は忘れがたいものとなっていたようだ。
千葉は何度かうなずきながら言った。
「ありがとうございます。参考にさせていただきます」
「参考って何のよ」
と、土屋がツッコんだが、千葉は無言でにこりと笑い返した。