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告白のとき3

 島に行く話をしてから、太郎の態度が急によそよそしくなってしまった。


「想定していたこととはいえ、やっぱりちょっとくるね」


 診療時間が終わった診察室で、思わず愚痴ってしまう。


 あれから1週間、ぱったりと太郎が来なくなって。来てくれたと内心喜んだら、見えない距離が俺たちの間にあった。距離をつめたら目を逸らした上に、体を避けられてしまったから。


「やっぱり、言うべきことじゃなかったのかな。学生のアイツじゃ、荷が重い話題だったか……」


 俺の一生を背負わせるみたいなことを暗に示したから、逃げ出したくなったのかもしれない。勿論、軽い気持ちで両親に逢わせるわけにもいかないし。


「よこらせっと……」


 デスクに両手をかけて勢いよく立ち上がり、伸びをしてから白衣を脱ぎ捨てた。ため息をつきながら右手で首筋を撫でつつ、重ダルさを抱えた体で自宅がある階段をゆっくり上ると、鼻に香ってくる何かのニオイがした。


「少しだけ焦げたようなニオイが混じっているのは、作ってるヤツが誰か表しているな」


 そのニオイに嬉しさを噛みしめて、居間に続く扉を開けた。


「お帰りなさいっ、タケシ先生!」

「ただいま。いきなり何を作ってくれたのさ。村上さんがオカズを作って、置いていってくれているのに」


 素直に嬉しさを表すことができないのは、俺の悪いクセだ。アイツはアイツなりに、こうやって距離を何とかしようと、もがいているのかもしれないというのに。


「そのオカズがハンバーグだったんで、カレー作ってみた。ちょっとだけタマネギ焦がしちゃったけど、味は旨いっすよ」

「……そうか、ありがと。手を洗ってくるわ」


 逃げるように居間から洗面台に向かって、顔を見せないようした。


「早く戻ってきてくださいね~、冷めちゃいますから!」


 なのに俺の顔をしっかり見たのか、余計な一言を添えてくれる。しょうがないだろ、嬉しかったんだ――苦手な料理を作ってくれた歩が、愛おしくて堪らなくなってしまって。


「涙が滲んでしまったとか、随分と弱くなっちゃった」


 水を出してバシャバシャと顔を洗い、スッキリさせた。赤い目を何とかすることは、できなかったけれど。


「いただきます」


 顔を付き合わせたときには、落ち着くことが出来たので、そのまんま夕飯を食べてやる。


「どう?」


 心配そうな表情を浮かべ訊ねる歩に、しっかりと微笑んであげた。


「旨いよ。焦がしたタマネギの味が分からないし、お前にしたら上出来じゃないの」

「やりぃ! タケシ先生に褒められるなんて、久しぶりだぜ!」


 もりもりとハンバーグカレーを食べていく姿を見つつ、自分もそれを口にする。本当は話がしたい――夏休みのこと……


 でも告げてしまったら浮かべているその笑顔が、瞬く間に崩れてしまうんだろうな。だけど問題を解決しないと、先に進めない――


「歩あのさ、今夜……」

「泊まっていくよ。タケシ先生のことも食べたいし」


 唐突に左手を、ぎゅっと握り締めてきた。


「あ……」

「何、これだけで顔赤くしてんだよ。うつるじゃん」

「ごめん。いきなりだったから、その」


 歩の視線に耐えられなくなり、顔を背けながら手を振り解こうとしたら、更に力を入れて握られたせいで、動きを封じられてしまった。


「謝らないで、タケシ先生。俺が謝らなきゃならないのに」

「だってそれは、お前が悪いんじゃないよ。俺があんな話をしたから……」


 謝罪の言葉に逸らした視線を戻してみたら、大人びた顔した歩がそこにいて、言いかけていた台詞を思わず飲み込んでしまった。


「その話をきちんとしようよ。ベッドの中で」

「歩……今、話し合ったほうがいいんじゃないのか?」


 どぎまぎしてしまって、思ってもいないことを口にする俺は、空気を読めない相当バカなヤツだ。


「イヤだね、そんなの。タケシ先生が逃げないようにしっかりとホールドして、肌と肌を合わせて落ち着きながら、まったりした雰囲気で話し合いをした方が、絶対にいいハズなんだ」

「何だよ、それ。逆に落ち着かないと思うけど」

「ゴメン。俺がイチャイチャしたいだけかも。安定剤だから……」


 俺の左手を引き寄せて、ちゅっと甲にキスをしてくれた。


「ねぇ、タケシ先生を食べていいでしょ?」


 誘うような視線で、わざわざ聞かなくてもいいことを訊ねてくる。無言で頷いてやると、掴まれていた左手がやっと離された。


「よっしゃ! 後片付けも頑張れちゃう!」


 無邪気な顔した歩がそこにいて、思わず苦笑してしまったのは、失敗だったのかもしれない。


 つづく

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