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第17話

「ねぇねぇ、未解決事件って実際どうなの?」

 図書室へやって来るなり、ユイが質問を投げかけてきた。

 本を選んでいた日南梓は視線をやりつつ聞き返す。

「どうっていうのは?」

「だから、実際に解決されることってあるのかなぁ、ってこと」

 日南は「ああ、そういう……」と、質問の意図を理解してつぶやくが、すぐに答えは出せなかった。

「ないわけではないが、解決されないままの事件も多いよな」

「だよねぇ」

 と、ユイは言いながらも腑に落ちない顔だ。

 日南は本棚へ視線を戻しながらたずねた。

「他にも何かあるのか?」

「うーん……可哀想だなぁって思ってさ」

 ユイは日南が見ているのとは反対側の棚へ体を向けた。

「犯人がずっと見つからないって辛いよね。そりゃあ、遺体すら見つからないっていう、最悪中の最悪みたいな状況があるのも分かるんだけど、やっぱり見つかった方がいいに決まってるし」

「真実なんて簡単に捻じ曲げたり、隠蔽したり出来ちまうもんな」

「うん……でも、小説の中では真実は一つでしょう? 現実もそうだったらいいのにって、僕、ずっとずっと考えてたんだ」

 どこか遠くを見つめるような彼の物言いに、日南はふと息をつく。

「アカシックレコードって知ってるか?」

「全部の記憶が記録されてるやつ?」

 と、ユイが振り向く。

「ああ、そうだ。それは惑星の形をしていて、すべての記憶がそこにある。でも、その記憶すらも人間の手によって消すことができるんだ」

「……アカシックレコードなのに」

「理不尽だよな」

 日南は軽く苦笑してから言う。

「でも、それに抗おうとしているやつらもいるんだ。消された記憶を取り戻そうとして、過去の事件の犯人を追っているやつらが」

 つかの間、室内が静かになった。そしてユイがくすりと笑う。

「おもしろい話だね。犯人が見つかって、記憶が取り戻せたらいいね」

 虚構の住人であるユイにとって、現実世界の情報は信じられるものではなかったようだ。思えば、自分だって最初は受け入れられなかった。

 日南は妙に懐かしいような気持ちになって、「そうだな」と笑った。


 一坂の体調が少しよくなったと聞き、日南隆二は仕事終わりに彼女の部屋を訪れた。

「すみません、全然片付けてなくって」

 申し訳なさそうに言いながら、一坂は日南を中に上げてくれた。

「えっと、どうぞ、適当なところに座ってください」

 一坂の部屋はゴミが散乱していた。慌てて彼女が片付けをするが、端には口を閉じたゴミ袋がいくつも積まれている。

「一坂さん、具合はどう? コンビニで少し食べるもの買ってきたんだけど」

 と、日南がビニール袋を差し出すと、彼女は抱えたゴミ袋を脇に置いた。振り返り、日南から食べ物を受け取る。

「すみません、ありがとうございます」

 と、また申し訳なさそうにうつむく。髪の毛もブラッシングが間に合っていないらしくボサボサで、着ているものもラフな寝間着だ。

 多少の困惑を覚えつつ、日南は笑みを返した。

「気にしないでください。俺が好きでやってることだし」

「……そう、ですか。えっと、仕事の方はどうですか?」

 一坂は簡易キッチンへ移り、ビニール袋の中身を取り出し始める。ビスケット型の栄養食品やヨーグルトなど、比較的食べやすいものばかりだった。

 その様子を見ながら日南は床へ腰を下ろした。

「自動化したので心配いらないですよ」

「え?」

 一坂が目を丸くし、日南はにこりと返す。

「長尾課長も辞めてしまったんで、今は俺一人なんです。でも、問題はありません」

「そう、でしたか……まさか、課長が」

 と、信じられない様子で一坂はつぶやく。

 噂によれば、長尾は警察に逮捕されたらしいが、実際のところを確かめてはいなかった。そのため、まだ一坂に伝えるべきではないだろうと判断して、日南は話題を変える。

「自動化プログラムは俺が作ったんですけど、総務部の相田部長に褒められる程度にはいい出来なんです。なので、正式に取り入れてくれることになりそうで」

「それなら、私はもういりませんね」

「え?」

 一坂は食べ物を冷蔵庫へしまいながら言った。

「私、家族のところに帰ろうかと思ってるんです。今日は体が動きますが、またいつベッドから起き上がれなくなるか、分からないので」

 日南はショックを受けたが、考えてみれば賢明な判断だ。

「じゃあ、仕事辞めちゃうんですね」

「はい。でも、日南さんとはつながっていたいです」

 ぱたんと冷蔵庫の扉を閉めて、一坂はその場にしゃがみこんだ。

 慌てて日南がそばへ寄ると、彼女は嗚咽のような声で言う。

「なんで、こんなことになっちゃったんでしょう……?」

 真面目で責任感の強い彼女が何を思っているのか、日南は分かるような気がした。彼女へ言い聞かせるように、できるだけはっきりと伝える。

「一坂さんは何も悪くないです。何も責任を感じなくていい」

「でも……っ」

 そっと両腕を伸ばして、日南は小さな彼女を抱きしめた。

 一坂はすがりつくように彼の背へ腕を回し、かすかな泣き声を狭い部屋に響かせた。


 図書室で西園寺が椅子に座って本を読んでいた。

 その表紙を見つつ、日南梓は向かいに腰を下ろす。気づいた西園寺が視線を上げ、日南は言った。

「おもしろいよな、『星降り山荘の殺人』」

「うん、まだ途中だけどおもしろいよ。この探偵役、すごくいいキャラしてるし」

 と、本にしおりを挟んでテーブルへ置く。

 日南はにやりと笑った。最後まで読んだ西園寺がどんな感想を抱くのか、想像して楽しみになる。

 しかしネタバレは避けねばならないと考え、話題を変えた。

「吹雪の山荘、っていうとベタだけどな」

「クローズドサークルの定番だよな」

 何も知らない西園寺が普通に話に乗ってきて、日南は返す。

「嵐の孤島もだな。アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』とか」

「ああ、あれもおもしろかったなぁ」

「舞台設定としては現実的じゃねぇけど、クローズドサークルはまずそこに目をつぶらないと楽しめねぇ」

「そうだよな。現実主義の日南が館シリーズ読んでるって聞いた時、ちょっとびっくりした」

「それはそれだろ、小説はそもそもフィクションだし」

「いやあ、そうなんだけどさぁ。しかも自分でもミステリー書いてるって言うんだから、本当にびっくりしたなぁ」

 笑う西園寺にむすっとして見せて、日南は言い返す。

「フィクションにはフィクションの楽しみ方があるんだよ。現実を持ち込んだらいけねぇの」

「でもリアリティラインは重要だよな」

「ああ、それが難しいところでもある」

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