紅葉の話をしながら、アントシアニンとかクロロフィルなどの成分をなめらかに口するあたり、なんだか、勤めている食品会社の研究員に似ているなと寿々は思った。
「北御門さんは、理系ですか?」
もしかしてと訊いたものの、途中からやっぱりそれはないか、と思い直す。
なにせ実家が、あの北御大社だ。三男とはいえ、霊能力は兄たちより高いといっていたし、今日の除霊を見る限り、荒々しいやり方は別として、結界を張ったり霊を封印したり、基本的なことはどこかで学ぶなり修練を積むなりしているだろう。
さっき車のなかで、寮生活だったといっていたし、大学は学科と修行を並行できる神道系の大学だろうな——と予想していたら、左近之丞からは予想外の答えが返ってきた。
「Faculty of Sport Sci……あ、大学は体育学部です。でも、
ちょっと待って。体育学部っていうのも驚きだけど、いま、あきらかにネイティブ級の発音だった。
左近之丞と会ったのは、最悪の見合いの日と翌日、そして今日となるけれど、いまの今まで、英語しゃべれますキャラではなかったはずだ。
しかし思い返せば、ついさきほどこれから色づくだろう桜紅葉を見上げたときの「アントシアニン」の発音にも、隠し切れないネイティブ感が出ていたような気がする。
ますます謎が深まった男なのだけど、とりあえず気になったことから寿々は訊いてみた。
「体育学部? 神道系じゃないんですか?」
「あっ、それは日本に帰国してから養成所に通って、とりあえず神職の資格は取得しています」
「ん? 帰国?」
「玉依さんから聞いているかもしれませんが、 じつは僕、帰国子女なんです」
「帰国子女って?!」
「あれ、聞いていませんでしたか?」
「聞いてない!」
それは初耳だ。ここにきて、北御門左近之丞に拘わる新情報が続出してきた。これにより寿々は、湖畔までの道すがら、がっつりと元見合い相手の生い立ちをきくことになった。
それによると——
北御大社の宮司である左近之丞の父は、元々は宗教学者で、左近之丞が生まれたときはアメリカの大学で宗教学の講義をしていたという。
左近之丞とおなじように、上に兄がいたので、てっきり自分は生家の生業を手伝いはしても継がないと思っていたのだが、その兄は一目惚れした他の神社の娘を追いかけて婿入りしてしまい、あれよあれよという間に左近之丞の父が継ぐことになったそうだ。
つまりはこの男、アメリカ生まれのアメリカ育ち。さらには、よほど優秀だったのか飛び級などをしていた。
15歳で高校を卒業した左近之丞は、そのままアメリカの大学で運動生理学を学び、19歳で卒業。その後、父から遅れること3年で帰国。
霊力はあったものの、まったく神道に興味がなかった左近之丞だったが「実家の生業上、一応ですね」と、神職の資格だけは取得したという。
話の途中。左近之丞は、夜風にのって舞い落ちる木の葉を、指先で挟んでキャッチするという、とんでもない動体視力を披露した。
「それ、凄すぎだけど、それも神職の資格に必要な能力なの」
「これは違います。僕、アメリカではマーシャルアーツ、いわゆるフルコンタクトの総合格闘技ジムに通っていたんです。これはそのときの練習のひとつで、いまでも目の前に何かが飛んでくると、ついくせで……」
ああ、そういうことか。これにより、この男の特殊な除霊方法についても、寿々は納得することができた。
霊力の高さゆえ、よほどクリアに霊体が視えるのだろう。霊体に触れることもできるので、
たしかに霊体相手なら、殴る、蹴る、絞める——やりたい放題だ。
霊能者・北御門左近之丞の人となりが、おおよそ理解できたところで、ふたりは湖にむかって突き出したデッキから、ライトアップされた湖畔の対岸を眺めていた。
「風がでてきたので、これを」
そっと寿々の肩に自分の上着を掛けてくれた左近之丞の顔は、さっきまでとはちがい後悔が滲みでていた。
「こういう話を……一か月前のあの日に、僕はするべきでした」
あの日が指すのは、見合いのことだろう。なるべく穏やかな口調で「もう、終わったことだから」と寿々がいえば、左近之丞は首を大きく左右に振った。
「何百回、何千回と悔やんでも、この一か月、悔やみきれませんでした。寿々さんから連絡をもらったときの僕の浮かれ具合をみたら、きっと驚くでしょうね」
たしかに。三回目でようやく電話が通じたとき。
『……もしもしッ! もしもし、もしもしぃぃぃ~』
あれは、ふつうではなかった。
でも今回、真理愛の件があって再会し、助けてもらって、食事をして、今夜、こうして話をすることができて、
「わたしのなかで、北御門さんの印象はかなり改善されました」
これは嘘ではない。だから、自分のことも正直に話そうと寿々は思った。
「本当はまだ、わたしも結婚する気なんてなかったんです。ここしばらく恋人もいないし、男運はもともと悪いしで……まあ、平たくいうと、モテないってやつですね」
「そんなことはありません。寿々さんより素敵な人なんて、この世にも、あの世にもいません」
この世はともかくとして、あの世の方々と比べられても困るなと思っていると、左近之丞が訊いてきた。
「ひとつ、お伺いしたいのですが、僕と見合いをしてくれたのは、どうしてですか? 玉依さんからの縁談だったからですか?」