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第10話 等々力会



 そんな感じで、知られざる伊勢崎の過去が明らかになったところで寿々が


「ふたりは、どこに行っていたの?」


 妹夫婦に訊くと、間近に迫った玉輿神社の『秋の御縁むすび大祭』に向けた決起集会が、となり町の温泉ランドであり、ちょうどその帰りだったそうだ。


 玉輿神社のお祭りでは、鶴亀商店街の住人が実行委員になるのが習わしで、決起集会という名の飲み会も毎度恒例の行事となっている。


「今年も玉輿神社が景品をたくさんだしてくれてね。ビンゴ大会で福ちゃんが三等賞だったんだよ」


 叶絵の言葉に、「こんなにたくさん」と七福が大きな袋の中身を見せてくれた。


 シャツ、パンツ、ルームウェア、あったか素材の肌着に靴下まで。某有名ファストファッションブランドの男性用衣類一式らしい。


「叶絵は?」


「わたしはねえ」


 そういって、手に持っていた小さい袋から出てきたのは、なんと金一封。


「一等賞だったんだよ~」


「さすがの金運」


 寿々が幸運体質であるように、叶絵は昔から金運に恵まれている。


 と、ここで叶絵から、「ところで、ふたりは?」と当然の質問を返された寿々は、伊勢崎に「話してもいい?」と了解を得てから、「じつはね」とかなり手短に伊勢崎を伴っている理由を説明した。


「えええぇぇぇ! 憑いてるの?!」


「の、呪いぃぃぃぃいいい?!」


 夫婦の声が響いたけれど、今夜に限っては商店街の住人の多くは温泉ランドにいるので問題ない。


「そういうわけだから、明日の朝には玉輿神社に行かないと。もうそろそろ終電だから――」


 駅に行かないといけない、と言う間もなく、


「それなら、うちに来なよ」


 寿々は叶絵に引っ張られ、伊勢崎の右腕は、倍以上ある七福の腕にガシッと絡めとられて、そのまま『ほうらい屋』へ。


 二階にある居間で、コタツを囲むことになってしまった。


「お母さんは、そのまま温泉ランドに泊まるから、お姉ちゃんがお母さんの部屋で寝て、伊勢崎くんは客間を使ってね」


 叶絵が台所で茶を淹れている間に、寿々は伊勢崎の肘を軽く小突いた。


「ごめん、なんかいきなりで……」


「いや、全然いいんです。むしろ嬉しいんですけど……」


 伊勢崎はというと、いまだに赤く染まった顔をしていた。


 そこに七福が柿の種でいっぱいになった菓子入れを持ってきてコタツに入り「ほら、食べろ。東の狂犬」というと、「くそうぅ」と唸りながら伊勢崎は、コタツの天板に突っ伏した。


 置かれた円形の菓子入れが、犬用のエサ入れに見えないこともなくて、寿々は「クッ……」笑いをこらえるのに必死だった。


 伊勢崎がそんな具合だったので、そこからは当然、狂犬時代の話になり、叶絵が卒業アルバムを引っ張り出してきたところで、


「それだけは! かんべん!」


 奪い取ろうとした伊勢崎は、ワハハと笑う七福に後ろからから羽交い絞めにされて万事休す。


 パラパラとめくられたページには、18歳の伊勢崎がいた。


「うわっ、本当だ。メッシュに……ピアス、眉が細い。目つきも超悪い。そういえば、マンションのバルコニーで慣れた感じで煙草吸っていたもんね。伊勢崎くん、悪かったんだねえ。今はすっかり落ち着いて、良かった。わたし、こんな不良には声かけられないよ」


 寿々の感想を聞かされた伊勢崎は、口から魂が抜けたようにグッタリとした。


 そうして盛り上がったあと。


「よし、行くか」と温泉ランドでは風呂に入る暇もなく、年長者の話し相手をさせられていたという七福と変な汗をたくさんかいた伊勢崎は、近所の銭湯へ。


 伊勢崎の手には、七福の三等賞の袋から着替え一式が渡されている。


 ふたりを見送ったあと、寿々と叶絵も交互に自宅の風呂に入って、寿々は先に母・照子の部屋で休むことにした。


 携帯電話には30分ほど前に、左近之丞からのメッセージが届いていた。


 いつもよりも短めの文章には、詳細を禮子から訊いたこと。それから少しの不安がつづられていた。


 母のベッド――とはいっても、引っ越し前の自分のベッドに寝転がって、久しぶりに低い位置にある天井を見上げた寿々は、自分の心の内をいくつか整理して、左近之丞に返信した。寿々にしては、いつもより長いメッセージになった。



こんばんわ。明日のこと、本当に感謝しています。

左近くんが心配しているようなことは、何一つなくて、

この前も言ったけれど、彼は仕事の同僚であり、妹の同級生です。


明日、もし何事もなく終わったら、映画と食事に行こうね。

楽しみにしています。


おやすみ、左近くん。

また、明日。




 ◇  ◇  ◇




 翌朝。


 目覚めた寿々は、すぐに着替えて洗面所で顔を洗い、軽く化粧をして居間へ。


 居間とつながっている台所では、朝食の準備をする七福と伊勢崎がいた。


「お姉ちゃん、おはよう」


「おはよう」


 現在、蓬莱谷家では朝食の支度は七福の担当らしく、伊勢崎はそれを手伝っているという形みたいだけど、台所での立ち姿はやはり伊勢崎の方が数倍サマになっている。


 この香りの良さからして、味噌汁の出汁をとったのは伊勢崎だろう。汁の味見をしている七福が「うめえなっ!」と声をあげ、つづけて伊勢崎がボールでかき混ぜているドレッシングに、輪切りにしたキュウリをつけてパクリ。


「おおっ!」となった。


 ほぼ味見係となった七福のとなりで、今日も伊勢崎は手際よく料理していく。その姿に、叶絵も感心する。


「伊勢崎くんの家がレストランなのは知っていたんだけど、本人もお店をやっているって、今朝教えてもらったんだよ。やっぱり動きがちがうよね」


 そうして伊勢崎によって食卓に並べられていくのは、炊き立てご飯、豆腐と野菜の味噌汁、出汁巻き卵とアジの開きに、伊勢崎特製のドレッシング付サラダ。


「寿々先輩、おはようございます」


「おはよう。すごく、美味しそう」


「泊めてもらったお礼です」


「昨日の夜、先に寝ちゃったんだけど。銭湯から無事に戻っていたようで何より。七福さんとはずいぶん打ち解けたみたいだね」


「もう、すっかり。等々力とどろき会に入れられました」


 等々力とどろきというのは、叶絵と結婚する前の七福の旧姓。


 競輪界のスーパースターから大学院生となった旧姓・等々力七福は、現在の温厚そうな雰囲気からはまったく想像できないが、十数年前の高原北高校にて、伝説の不良と呼ばれていたらしい。


 その七福を慕う者たちが集まってつくられた『等々力会』は、現役の競輪選手はもちろん、オラオラ系の筋骨隆々な方々から、いたって真面目な大学院の友人まで、個性豊かなメンバーがそろっていると、叶絵が教えてくれた。


 話しているうちに食卓に全員がそろい、手を合わせて「いただきます」と食事がはじまった。


 朝から七福は白飯三杯、寿々と叶絵も二杯食べ、なんと伊勢崎は四杯。


 全員がもれなく満腹になったところで、玉輿神社に向かう時間が近づいてきた。






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