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第26話 凶報



 高原中央署での事情聴取を終えて、グリーンガーデン高原ヒルズに寿々を送り届けた左近之丞は、その足で玉輿神社に向かった。


 時刻は、夜の十時を過ぎている。


 突然の訪問を受け、客間で出迎えた禮子の顔は渋い。


「一日に二回。アンタの顔を見るのはキツイねえ」


「こっちのセリフだ」


「それで、用件は? こんな時間に足を運んできたんだから、何かあったんだろ」


 あまりみせない深刻な表情をした左近之丞が、ハアと額に手を当てた。


「……良い話ではないからな」


「アンタが来た時点で凶報だよ」


 口の減らない玉輿神社の巫女に、左近之丞は六天道閣で起きた一件を話した。


 通り魔の逮捕に、寿々が巻き込まれていたと知り、禮子の顔色は一気に悪くなった。


「……それで、寿々ちゃんに怪我はなかったんだろうね」


「あたりまえだろ。寿々さんに怪我でもさせていたら、あのヤロウは、いまごろ八つ裂きにされて、の世だ」


「まあ、そうだろうね」


 そのあたりに関しては、この男に全幅の信頼を寄せている禮子である。性格、素行に難があり過ぎても、攻守において、この男ほど頼りになる者はいない。


 寿々が無事だと知り、ひとまず安心した禮子は、「それで」と話の先をうながした。


 自分の左右の手を見つめながら、左近之丞は話しはじめる。


「あの通り魔からは……呪術のなごりを感じた。まず左手に握ったナイフから感じたのは、おそらく呪物の気配。それから男の頭を抑えつけたとき、右手に、禍々しい術式に触れた感覚があった。あれは……鬼道だ」


「鬼道だとしたら、その通り魔は操られていた可能性がある。近くに術師は?」


「いなかった。おそらく、呪術を込めた札のようなもの……それをどこかに身につけているはずだ」


「それなら、精神系、人心操術の術式だろうね」


「たぶんな。どんな術式かは、実物をみないことにはわからないけど、碌なものじゃないはずだ」


外法使げほうつかいが……絡んでいそうだね」


「そう思う。それで、ババアなら、警察関係に顔が利くだろ。術式を描いたものを、男は持っていたはずだ。たぶん、黒のパーカー。どこにあるか探して、画像だけでもなんとかならないか」


「めずらしいね。アンタが首を突っ込むなんて。何か、理由があるのかい?」


「理由?」


 一気に左近之丞の霊力があがる。口元が歪み、赤茶の瞳が血色になりかけている。


「理由なら……あるだろ。僕と寿々さんの食事を台無しにしたこと。それ以上の重罪があるか? 『松』での食事と酒を、寿々さんはとても楽しみにしていた。寿々さんから楽しみを奪うなんて、それは万死に値……」


「わかった。ちょっと待ってな。アンタの方が、よっぽど禍々しいよ」


 寿々が絡むと、歯止めがきかなそうな北御門家の異端児を前にして、禮子は電話をかける。


 ほどなくして繋がった相手に「玉依です」と名乗り、取り次いでもらったあと、事情を話して電話を切った。


 それから数分後、禮子の携帯に届いたのは、数枚の画像だった。


 その画像をふたりでのぞき込んで、同時に眉を寄せた。


「これは、またフザケタ代物だね」


「ああ……逆さ呪符だ」


 呪符とは、術師の呪力を宿した札である。


 呪力により神仏の力を込められたものが護符となり、用途によって霊符、守護符、墨符、秘符、願符、血符など様々である。それらを総じて呪符と呼ぶ。


 しかし、禮子と左近之丞が見つめる先にある呪符は、まるで出鱈目だった。


 星を意味する複数の丸印は、和合を意味する直線でつなげられているが、それはすべて逆さの星図となっていて、絵本を逆さに見た子どもが書き写したようなつたないものだった。


 これに呪力が宿るとは到底思えないが、気になるのは呪符に使用している紙の方。画像では判別できないが、おそらく生漉きすきの和紙で、これだけがやけに本格的で違和感があった。


「逆さの星図はカモフラージュかもな。和紙に細工がしてあって、人心術の術式が組まれているかもしれない」


「ありえるね。この札はアンタの言っていたとおり、黒いパーカーの襟首あたりに縫い付けられていたそうだよ」


「黒幕説が有力になってきたな。鬼道といえばたしか、陰陽寮が追いかけているカルト系の集団がいるだろ」


 禮子の頭に浮かんだのは、人心術やら秘術、妖術を扱う外法使いたちが集まってつくられたカルト教団だった。


「あんた、よく知っているね。ここ最近、なりを潜めているみたいだけど……一般人を犯罪に使うあたり、たしかに手口が似ている」


「通り魔事件を引き起こした狙いは不明だけど。これが何かしらの実験だとしたら、今後、騒ぎを起こす可能性は高い。とりあえずは陰陽寮に伝えて、全国で似た事件が起きていないか調べるべきだろうな」


「そうだね」


「それから通り魔事件を引き起こしたヤツの持ち物を調べて『逆さ呪符』の有無を確認、回収。陰陽寮で解析すればもっと詳しいことがわかるはずだ。札は念のため焚き上げでもして処理すべきだろう」


 そのとおりだ。


 何一つ間違っていないのだが、これを言っているのが北御大社の異端児だというのが、禮子には信じられない。


 寿々との食事を邪魔されたことに腹を立てていることもあるだろうが、それだけではないはずだ。


 面倒なことが大嫌いで、自分が良ければそれでいいを、で行くような男が、警察に顔が利く禮子の元を訪れ、早急に画像を手配させた。これは少しでも早く、陰陽寮に伝えようとしているからだろう。


「この件は、わたしから陰陽頭に伝えることにする。その際には、アンタの名前を出さざるを得ないけど、いいかい?」


「ああ」


 短く返事をした左近之丞が「任せる」と立ち上がった。


 別れの挨拶もないまま、襖を開けて立ち去った男に、


「まったく可愛げがないねえ」


 禮子は御茶を一口飲んでから、ふたたび『逆さ呪符』の画像に目を落とした。


 このことを陰陽寮に伝えたら、従弟いとこの陰陽頭は「助けてえ」と泣きついてくるかもしれない。


「どっちにしても頭が痛いねえ」


 立冬を迎え、二十四節気では冬を迎えた。


「何ごともなく春を迎えられたらいいけど、そうもいかないだろうねえ」


 玉輿神社の伝説の巫女・玉依姫は、万物を見通せるといわれる神眼の目頭を押さえた。


「ああ、もう……小さい画面を見過ぎたね。疲れ目だよ」


 眉間をさすりながら、「そろそろ引退させて欲しいね」と愚痴た。







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