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Love too late:揺れる想い2

***


 慌しかった一日が、やっと終わる――桃瀬の乱入で一時はどうなることかと思ったけど、アイツの面倒見の良さを見事に発揮して、子どもたちとの和を再建。その保父さんぶりを、遠巻きからお母様たちが熱っぽい視線を送りながらじっと眺めるという、なんともいえない構図が待合室にできあがった。


(結局、なんだかんだ言っても、桃瀬ってすごいんだよね。俺は絶対に真似できない)


 ありのままの自分をさらけ出した途端に、子どもたちに泣かれてしまうのが目に浮かぶ。


『すおー先生、いつもと違うっ! 声が低くて男みたいな喋り方してるし、目つきがコワイ!』


 そんな言葉が子どもたちから、たくさんと聞けそうな気がする。


 パソコンの電源を落し、机の上で寝そべっていたら、村上さんがニコニコしながら、診察室に入ってきた。


「お疲れ様でした、周防先生」

「村上さんこそ、今日はフォローありがとうございました」


 労いの言葉をかけて、両腕を天井に向けて伸ばしてみる。


「周防先生はみんなに優しいのに、どうして太郎ちゃんにだけ冷たいんでしょう?」


 唐突に聞かれ、言葉に詰まってしまった。


「そういうふうに……見えるのかな?」

「拒絶とまではいきませんが、他の人とは明らかに違います」


 他人に指摘されるようじゃ、本当に駄目だな。しっかりと心を改めなくては――。


「太郎ちゃんは年の離れたお兄さんができて、嬉しいんじゃないかしら。だから手を焼くことを、ワザとするのかもしれませんよ」


 年の離れたお兄さんなら自分、文句を言わない自信がある。


「ご自宅に戻ったら、きちんと労ってあげてくださいね。病は気からです」


 確かに病気持ちの太郎に対して、飼い犬の躾とばかりに、つらくあたることしかしていなかったかも。


「わかった、声をかけてみるよ」

「声をかける前に、深呼吸をしてからですよ。きっと驚きますから」


 口元を押さえて、まじまじと俺の顔を見る視線は、どこか物言いたげだった。


「村上さん、俺の家でなにかを見ているんでしょ?」

「夕飯を置きに行ったら、偶然見ちゃったんです。でも今日は、いらなかったみたいですね。桃瀬さんが作った、餃子もあるみたいだし」

「いつもすみません。食べ切れなかった分は、翌朝に回すので助かりますよ」


 立ち上がって頭を下げると、村上さんは右手をワイパーのように、ぶんぶん左右に振りまくる。


「いいの、いいの。とにかくご自宅に戻ったら太郎ちゃんに声かけ、忘れないようにお願いしますね」


 さらりと念を押して、出て行った村上さん。


「いったい家で、なにが待っているのだろうか」


 お化け屋敷に入る心境に、とても似ているかもしれない。


 白衣を脱いで椅子にかけ、恐るおそる自宅に通じる二階へと足を運んだ。一段一段、階段を上がるたびに、血圧が上昇してる気がする。動悸・息切れ・眩暈がないだけ、まだマシだろう。


 恐々と扉を開けた瞬間、いち早く反応したのは嗅覚だった。


「なんだ、この焦げたようなニオイは?」


 むむっと、顔をしかめるしかない。


「あ、タケシ先生お帰りなさい。お疲れさまでした!」


 焦げたニオイが立ち込める中、爽やかな顔した太郎が、キッチンで洗い物をしていた。テーブルを見ると、どうやったらこんな形になるんだ? という形の卵焼きが、これでもかと山のように、うず高く積まれているではないか。


「夕飯、わざわざ作ってくれて、済まないな」


 卵焼きから視線を太郎に移すと、頬を上気させ俯きながら、必死になってなにかを洗う姿が目に留まる。そんな顔をされると、こっちにまで照れがうつるじゃないか。


 意味不明な赤面をじわりと頬に感じつつ、テーブルの上にある卵焼きに手を伸ばし、思いきって一口食べてみた。


「……ウッ!」


 形同様、ワケのわからない味に、口の中がぐるぐると翻弄される。卵焼きにいったいなにを投入したら、こんな意味不明な味が形成されるんだっ!?


 確か、桃瀬が言ってた涼一くんが作った物。見た目は問題あるけど、味は大丈夫だって。それなのに太郎は、両方とも駄目じゃないか。やっぱ能力差なのか?


「太郎これ……味見したのか?」

「いいや、なんで?」

「とりあえずなにも言わずに、目をつぶって食ってみろ」


 卵焼きを一切れ摘み「はい、あーん」と言いながら、キッチンにいる太郎の口に、ぽいっと放り込んでやる。


「ウウッ!」


 目を白黒させて、その場に吐き出した。それを横目に苦笑いしつつ、冷蔵庫から卵を取り出し、ボウルに数個割り入れて牛乳に塩コショウ、砂糖にマヨネーズを投入。手早くかき混ぜていたら、太郎がその様子を、じっと見つめた。

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